猟犬の襲撃
ウォレスと御者たちを残して別れた後、10km程度は街道を進み、途中から並行して流れる河川沿いに注意深く進むと遠く微かに焚火の灯りが見えた。
「ヴァン……『あれか……』」
それを確認して、俺は脚を止めて地に伏せた。
元々、深い森の中でも夜目の利くコボルト族であれば人族よりも先んじて暗がりで相手を知覚することができる。特に暗がりに映える灯などがあればなおさらだ。
人の視力は明かりの下では明順応しているため、暗がりを見通す能力が低下する。明るい場所から暗い場所に移動したときに目が慣れるまで見えにくくなる現象といえば分かりやすいだろうか。
つまり、焚火の側で明順応した視界では暗がりに対する認識が落ちる。この状況であれば、俺たちの方が先に相手の存在を把握できるのは当然だ。
(さて、こうも遮蔽物がない整備された街道だと近付くにしても限界があるな……)
少々思案しつつも妹の肩を叩いて視線を向けさせると、すぐさまハンドサインが送られてくる。
ドシタノ? ニイチャン
「…………『猫人の母娘を先に確認したい、頼めるか?』」
襲撃を仕掛けて制圧した後に人違いでしたとかは気まず過ぎるため、声に出さずに念話で意図を伝えれば、軽く頷いた狐混じりの犬人は複合的な幻術を展開させていった。
【幻術:縮小変化】+【幻術:弱体偽装】
一瞬の後、脱げ落ちて地面に積み重なった装備の中から子狐が姿を現す。
「キュッ」
小さくひと声だけ鳴いてから、小さな獣は商隊へ向かってトコトコと歩み出した。
途中、唐突に肢を止めた姿を見る限り、護衛の魔術師や神術師などが扱う探知系魔法に引っ掛かったようだが、弱体偽装が奏功して脅威と見做されずに商隊へと紛れ込んでいく。
遠見めに後ろ姿を見守って待つこと暫し…… 三台あるカーゴの真ん中の幌へと入り、何やら探りを入れていた子狐が此方に戻ってきた。
(発見したよ~~♪)
手際よく事を運んで上機嫌な妹の話により、同車内にもう一人拘束されている者がいると判明したが、あくまでも猫人の母娘の救出が最優先のため現状では気にしない事にする。
そう割り切った上で、野営を行う商隊の連中から約60mほどの距離まで一度接近し、後続の仲間を制して伏せさせた。これ以上進めば地面に微弱な魔力が流れている範囲へ足を踏み入れ、相手方に自分達の存在を報せてしまう。
「『…… “警戒” の魔法だ』」
短い念話で伝えたのは冒険者らに重宝される魔法で、術者を中心に半径40~80m程度の範囲内における一定以上の魔力を検知する。
まぁ、昆虫とかの微細なものは無視されるが、小動物の体内に流れる魔力も検知するため運用上の判断が難しい。つい先ほども妹をスルーしたわけだからな。
(いや、魔力まで弱体偽装された子狐なら俺も脅威と判断しないか……)
ともかく、ここから先に踏み込めば否応なく察知されるが、やりようはいくらでもある。警戒の魔法も万能などではない。
第一、その範囲は弓の射程範囲よりも狭いので狙撃に対応できないし、素早く接近する外敵に対して十分な反応を取れる距離でもないのだ。
(まぁ、弓矢の方はウインドプロテクションの魔法を併用すれば威力を減じられるから、遠距離狙撃を無効化できるけどな)
その可能性も十分にあるので、この場所から機械弓バロックでの狙撃というのも微妙だ。ダガーの魔力偽装を皆に施してもいいが、完全に反応を消すこともできないし、目視で確認されれば意味がない。
ドウスルンダ オカシラ
「『……ふむ、どうすべきか』」
長身痩躯のコボルトのハンドサインに暫し思考を巡らせる。
目視できる範囲で敵の数は5名、視野外に2~3名を想定して7~8名といったところだ。それに仮眠中の護衛を加えて十数名と見るべきだな……
まぁ、仮眠中の奴らは同時に相手をしなくて済むから、実質は7~8名との戦闘が2セットと考えてかまわない。
ここはオーソドックスに範囲外からの迅速な強襲を選択しよう。
「『一気呵成に強襲を仕掛ける。先ずは焚火の側にいる連中だ、征くぞッ!』」
単なる魔物を装うため、相手に念話が漏れないようにミスリル製の仮面を外して地面に置くと、俺は伏せていた身を起こす。同時にコボルト族の身体能力を高める魔犬の咆哮を響かせた。
「ウォォオオォ―――――ォンッ!!」
【発動:バトルクライ】
「ガルォアァアンッ(行くぜぇッ)」
「クォルァォオオオンッ (駆け抜けるわッ)」
さらに、魔法で起こした旋風を両脚に纏わせて商隊の野営地へと駆け出すと、他の皆も狩猟本能のままに咆哮を上げて追随してくる!
「ッ、やばい、魔物の襲撃だぞ」
「言われなくても、雄叫びでわかるッ!」
「なッ、あれはコボルトなのかッ!?」
「気をつけろッ!明らかに変異種だ!!」
さすがに素早く反応して武器を構える護衛5名に加え、さらにカーゴの後ろから3名が姿を現したのを確認しつつ、俺は右の掌に魔力を籠める。
「ウォフッ、ルァアアンッ! (風よッ、吹きすさべッ!)」
対峙する護衛たちの内、焚火の側の魔術師を狙って、可能な限りの魔力を籠めた風弾を撃ち込んだ!
「無駄なことを……」
やはりウインドプロテクションの魔法が展開されていたようで、風の弾丸は突如巻き起こった上昇気流の壁に阻まれて上空へと巻き上げられたものの……
「ッ、うぉッ!?」
「何ッ!!」
風弾と風壁の衝突により生じた暴風で焚火の灯りが吹き飛び、一瞬で辺りが闇に包まれる。魔術師はその事態も想定していたようで後方へ飛び退いたが、他の護衛たちには一瞬の隙が生まれてしまう。
そう、人の目は急激な明暗の変化に弱い。
「ガルォアァア!!(もらったぜぇ!!)」
「がぁッ……あぁッ!?」
暗がりの中から飛び出してきた黒塗りのロングソードが若い剣士の胸を革鎧越しに貫き、致命傷を負わせた。
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