アルヴェスタ VS 聖堂騎士隊
「エリアス隊長、捕捉しましたッ!黒雨ですッ!!」
聖堂教会の司祭や聖堂騎士達が使役する使い魔である守護獣の白フクロウと視覚を共有している部下が声を上げる。
先程、王都の空の一角が明るく輝いて轟音が鳴り響いたため、騎士達は夜空に舞う守護獣をその方角へ飛ばして現状を確認していたのだ。
「ッ、状況はッ! どうなのですかッ!!」
「王立魔術学院の方角から此方の街区に向かってきますッ!!」
純白に十字の刻印をあしらった外套を纏い、深い藍の髪をかき揚げて細身の女性騎士が空を見上げる。
「…… あそこね」
彼女の遠見の魔法で強化された瞳が夜空に目立つ白いフクロウを確認した。白い守護獣はアルヴェスタを空から追跡してその位置を示している。
「仕掛けますか? 隊長殿……」
「“勿論”よ」
聖堂騎士団の特務部隊は怨敵であるアルヴェスタを倒すためだけに存在する。なればこそ、副隊長セドリックの問いかけは滑稽に思えるが…… 過去の討伐部隊は悉く病死させられており、ここから先は彼らにとっての死地だ。
だが、エリアスの言葉に躊躇する者はここにはいない。
「…… 覚悟はできています」
「悲劇はもうたくさんです、ここで止めないとッ」
「あの時、家族を失ってからこの日のために生きてきました…… 行くなと言われてもいきますよ」
そう、ここにいるほとんどの騎士たちは約20年前に惨劇の舞台となったウォーデリア帝国の都市ルアラド出身の聖堂教徒で、大切な誰かを流血病で亡くしている。彼らを率いるエリアスも4歳の頃に両親を流血病で失い、聖堂教会の孤児院で保護されたひとりだ。
アルヴェスタに由来する流血病が猛威を振るった都市周辺では、治癒魔法や祈りの甲斐なく多くの人々が亡くなり、聖堂教会の権威が失墜して多くの信者の心が離れる。
それを繋ぎ止めるためにも教会による事後の支援は徹底されていた。結果的に黒雨へ憎悪を持った信仰心が高い者たちがその地域で育ち、幾人かが特務部隊に志願している。
それでもいざ死地に赴くにあたり、彼女は再度の確認をおこなったのだ。
たとえ、ここで脱落する者がいても彼女は責め立てたりしない。
「……皆の想いは分かりました、では参りましょう」
エリアスが瞑目して、胸の前で素早く十字を切ると、他の騎士たちも同様の仕草を取った。刮目した彼らの顔には恐れを押しのける決意が宿る。
「部隊を4人1組の分隊に分けますッ! 互いに距離を取って、一度の血煙で全員が行動不能とならないように注意してくださいね!!」
「かといって、離れすぎると連携が取れない、その点を留意しておけ」
「「「 はッ! 」」」
エリアスの指示とセドリックの忠告に従い聖堂騎士たちが事前に取り決めていた4人分隊を4つ構成する。
「半包囲で仕掛けますッ!! ルーミア隊とセドリック隊は左右に、私とレイモンド隊は正面から征きますッ! 各隊散開ッ!!」
「「「応ッ!!」」」
夜空に浮かぶ白フクロウを目指して路地を縫いながら、エリアス隊とレイモンド隊が直線的に標的へと近接し、その両脇の路地をルーミア隊とセドリック隊が追随する。
やがて幾度かの角を曲がった先で、弓騎士エリアスの視界が黒衣に白面の怪人を捉えた。
「ッ、見敵必殺ッ!!」
先行する彼女は滑り込むように片膝を突き、流れるような動作で左手のロングボウを構えて矢筒から取り出した矢を構える。その隣でも同様に片膝を突く姿勢で弓騎士が狙いを定めていた。
「穿て、聖なる矢よッ!!」
「狙い撃つッ!!」
ヒュッ ヒュンッ
エリアス隊の弓騎士たちが聖属性のエンチャントを施した光の矢を放つ。
それは夜闇を切り裂いて白い仮面の怪人へと飛翔していく。
「……ッ、ァ」
だが、仮面の怪人は斜めに跳躍して矢を躱し、眼前に迫る壁面を蹴って路上の中央付近に再び身を戻すと、速度を上げて距離を詰めてくる。
「ッ、偽リノ奇跡デ、人ヲ惑ワス…… 詐欺師ドモメ」
「第二射、いくぜッ!!」
片膝を突くエリアスたちの背後に立ち、レイモンド隊が標的目掛けて光の矢を射るが…… 地を這うように姿勢を低くしたアルヴェスタの頭上を通り抜けてしまう。
「ム、無駄ナコトヲ……」
「…… 爆ぜなさい、聖焔散華ッ!!」
もはや数メートルの距離まで近接した仮面の怪人に対し、エリアスは左の掌を突き出して小さな光弾を撃ち出す。
「ッゥ! 万難ヲ排セヨ、聖ナル盾ッ!!」
聖属性を帯びた魔力が凝縮された光弾に対して、白い仮面の怪人は前方に手を翳して聖なる盾を展開する。放たれた光弾は彼の直近で爆散して光の焔を撒き散らすも、それらは光の聖盾によって阻まれた。
…… 司祭枢機卿以上の聖職者は病魔をばら撒く怪人の正体が元は聖職者であることに薄々気付いている。だからこそ、何としても自分たちの手で背教者を討伐したいと願うわけだが、その事実は秘匿されていた。
下手に噂が広まれば、聖堂教会の権威が回復不可能なまでに堕ちてしまうからだ。しかし、必要最低限の事柄として、怨敵が司祭相当の聖属性魔法を扱うという情報だけは彼女たちに開示されている。
「それは想定内よッ!」
白く輝く焔はアルヴェスタを焼くことはできないが、その周囲を明るく照らしながら彼の者の脚を止める。
「釘付けにしてあげるッ! 聖焔散華!!」
「グゥッ!」
そこは彼女の狙い通りに路地が交差する場所となっており、左右にはセドリック隊とルーミア隊が距離を取って展開していた。
「ッ、今だ狙い撃てッ!!」
ヒュッ ヒュンッ
セドリックの掛け声の下、左右に回り込んでいた別動隊が路地の横合いからロングボウを構えて矢を放つ。
「ッァアッ!」
不意討に対し、咄嗟に仮面の怪人は左手で顔を覆って血液の盾を形成することで弱点を隠した。8本の矢すべてが狙いをつけやすい胴体を狙ったものなのだが……
「グゥウッ」
結果的にそれは全て命中するも致命傷を与えるに至らない。
そして、相手に対する情報の少なさが聖堂騎士たちの運命を決するのだった………
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