偶然の一致による誤解
「ッ、攻撃の手を緩めないでッ!」
「ガァァアァッ!」
そう叫びながらも、エリアスが再度の魔法を放とうと意識を集中した時には既に遅い。アルヴェスタは両腕を交差させ、赤黒い血の盾で仮面を隠して聖なる焔を突き破って彼女たちに肉薄する。
「あっ……」
ブァワヮァアアッ
彼女がそう呟いた瞬間、白面の怪人が受けた矢傷から血煙を噴き出させた。
「ぐッ……あっ……ぅ」
「ッ、ち、力がぁ……ッ」
急激な高熱と身体の痺れ、恐ろしいほどの脱力感がエリアス隊とレイモンド隊の騎士たちを苛み、何とか踏み留まろうと必死に耐える彼らも徐々に崩れ落ちていく。
「ううッ、うぇッ……」
「こ、これ……がッ……流血病ッ、あぁっ」
気丈に何の光も宿さない仮面の眼孔を睨み付けていたエリアスの視界にも、今は近づく路面しか映らない。血煙が風に巻かれて晴れた後、路上に転がり呻き声を上げる8名の聖堂騎士たちの姿がそこにあった。
「ッ、エリアスッ!!」
「畜生がッ! 喰らいやがれッ!!」
交差する路地の左右から上半身を乗り出し、ルーミアとセドリックがロングボウに番えた第二射を射かける。
ヒュッ ヒュンッ
だが、白面の怪人は右足を軸にクルリと身を回転させて、光り輝く矢を華麗に躱す。
「シ、信仰ノ……、幻想カラ、目ヲ覚マセッ!!」
そのまま流れるような動作で両腕を交差させてルーミアとセドリックを狙い、無数の血の礫を飛ばした!
「きゃッ!!」
「うぉおおッ!?」
二人の弓騎士が素早く横路地に身を隠してその攻撃を避けるが…… パンッ パパンッと軽快な音を何度も鳴らして、次々と血の礫が弾けて辺りに血煙を撒き散らす。
「し、しまったッ! ぐッ……うぅッ」
「ッ、くぁぅッ!?」
それを吸い込んでしまった二人の身体から急激に力が抜けて路上に伏す。
「「副隊長ッ!!」」
「ルーミアッ!」
鶴瓶撃ちの際に直ぐに交代できるよう、その背後に弓へ矢を番えて詰めていた各隊の聖堂騎士が二人を助けようと動き出すが…… 彼らの視線の先に交差路へ飛び込んでくる白い仮面の怪人の姿が映る。
「オ、終ワ、リ…ダ……」
「あっ……」
「そんなッ!」
仮面の怪人は交差路の中心で両手を広げて左右に掌を突き出し、そこから無数の赤黒い礫を残りの弓騎士たちに向かって撃ち放つ。
飛来する血の礫は先ほどと同じように彼らの手前で小気味良い音をたてて破裂し、血煙を起こした。
「ぐ、ぐぇえッ……ッ」
「けほッ、ぁ、ああぁああッ!!」
少々多めに血煙を吸い込んでしまった弓騎士が吐血しながら倒れていく、他の者も急激な体調悪化により、まともに立つことも叶わない。
深夜の王都に壊滅した聖堂騎士隊の呻き声が響く。
「……………… 愚カナ」
そう呟いて白い仮面の怪人は身を翻す。
本来、嗅覚の利くコボルトたちに追いかけられている以上、早々に地下隧道などの雑多な匂いが籠る場所に身を隠すのが正解だ。
しかし、苦しみながらも発したエリアスの祈りの言葉が彼の脚を止める。
…… 聞き捨てならなかったのだ。
「し、主よ……、私の命を捧げますッ! この者を討ち滅ぼす奇跡をッ、どうかッ!!」
「ッ、幾ラ…… 祈ッテモ、キィ、奇跡ナドッ!?」
「グルァオオオ―――ォッ!!」
彼女を冷たく睨みつけた怪人が言葉を言い切る前に、月光を受けて白銀に輝くコボルトが一匹、屋根上から咆哮と共に降ってくる。
「ッ、うぁ…… あぁッ、主よッ」
「ッぁ、あぁッ、聖獣だ……」
偶然のタイミングもあり、その銀色のコボルトはエリアスたちにとって、まるで祈りに応えて遣わされた獣の姿をした神の使徒のように見えていた。
【称号追加:セルクラムの聖獣】
……………
………
…
銀色のコボルトが己の知らないうちに聖獣認定されてしまった場面から、少し時は遡る。
「キュウ、ウォルァンッ (兄ちゃん、先に行くねッ)」
「クゥルウ グルォッ ガルゥアォ―ンッ (迂回して私たちが頭を押さえるわッ)」
その秀でた跳躍力で妹が街路から一足飛びに右側の建物の屋根に飛び乗り、ランサーは路肩に置いてある木箱を踏み台に左の建物の屋根へと上がった。
そこから前傾姿勢で屋根を蹴り、左右に別れながら加速して俺たちを引き離していく。
仲間内で最速のランサーとそれに次ぐダガーを獲物の進路に先回りさせて、足止めしてもらう。彼女たちに牽制を任せて、体力を温存して追いついた俺たちで止めを刺すという算段だ。
「ワゥウ、ヴォルァオンッ
(アックス、先に行くぜぇッ!!)」
巨躯ゆえに、やや遅れ始めたアックスにひと声を掛けて、長身痩躯のブレイザーが加速していく。幼い頃から、純粋な追いかけっこでいつも仲間たちの背を追っていたのが蒼色巨躯のアックスだったな……
「ウォアルオゥ、ワゥウ (後詰を頼む、アックス)」
「ワォンッ、ウォアァオルァン (うん、後から追いつくよ)」
俺もひと声掛けてから加速し、壁面を足場にした三角飛びで屋根の上に出たブレイザーを追って、両足付近に魔法の旋風を起こしながら飛び上がる。
二匹で肩を並べ、足場としている建物よりも高い建築物を避けながら、屋根から屋根へと疾走していくと思ったよりも早く奴の姿を捉えた。
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