追う者と追われるもの
「待たせましたね、弓兵殿にウォレス殿」
御者台から降りたグレンが左手で握ったままの手綱を差し出してくるが…… 俺は首を左右に振る。
「ブルルゥッ!!」
「ヒヒンッ!」
「ヴァン ガルォウァアァ……『めっちゃ警戒されているんだが……』」
「そういえば、貴殿はコボルトでしたね…… ウォレス殿は?」
「猫人族は森の民だからね、馬には乗らないんだよ」
障害物の多い森の中では馬は並み脚でしか移動できない。で、あれば小回りの利く猫人や俺たちコボルトのほうが有利なくらいだ。馬を維持する費用と効果を考えた場合、経済的に割が合わないため森の民は馬を使わない。
「エルネスタ様?」
「構わないよ、御者を出してあげても。彼らも荷馬車がなければ暇でしょうから」
同じように下馬していたエルネスタの答えを聞いた後、グレンは軽く一礼をしてから背を向けて歩き出していく。
「話はグレンから聞いたよ、また世話になるね」
「ワゥ、ウォルァ クルァオオゥア『まぁ、猫人たちを助けるついでだ』」
そこで暫し考え、自らの顔を示してこう続けた。
「ガルゥウ クルォオアン?『報酬でこれも貰っていいか?』」
「ん、いいよ。元々それも提供した武装のつもりだったし」
「キュォン クルォオゥ…… ガゥルォ、 ガゥグォアゥ ヴォルォアァアン?
『ありがたく貰っておく…… ところで、流血病患者の状況はどうなんだ?』」
その問いかけに対して、エルネスタは奇麗な銀の髪をわしゃわしゃとかき混ぜて、唸り出す。
「う~、状況的にアレが体内の魔力を暴走させて、内側から少しずつ身体を破壊する呪いだってことまでは分かったし、その影響が弱まっているのも事実だけどね」
ただね…… と、彼女は付け加えた。
「一度壊された身体は呪いが完全に力を失っても元に戻らない。体内の魔力の乱れも自然に回復するなんて楽観視はできないから、聖属性の治癒魔法を当てにもできない」
「グルォウアル……『相変わらずか……』」
「ううん、末期症状の感染者を助けることは難しいけど…… 初期症状の感染者は進行を抑えて安定させられれば、助かる目処はつきそうよ。ここが正念場ね……」
俺が実際に目にした流血病患者は路上に転がっていた藍色の髪の女性騎士たちぐらいだ。病死されても寝覚めが悪いところだったが…… それなら助かる見込みはありそうだな。
「ヴゥ、ガルァンッ『是非、頑張ってくれ』」
「ん、ありがとう」
その後も暫し彼女と話をしていると、御者と思しき二人がこちらへ恐々と歩み寄る。
「…… お噂は兼ねがね、よろしくお願い致します、聖獣様」
「よろしくお願いします」
こちらに歩いてきた二人の御者が帽子を脱いで挨拶をしてきたので軽く頷くと、彼らはそれぞれに御者台へと向かう。
「グルォ、ガォルァアァンッ!『皆、馬車に乗り込むぞッ!』」
「アォウワンッ (あいよっと)」
「キュアォン♪ (なんか面白そう♪)」
軽く幌の中を確認した後にブレイザーが中に入り、その後ろから妹も持ち前の脚力を活かしてぴょこんと飛び乗った。その後に俺も続くと、もう一台の幌付きの馬車に乗るように残りの二匹に声を掛ける。
「ワゥウ、グルゥ クゥアオゥアォン『アックス、お前とランサーはあっちだ』」
今しがたウォレスが乗り込んだもう一台の二頭立ての幌馬車を差し示す。
「グルォ、アォオン (私たちはあちらね)」
「ワゥ、ワォンッ (うん、分かったよ)」
「ッ、ぅッ(すげぇ迫力だ……)」
蒼色巨躯のマッチョなコボルトがのそりのそりと近づくにつれて、御者の男が緊張した表情で汗を浮かべる。そして、それは彼だけでなく馬たちも同様だった。
