商隊を追え!
そんなことを思いつつ、ウォレスの顔を見ながらミスリル製の仮面を撫でた瞬間、閃くものがあった。
(いや、これは…… 可能だな)
俺は純ミスリル製の仮面を作った銀髪碧眼の魔導士を心の中で称賛する。
前提として、これは自身の思念を相手に伝える魔道具だ。つまり、仮面を装着しても相手の言葉を理解することはできず、そちらは素で分っていなければならない。だが、何も俺たちコボルトが使わなくても良いのだ。
例えば、これをウォレスに装着させてリンゴを持たせるとしよう。
そして、奴はリンゴを突き出してこう言うのだ。
“これはリンゴだよ 『ウォゥ クァウル』”
(このミスリルの仮面を使えば、効率的にコボルト族が大陸共通語の聞き取り訓練をできるということだ…… しかも、教師一人分の仮面さえあれば問題がない)
残念ながら、俺たちの声帯では共通語の発音はできないが筆談という手段もある。読み書きもいずれは学べばいい、もしやるとしたら先ずは聞き取りからだな……
問題はそれを意欲的に学ぶ仲間がいるかどうかだ。せめて、生まれを同じくする5匹の仲間たちには学んでほしいものだが……
「ん、どうかしたのかい?」
「グゥ、ワファォン『いや、何でもない』」
急に黙り込んだ俺をウォレスが訝しんでいるが、軽く逸らしておく。
今は彼の話を聞こう。
「ヴォァル、グォヴォルオン?『それより、急な用件とは?』」
「以前のゴブリンどもの襲撃から一月ほどしか経ってないんだけど、また問題が起こってね…… 数日前に水汲みにいった若い母親と幼い娘が戻らなかったんだ」
ふむ、ルクア村から最寄りのシェルナ川支流までは数分程度の距離だ。一瞬、その母娘が魔物にでも襲われたのかと思ったが、それならばウォレスが王都にくる意味が分からない。
「川辺に血痕があったから、最初は魔物にでも襲われたのかと考えて村の戦士たちで捜索に出たんだけど…… 母娘の姿も死体も見当たらない」
「…… ヴァンガル『…… 神隠しか』」
彼はその言葉に首を振る。
「いや、僕の見立てだと原因は神じゃなくて人だね。母娘が行方不明になった日に村へ商隊が来てたんだ…… ちゃんとした商品を扱っていたけど、今にして思えば護衛の数も多かったし、普通の商人を装った奴隷商かもしれないと思ってね」
「ガルォオオアン ウォルォオン?
『それを追ってここまで来たと?』」
遥々、王都まで…… 大変なことだな、俺たちも人のことは言えないが。
「あぁ、途中でウィアルドの町にも寄ったけど、そこでも商隊が去った後に町娘が一人行方不明になっていたよ」
黙して俺たちの会話を聞いていた褐色肌の騎士グレンがそこで片眉を上げて反応する。
「猫人殿、王都でも流血病の騒動で親を亡くした子どもの内、少数の行方が分からなくなっています。もしかすると理由は同じなのかもしれませんね…… 昨日の今時分に王都からヴィルム領へ向かって発った二十名規模の商隊がいました」
「グァン、ヴァンガルォ グルォァオォン?
『グレン、王都の兵を捕捉に回せないのか?』」
イーステリアの猫人たちはリアスティーゼ王国の管轄下にないと老魔術師は言っていたが、ウィアルドの町と王都でも被害が出ているのならば無視するわけにもいくまい。
「…… 弓兵殿、今から準備して商隊を追いかけても、彼らを捕捉できるのは王家の直轄領の外、ヴィルム領です。そこの治安維持権限はヴィルム伯にありますので、我々は確たる証拠も無しに踏み込めないのですよ」
(そういえば、面倒な生き物だったな…… 人間は)
それにアルヴェスタの討伐が成ったとはいえ、流血病の状況が流動的なことに変わりはない。人手が不足している現状で兵を出すのは難しいのだろう。
そもそも、王都というのはどこの国でも直接攻められ難い土地に築かれている。ゆえに、平時の常備兵数は知れているのだ…… となれば、そのヴィルム伯とやら次第だな。
「一応、伝令を出して事情を伝える事はできますが…… 確たる証拠がなければ、どこまでやってくれるのか……」
「ワゥ、クガルァオ ウォウゥ キュウァオゥ ワオォン
『まぁ、末端の役人が賄賂で懐柔されることもあるしな』」
その言葉に猫人の剣士が深く頷く。
「僕もそう思うよ。誰かに頼って後悔するよりはできる事をしたいから、ここまで彼らを追ってきたんだ…… 状況証拠しかないけどね」
「グゥルォアン『他の仲間は?』」
「…… あのゴブリンたちとの戦いで戦士も減ったし、今は村の護りを薄くできない。王都まできたのは僕だけだよ」
じゃらりと音を鳴らして、ウォレスが腰元の革袋をテーブルに置く。
緩んで開いた袋の口からは相応の貨幣が見えた。
「商隊は街を経由して進むから、捕捉できる距離になったら冒険者を雇おうと思って、村の皆から資金を募ったんだよ…… これで君たちを雇いたい」
こちらにその革袋を寄せてくる。
「グルォ、ウォル クァオアォオオアウゥ クルァオフ?
『皆、猫人たちの頼みを聞いてやりたいが構わないか?』」
「ワォアン (当然だよぅ)」
「クルゥ、クァオアォオオァ (あたしも聞いてあげたいなぁ)」
ま、アックスと妹は性格的にそう答えるよな。
「…… ヴォガゥルオ ウォァオォン グゥアォル
(…… 長く群れから離れているのが気になるぜ)」
俺たちがここで時間を費やしているうちに、群れで何かが起こる可能性もある。
それが気になるのは理解の範疇だが……
「ワォゥ ウォルオアァン、ガルォオオン?
『今後の猫人との関係もある、付き合ってくれるか?』」
「グァ、ウォルォアオォンッ (まぁ、しょうがねぇなぁ)」
「クゥウォオン、ウォルゥオ ヴァオン
(放っておいて、怪我されても嫌だしね)」
ブレイザーもそこまで反対する雰囲気ではなさそうだし、ランサーもどちらかと言えば困っている者を無視できない性質だ。
行動指針が定まったところで俺はその依頼を受けることにして、革袋に手を伸ばすが…… その報酬をグレンが横から押し返す。
「もし、リアスティーゼの民が被害にあっているなら、それはこちらから依頼する案件です。この同額であれば私の副長権限で中隊の軍資金から拠出しましょう」
「ありがたいんだけど…… 何だか、申し訳ない気がするよ」
少々、戸惑う猫人の優男にそれならと、さっき考えていた大陸共通語の教師役を俺は頼むのだった。
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