真打は遅れてやって来る
(あれは…… 聖堂騎士か?)
ここから見える範囲で、八名ほどの純白の外套を羽織った騎士たちが路上に頽れていく。
(迂回先行させた二匹には悪いが、この機を利用しない手はないッ!!)
「…………ッ」
【発動:気配遮断(中)】
並走するブレイザーも同じ考えだったのか、スウッと気配を掻き消して、屋根の上から路地裏に姿を消していく。
(舞い上げろッ! 旋風ッ!!)
それを確認しつつ、俺も再び両足に風魔法の旋風を纏わり付かせ、屋根上から白い仮面の怪人に飛び掛かる!
「グルァオオオ―――ォッ!!」
【発動:バトルクライ】
「ゥッ!?」
途中でコボルト族の身体能力を底上げする魔犬の咆哮を上げたのがまずかったのか、白面の怪人は上体を横に反らし、奴の後頭部を狙った俺の蹴り足は空を切った。
「ガゥッ! (ちッ!)」
アルヴェスタの肩を飛び越えて前方に着地し、不意を突かれてバランスを崩した奴へ振り向きざまにシミターを抜剣する。その動作の遠心力を乗せて、曲刀の柄を仮面に打ち付けた!
「アァ……ッ、ギィアァアアァッ!?」
金切り声を上げて左手で仮面を覆いながら、アルヴェスタは後ろに距離を取る。
「ガルォアァンッ (逃がさないッ!)」
「ギィイッ、ァアァッ!!」
引き抜いた曲刀で切り込むも、奴は右腕から伸ばした赤黒い剣でそれを受け止め、即座に俺の鳩尾に膝を打ち込む。
「グォッ!? (ぐぉッ!?)」
怯んだすきに白面の怪人は素早く飛び退り、さらにバックステップで距離を取りながら、左腕をこちらに突き出した。
「ワ、我ガ敵ヲ… 討テッ、連続聖弾ッ」
「ヴォオォッ!! (うぉおぉッ!!)」
時間差をあけて高速で飛来する二つの光弾の内、初弾は半身で躱し、避け切れないと判断した次弾は風魔法による暴風を纏わせた左拳で砕く。
ジュウウッ……
身体への直撃は避けたものの、左拳が聖光に焼かれて肉の焦げる匂いが漂う。
「ウガァッ、 ガルウァッ!! (うがぁッ、この野郎ッ!!)」
その痛みを堪え、さらに光弾を撃ち出そうとするアルヴェスタの仮面目掛けて、遠心力を加えて曲刀を投擲する。
「ッ、悪足搔キヲッ!」
回転しながら迫るそれを奴が半身で躱したその瞬間ッ!
やや斜め後ろの何もない路地裏の暗闇からぬっと黒塗りのロングソードが伸びてくる!
「ナッ!?」
「グルォオアァアッ!! (殺ったぜぇッ!!)」
剣先に続いて、黒い長剣を水平に構えた長身痩躯のコボルトが雄叫びを上げて、路地裏から飛び出す。その一突きは狙い外さずアルヴェスタの仮面をパキンッと穿ち砕いた。
「ギィイィイアァァア―――ァッ!!」
悲鳴を上げて白面の怪人は飛び退き、血煙をばら撒きながら狂ったように暴れ出す。その掌は顔を覆い隠しているが、隙間から破片が零れていく……
「…ッ!」
血煙を警戒したブレイザーが追撃を諦めて、俺の側まで後退してくる。
その長身痩躯のコボルトの体毛はやや赤みを帯びた茶色となり、背中の黒い毛がなくなっていた。さらに、四肢はついさっきよりも力強くしなやかさを感じさせ、やや伸びた尻尾には名状し難い魔力が宿る。
「ガゥッ、ガルゥウ…… (ちッ、浅かったか……)」
そう呟くブレイザー自身は姿形が変わったことに気付いていないが、それを指摘する余裕などない。
「ッ、グルォウ ヴォルァアァンッ (ッ、ここで終わらせるッ)」
背に伸ばした左手に機械弓バロックを掴んで構えた俺の隣で、ブレイザーもガントレットの仕掛けを動かし、籠手と一体化した小弓を展開したが……
「ァアァァア―――ッ!!」
叫びながら身を翻したアルヴェスタは一目散に逃げ出す。またかと思った矢先、路地裏から巨躯のために俺たちより遅れてやってきた奴が飛び出した!