「ブルァァアァッ!!」
「ヒヒィイィインッ!?」
「クゥ!? キ、キューンッ (はぅ!?ご、ごめんよぅッ)」
「とっ、お、お前ら落ち着けってッ!!」
暴れ出しそうになる馬を御者が何とか押さえて宥めると、アックスは肩を竦めたまま荷馬車の中に乗り込み、槍使いのコボルトも後に続いた。
(仲間内では一番、無害な奴なんだがな……)
そうして全員が幌馬車に乗り込んだ後、見送るエルネスタに軽く手を掲げる。
「ガルォオン『行ってくる』」
「ん、気を付けて」
そのやり取りの後、馬出しから王城外郭へと抜けた馬車はそのまま城外へ出て、にわかに聖獣の話題で盛り上がる中央通りを進み、王都セルクラムを発った。
……………
………
…
ちょうどその頃、王都セルクラムとヴィルム領の都市ケルプを繋ぐ街道を進む商隊の姿があった。三台の二頭立ての四輪幌付き馬車、所謂カーゴを中心にその前後に二組の騎馬、周囲を12名ほどの護衛が固め歩く。
商隊の規模に比べて護衛の数が多いのが特徴的だ。
各カーゴの御者台に乗る3名だけが商人とその部下であり、残りの者は全て商人に雇われた冒険者崩れだ。
彼らは何かしらの罪や規則違反を犯して冒険者資格を剥奪されており、その経緯もあってそのままならず者へと身を堕とすことが多い……
「セラムさん、もうすぐヴィルム領に入ります」
騎馬の一人が真中のカーゴの位置まで下がって、幌から顔を出して風景を眺めている小太りの商人に話しかける。
「ご苦労、後はそこを抜けて自由都市同盟に帰るだけだな」
「…… 都市ケルプには入りますか?」
「勿論入るが、もう悪さはせんでも良いぞ。ヴィルム領には同盟の資本が入っていて繋がりが深いからな、そこでやらかせば戻ってからも足が付く」
アレクシウス王も薄々は気付いているが、自由都市同盟はヴィルム領を経済的に侵食してきている節があり、両者の繋がりは同盟側の豪商の娘とヴィルム伯配下の貴族の子弟たちとの縁談などにより強くなってきていた。
そのため、騎士グレンもヴィルム伯の統治権限への配慮を優先して考えたのである。下手に侵害すれば藪をつついて蛇を出すことにもなり兼ねない……
「では、いつも通りですね」
「それで頼む」
彼らは検問の厳しい都市に入る際は、奴隷として攫ってきた女性や子どもを人目のない場所に見張りをつけて降ろしていた。そうすれば、衛兵に幌馬車の中を見られても問題がない。
「といっても、まだ少し距離があるので、今日は野営ですけどね…… はッ」
騎馬の男は掛け声とともに、馬の腹を蹴ってまた隊列の先頭へと戻っていく。
「しかし、今回は儲かりそうですね、セラムさん」
「あぁ、そうだな」
カーゴの御者台に座って馬を歩かせている男が小太りの商人へ声を投げかけると、セラムは幌馬車の奥へ視線を向ける。
そこには今回の旅程で商品を売り歩くとともに、隙を見て拐かした者たちの姿があり、愛玩奴隷として需要の高い猫人の母娘の姿もある。彼女たちは四肢を拘束されて猿轡を噛まされたうえで、荷台に転がされていた。
「つッ……」
若い母親の右肩には抵抗した際に受けた短剣の刺し傷があり、乱雑に包帯が巻かれているが、馬車が大きく揺れるとくぐもった声が漏れ聞こえる。
さらに後続のカーゴにも同様に捕らえた者たちを乗せており、収穫としては上々だ。
「望外の成果もあったし、これも私の日頃の行いが良いからか?」
「ははっ、また御冗談を……にしてもツイてましたね」
彼らは知らない、王都から猛追してくる存在を……
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