3匹、プレーリーラットを狩る
「…… ウゥ? (…… んぅ?)」
何やら腹の辺りに違和を感じて、片目を開けてチラリと視線を向ける。
「んぅ…犬さん……zzz」
幼い猫娘が俺の腹を枕代わりにスヤスヤと眠っていた。視界の端では母親のエステルがペコリと頭を下げるのが見える。
木漏れ日の射し方からそろそろ起きる頃合いだがどうしたものか…… などと思案していたら、隣でがさりと草が音を鳴らす。
「フワァ~~ン、ウォファン (ふわぁ~~ん、よく寝たよぅ)」
蒼色巨躯のコボルトがのそりと上半身を起こし、欠伸をしながら大きく伸びを打つ。その気配に反応して、リーリアが小さな身体を震わせて目を覚ました。
「う?みぅ~、おはよう……なの」
「キューンッ、ガルヴォアン… (ごめんよぅ、起こしちゃったね…)」
「…… クゥ、クルオァアン (…… ん、もう時間かしら)」
「ウ~、クルァウォアゥ……zzz(え~、もうちょっとだけ……zzz)」
どうやら、ダガー(妹)とランサーの二匹もそろそろ動き出しそうだな、俺もいつまでも寝ているわけにはいくまい。
ゆっくりと身を起こし、軽く頭を左右に振ってから、近くの木に背を預けて漆黒のロングソードを抱かえる長身痩躯のコボルト・ブレイザーに声を掛ける。
「…… クァオ、ガルゥクァアン (…… ありがたい、お陰でよく休めた)」
「ワゥ、ウォアァン…… クォ、グルゥ クァアァオンッ
(何、構わねぇさ…… さて、俺も休ませてもらうとするか)」
少し眠そうに目を瞬かせた後、奴は最初に俺たちが王都から乗ってきた幌馬車に誰もいないのを確認して入っていく…… 遅めの昼を済ませたら、直ぐに移動するため幌馬車の中でそのまま寝ることにしたのだろう。
で、昼から夜にかけて睡眠を取っておくことで次の夜警に備えるというわけだ…… 本当に頭が下がるな。
「アーチャー君、僕も既に昼は食べたし、次の夜に備えて幌馬車で寝るよ」
「グゥ、ルアウォンッ (あぁ、次も頼む)」
ひらひらと手を振りながら黒髪優男の猫人もブレイザーと同じ幌に入ろうとするが…… やはり追い出されたようだな、隣の御者たちが休む幌馬車に入っていった。
(…… まぁ、あいつは群れの仲間以外には気を許さないからな)
周囲に視線を投げて状況を確認すると、馬車の外に出ているのは俺たちと木陰に腰掛けて休む白磁のエルフ娘、アックスをモフってるリーリア、それを微笑ましく見守るエステルか……
「ガゥアル、グルォ、ガゥルオルァアン?
『エステル、皆、もう昼は済ませたのか?』」
「いえ、皆さんも昨夜は眠れなかったみたいで、ついさっきまで寝ていましたから」
彼女の返事を聞きつつも、俺はちらりと奴隷商たち五人を拘束して押し込んでいる馬車に視線を送る。
「あっ、奴隷商たちもまだです」
王都まであと一日半程度、明日の夕方頃には着くから水だけ与えればそれでいいかもしれないが…… まぁ、食糧事情に余裕があれば、軽食を出しても構わないだろう。
傭兵時代にも、“捕虜だからどんな扱いをしてもいいと考えて、非道をすれば己の心が腐る” と団長殿が言っていたものだ…… 戦場では手段を選ばない人だったけどな。
ガキの頃に拾われて、父親代わりだった団長殿の言葉は今もよく頭に過る…… 困ったものだ。まぁ、捕虜に食い物を出せるかどうかは狩りの成果次第だ!
「ワゥ、グァアオォオ――ンッ!『さて、ひと狩りいくぞッ!』」
「ワォン、クルァオ――ンッ (うん、お腹すいたよー)」
「ウォフア、ウォオル ヴォルァアァンッ
(草原だから、思いっきり走れるわねッ)」
狐しっぽを揺らして妹がこちらに歩み寄り、槍使いのコボルトがその長物を肩に担ぐ。
「グル~ァ (ボスぅ~ッ)」
情けない声に振り向くと座り込んだアックスの膝の上にリーリアがちょこんと乗っかり、その胴体にしがみついて、またウトウトと船を漕ぎだしていた。
猫人族はよく寝る種族なのだ、特に子供は……
アックスは巨躯故に脚が速いとはいえないし、ブレイザーがしてくれたように野営地の護りも必要だ、ここは城付きの御者たちと残ってもらうか。
「ガオゥウアウォンッ『ここの護りを頼む』」
「ワォン、ウォオオン(うん、まかせてよぅ)」
ほんわりとした雰囲気でそう応えた奴を残して、俺たち三匹は街道から少し離れた場所を流れる河川へと進み、そこから遡上していく。
幸運にも小一時間ほどで獲物の匂いを捉え、身を低くして地を這うように風下から距離を詰めていくとプレーリーラットという捕食可能な体長50cm程度の齧歯類が四匹ほどいた。どうやら近くに巣穴でもあるのだろう。
(ちょうどいい大きさだ…… ここで2m ~ 3m級の猛牛の魔物バイロックスとかを仕留めても、運ぶのは無理だしな)
[※普通のコボルトはバイロックスにむしろ殺られます]
ニイチャン ヤル?
モチロンダ
短く、ハンドサインを交わし合うと、俺はその場に伏せたまま機械弓を構えて二本の矢を右手に持ち、ダガー(妹)とランサーが回り込んでプレーリーラットの左右に移動するまで、暫しの時間を待つ……
(頃合いか…… 狙い撃つッ!!)
適度な時間を待った後、弦を引き絞り狙い定めた矢を放つッ! さらに結果を見ることも無く、間髪容れずもう一本の矢も別のプレーリーラットに向けて連射した。
「クァ!?……ッ、クッ……ッ……」
「クゥッ、ッ……ッ」
「クウッ!!」
「クオゥッ」
初矢は狙い通り、立ち上がって遠くを見通そうとしたプレーリーラットの腹を射抜いて仕留め、二発目の矢は逃げ出そうとした近くの一匹の腿あたりに刺さる。
残りの二匹は別々の方向に逃げていくが……
「クァウッ! (もらったわッ!)」
【発動:脚力強化(中)】
「ウゥッ!?……ックァ……ッ……」
運悪くランサーの伏せている付近に逃げたプレーリーラットが横合いから疾風の如く飛び出してきた彼女の斬撃槍に胴体を貫かれ、そのまま宙空に持ち上げられた。
もう一匹は上手く待ち伏せを回避して草原の草むらの中へと消えていったが、成果としてはそれなりだ。
脚に矢を刺したまま逃げようとするプレーリーラットも妹が短剣でしっかりと仕留めたので、三匹を狩ることができた。
「ワォア、ガルォウァ~♪ (じゃあ、血抜きするよ~♪)」
慣れた手つきで妹が短剣を扱い、死後硬直が始まる前に手早く処理を済ませ、ランサーが麻紐でその四肢を縛って運びやすくする。
(…… これでグレンが持たせてくれた食料等を少々節約できるな)
どうやら少しは奴隷商たちにも食事を出せそうだなと、食料事情を考えつつも野営地への帰路に着いた……
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