馬出しにて、馬車を待つ
現在、王都セルクラムでは聖堂教会が喧伝しまくっている銀月の聖獣とやらの話題が徐々に広まっていた。従って、俺たちが王都から出立する際に目撃されて人々の混乱が起きる恐れがある。
そこで俺たちの姿を隠すことができる幌付きの馬車を二台、騎士グレンに用意してもらう手筈となった。この馬車は攫われた人たちを救出した際には護送車として使用する。
その馬車を俺達は王城内郭の馬出しに佇んで待っていた……
「ワフゥ、ワォウア~ンッ (わふぅ、いい天気だね~)」
蒼色巨躯のコボルトが太陽を見上げて、眩しさに目を細めながら陽光を嬉しそうに全身へと受けている…… このままずっと立ち尽くしていそうな雰囲気だな。
隙だらけのアックスに誘われてふらふらと長身痩躯のコボルトが引き寄せられていくが…… 軽く不意を突こうと迫る奴を振り下ろされた槍が留める。
「ガゥッ、クルァオゥ ウォルァン
(もうッ、放っておいてあげなさいよ)」
「…… ワォゥ ガルォアオォオンッ
(…… つい本能が刺激されちまったぜ)」
頭を掻きながらブレイザーが身を退いて、アックスは窮地を脱したかに思えたが…… 無情にもコボルト・ダガー(妹)が全てをぶち壊す。
「ワゥッ♪ (えいッ♪)」
「ファッ!?」
背後から不意に尻尾を掴まれて引っ張られたアックスがバランスを崩して面食らう。
「クォオフッ! (何するんだよぅ!)」
「クゥ~、グウォン? (ん~、隙あり?)」
可愛く小首を傾げて狐耳をピコピコさせる妹とアックスを視界に収めつつ、俺は件の商隊について思考を巡らせる。
(先ず、相手の行先が問題だな……)
俺はグレンから借りたリアスティーゼ王国の地図を広げて、いつもの如く王都セルクラム近郊からヴィルム領まで河川の流れを辿る。
商隊は馬を使っているため、徒歩以上に水源へ縛られることは自明だ。そもそも、馬という生き物は一日に20 ~ 40ℓもの水を飲む。現実的に考えれば川沿いに進むか、若しくは湖などの水源を辿るしかない。
押し当てた俺の指が地図上の河川をなぞり、ヴィルム領を横切って隣国にあたる自由都市同盟にまで至る。
「うん、僕もそう思うよ。国境さえ越えてしまえば、この国で犯した罪で裁くことはとても難しいからね……」
「ガルァウ『だろうな』」
軽く頷いてウォレスに同意を示す。
同じ王国内でも、裁判権や治安維持権限が各領主に委任されているため、特段の事情が無い限りは領地の外部から頭越しに干渉できない。もし、商隊が自由都市同盟の勢力圏に辿り着けばさらに厄介だ……
商隊の行方に大体の目星をつけたところで、次に追いつくための算段を考える。
(連中の移動手段とその速度に左右されるか……)
基本的に商隊が用いる幌付き馬車は商品を風雨から守って劣化させずに運ぶためのものだ。例えば、塩などを運んでいる時に雨ざらしとなれば、雨水を吸った塩が溶け出してしまう。下手をすれば売り物にならないだろう。
そのような事態を避けるために商品のほぼ全てを馬車に積む以上、人は歩かなければならない。となれば、移動速度は最速でも徒歩の域を早々越えないとみてよい。
“最速”でもだ…… 積み荷の量に対して馬車を引く馬の頭数が少なければその分、移動速度は落ちる。馬の疲れも大きくなるし、休息時間も多く必要となるからだ。
「ウォアフ、ギャゥガォル ウォルファォオン?
『ウォレス、商隊の馬車の構成はどうだった?』」
「ルクア村で見た際には、二頭立ての幌付き四輪荷馬車が三台、後は商隊の一部の者が乗る乗馬が四頭だったと思う」
「クァーグ ヴァンォ……『カーゴが三台……』」
カーゴで二頭立てということは過重による速度の低下は見込み難いな。
行商活動を行って商品在庫を減らし、その分の積み荷として拉致した者を運んでいると考えれば、極端な積載量とはならないはずだ……
ならば馬車が人に速度を合わせるため、商隊の移動速度は徒歩程度となる。その辺は違法な奴隷商ならばちゃんと考えているのだろう。
ただ、長旅をするために個々の人員の荷物も多くなるので、徒歩の移動速度も少々落ちるとして…… 時速4㎞程度を想定する。
(で、昨日の昼過ぎに発って日が暮れるまでと、今日の日暮れまでの移動距離を考えれば56~60km程度か?)
俺達の荷物などたかが知れているため、全員で二台の馬車に分乗し、馬を急がせれば約4時間で40㎞程度の距離は移動できる。
さらにへばった馬から降りて、戦闘を想定したうえで体力を温存しながら俺たちの脚で残りの16 ~ 20kmほどを詰めていけば……
(ちょうど日付が変わる頃合いの深夜に追いつく…… 夜襲ができそうだな)
さすがに見張りは立てるだろうが、一度に相手をする人数が少なくて済む。残りの休息中の者が状況を把握して動き出す前に各個撃破も可能だ。
図らずも、ブレイザーが喜びそうなシチュエーションじゃないか……
なお、手元の地図を参考にすれば、ヴィルム領の都市ケルプへ向かう街道の途上で商隊を捕捉することになる。王家直属のエルネスタ達と違って、俺たちコボルトは管轄がどうとか政治的な話は関係ない。
「ウルォオオアァン『好きにやらせてもらうさ』」
「「ヒヒィインッ!!」」
そう決めたところで馬の嘶きが聞こえ、エルネスタとグレンが幌付きの二頭立て馬車二台の手綱をそれぞれに操作し、こちらへと向かわせて俺達の眼前に止める。
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