取りあえず、放置で
暗がりの中で淡く光る翡翠眼が俺を見つめる…… その持ち主である白磁のエルフの女性に攫われた子供たちが寄り添って震えていた。
「……人の子らが貴方に怯えています」
言わんとしている事は大体察しがつくし、こちらの念話は通じるが…… 相手の言葉が理解できないというのはやりづらいな。当然、エルフ語の読み書きなどできないし、筆談も不可能だ。
「ウォン、グルグァアァンッ!『よし、ここは放置しようッ!』」
本来は罪を犯した魔術師に付けられる魔封じの首輪を嵌められているし、四肢も拘束されているため脅威とはならない。それに強襲後の撤退は迅速に行うべきだと傭兵時代の団長殿も言っていた。
さくっと放置する方針を決めた俺は捕らえた奴隷商たちの下へ戻り、その一人に曲刀を付きつける。
「ひうッ!」
「グガォル ヴォルォウ ガルァゥ
『この馬車を御していたのは誰だ』」
「お、俺とそいつに、後はあんたが切り捨てた奴だ」
ということは動かせる馬車は二台だな、攫われた者たちや捕まえた連中の移送手段は必須だから、旅の荷物を詰め込んである一台は捨て置くとしよう。
そも、幌馬車に乗れる人数は五人、馬に無理をさせて六人程度だ。
それに対して、捕えた商人と護衛たちから御者をさせる二人を除くと四名、救出した子供たち、猫人母娘、町娘に謎エルフの七名か……
(さて、御者をやらせる商人が馬を走らせて逃げ出さないように、俺とブレイザーが各馬車に乗り込むとして、小柄な子供は軽いから大人の半分扱いでよいだろう)
暫し考えた後、猫人母娘と町娘に謎エルフのいる幌馬車へと移ってもらう。
「おいで、リーリア」
「ん、ママ」
「ッぅ」
幌馬車の中で猫人幼女を抱っこしようとした母親のエステルが顔を顰め、その動きを止めてしまう…… どうやら、負傷した右肩が痛むようだ。
「クゥア『ランサー』」
「ウォンッ、グルァ (いいわよ、ボス)」
呼びかけに応えた槍使いのコボルトが馬車に乗り込み、先端部だけ白い手の肉球をぐっと彼女の右肩に押し当てる。
「キュアルオ、クルアォン (汝に安らぎを、癒しの聖光)」
「あっ……」
ランサーの掌から溢れた暖かな白光が一瞬だけ幌の中を明るく照らし、すぐさま収束した。
「あ、ありがとう御座います、コボルトさん」
エステルは娘を抱きかかえ直し、外に転がる死傷者が見えないようにぎゅっと娘の顔を胸元に押しつけると、足早に隣の幌馬車の中に入っていく。
多少は窮屈かもしれないが、その馬車にはリーリアを含む四人の子供に謎エルフとエステル、更には町娘と俺も乗り込む予定だ。
「グゥ ガォルァン…… ワゥウッ!
『後はこいつらか…… アックスッ!』」
「ワウォアンッ (よいしょっとッ)」
「ぐッ、くそッ!」
御者にあてがう二人を残して、小太りの商人と捕えて簡単な治療を済ませた護衛の4名を空になった幌馬車へとアックスが放り込んでいく。
「ガルォ ウアォオン (君もこっちだよぅ)」
「さ、触るんじゃねぇッ! し、し、痺れがぁッ!!」
麻痺毒により全身の痺れが切れた状態の護衛冒険者も身悶えしながら運ばれていくが…… その様子を傍から眺める狐娘が一匹。
つんつん
「お、おぅふ、て、てめぇッ!!」
「キューン♪ (や~~♪)」
「グゥッ、クォルァアン、グアォゥ (もうッ、やめてあげてよぅ、ダガー)」
若干、呆れ気味のアックスが捕らえた違法奴隷商たちを幌馬車へと押し込み、一緒にブレイザーに乗り込んでもらう。
「…… グガルォ (…… 念のためだ)」
奴はそう言うと、既に四肢を麻縄で縛ってあるにも拘わらず、奴隷商の持ち物から拝借した拘束具を彼らにきつく取り付けて二重に戒めた…… 相変わらずブレないことだな。
なお、俺とブレイザーを除いた残りの三匹は幌馬車の周囲を固めての徒歩になる。
(こんなものか、水に関しては街道沿いに川が流れているし、水辺ならば狩りの獲物もいるだろう。馬は…… 時間を浪費するが、道草を食わせるか)
それにウォレスたちと合流すれば全員が馬車に納まるため、二日ほどで王都セルクラムへ帰還できるし、あちらの馬車には多少の食料も積んでいる。
ざっと考えを纏めた後、少し離れた木々に繋いである馬たちを確認し、地面に座り込む商人の服装をした男たちのひとりに視線を向けて言い放つ。
「ガゥオォルァ、ガゥルオフ…… ウォアォウル ヴォルウォアオォン
『馬を連れてきて、馬車に繋げ…… 逃げようとすれば命の保証はない』」
「わ、分かった」
その言葉を証明するように背負った弓を取り出し、軽く矢を番えてそいつに向ける。
「ひッ! に、逃げないってッ」
と、言い捨てて商人の男は馬たちの下へとそそくさと歩み寄っていく…… その彼が引いてきた馬に装具をつけさせ、先ずはブレイザーの乗る馬車へと繋がせた。
それに合わせて、もう一人の御者ができるという男の拘束を妹に短剣で解いてもらい、御者台に座らせる。
「ワオァン、グァルォワン『ブレイザー、そいつのことを頼む』」
「ワフ、ウォオアンッ、グルァ (あぁ、任せてくれ、御頭)」
手綱を握る男の背後で、ブレイザーが黒塗りの長剣をいつでも引き抜けるように構えて警戒を強めていく。その間にも、馬を準備する商人の男が二頭目を馬車へと繋いで、長身痩躯のコボルトが乗る二頭立ての幌馬車が動ける状態となった。
もう一台の幌馬車にも馬を繋ぎ、その手綱を一時的にエステルに持ってもらう。
「あ、あのッ、私、馬なんてッ!」
「グォアオオォン、ガルォアファ クルゥウォ ウォアオオォゥウ!
『動き出そうとすれば、上半身を後ろに反らして手綱を引くだけだ!』」
それで止まるように躾られているからな。
若い猫人の母親が “はわわッ” などと狼狽えている最中にも、新たに馬が繋がれて残りの馬車も準備を終える。
その時点で俺も幌馬車に乗り込み、馬を車体に繋ぐ作業を終えた商人の男に御者台へ乗るように促して、彼女と交代させた。
「クゥア、グアォゥ、グルガォウ ガァアルガゥ ウォルォオオン
『ランサー、ダガー、残りの木々に繋がれた馬を逃がしてやってくれ』」
「ガゥアッ、ウォルアアン(さくっと、終わらせましょう)」
「クゥ、ワォファアァン、クァンッ (ん、ちょっと行ってくるよ、兄ちゃんッ)」
最後に、取り残された馬たちを解放してその場を去り、朝方にウォレスたちと合流した後は王都への帰路につく…… 時折、こちらを見つめる白磁のエルフの素性くらいは道中で確認したいものだ。
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