「ヴォルァァアァッ!! (これで終わりだよぅ!!)」
「ゥアァッ!?」
その筋骨隆々として剛腕で振り抜かれたデュエルシールドがパリンッと音を響かせ、白い仮面を粉々に打ち砕く。
「ッ―――ゥッ―――ァアッ!!」
存在の根源たる仮面を失った黒衣の怪人は両手で顔を覆いつつも、隙間からアックスを睨みつけるが、その身体はドロドロと溶け崩れていった。
そして、黒衣と仮面の破片、大量の血だけが路上に残る…… こうして、妄執に捕らわれた哀れな司祭はようやく眠りについた。
……………
………
…
「ワフッ、ヴォアァン? (あれ、またここなの?)」
気が付けば僕は白銀の螺旋階段の上にいる。さっきまで、思い出せもしなかったけど、今はここまで昇ってきた記憶があった。ただ、今回は前と違って祝福や喝采は聞こえずに不思議な静寂に満たされている。
代わりに上層から光沢を帯びた赤と黒の粉雪が蒼色巨躯のコボルトに舞い落ちた。それはつい先ほど果てた者の魂の残滓である。生命の樹の中において、その魂は己を縛る妄執から解放されていた。
“私は自身の感じた絶望を、悲劇を他の誰かに経験させたくなかっただけだ。だから、都合よく奇跡など起きないと、困難を乗り越えるのは一人ひとりの力だと証明したかった……”
かつての司祭であるアレフは誰に向けるでもなく、独白する。
“半不死者となったために歪な妄執に取り憑かれ、多くの命を奪ってしまったが……”
その彼の独白に螺旋を昇りながらも応じるコボルトが一匹。
「ウォルァン キュォアァッ、ヴァルオゥル ガゥアルゥ
(難しいことはわからないけど、絶望も悲劇もいらないよ)」
そんなものは大っ嫌いだ。
「ウァオグルゥ グルァアッ、グルォ ワファオアァン
(だから僕は強くなるんだ、皆が笑っていられるようにさ)」
“…………そうか、それはとても素晴らしいことだ。君なら……”
最後の言葉は聞こえない、もう次の位階にまでアックスは到達しており、意識が白銀の光に包まれて現実へと戻る。ここで起きた一切を深層意識の底へ沈めて……
……………
………
…
「…………ワフッ」
月明かりの下、路上の血だまりと白い破片を見下ろす巨躯のコボルトの体毛が一瞬で色を変える。胸の一部から下顎の体毛まで白く、他は蒼いままに…… そして、その瞳は地面に広がる血と同じ深紅に輝いていた。
通称:アックス(雄)
種族:コボルト
階級:コボルト・パラディン
技能:斬撃耐性 衝撃耐性
最強最弱の盾 (連続使用不可 / 他者への付与可)
病魔の血煙 (初級 / 人族特効)
称号:血煙の騎士
武器:王国兵の戦斧
武装:デュエルシールド
「ヴォルァアァン、グルァ……(終わったな、御頭……)」
「ワフ (あぁ)」
一息吐いた俺はそこでブレイザーにその変化を指摘してやる。
「…… クルァ ワオァン、グルゥガォアオン
(…… ところでブレイザー、自分の腕を見ろ)」
「ワフィ!? クルォアゥ ヴォルォアァアンッ!!
(何だこりゃ!? 毛色が変わってやがるッ!!)」
今更ながらに驚く声が深夜の王都セルクラムに響いた。
通称:ブレイザー(雄)
種族:コボルト
階級:コボルト・ガルム
技能:気配遮断(中) Luck+(小) 脚力強化(小 / 常時)
火炎爪 斬鉄尾(切断の理を宿した尻尾)
称号:暗闇に潜む猟犬
武器:黒剣 小弓付きガントレット
武装:レザーアーマー
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