ミュリエル嬢の災難
その暫し後、進んだ森の先で気合の籠った声が響く。
「せやぁッ!!」
「クッゥ、クゥッ!?」
アレスのロングソードが体長1mほどのビッグホーンラビットの右前足を切り裂いた。
狙いの胴体からは外れたけれど、これで動きは鈍るはずだ。
「任せて、決めるよッ!」
矢を番えていた狩人のミレアが小型の弓を器用に取り回し、近接戦闘の距離から大角兎の横腹を射抜いて止めを刺す。
「ッ、クキュゥ…………」
大角兎は弱々しく鳴き声を上げて地に伏した。
この脅威度Eの魔物は駆け出しに過ぎない “鉄” の冒険者でも難なく倒すことができる。
(茂みからの不意討ちで鋭い大角を刺されて、命の危機に瀕することもあるけどね……)
いつもの癖でその特徴などを思い浮かべていると、前衛を務める軽装戦士のリベルトが仕留めたビッグホーンラビットの傍にしゃがみ込んで短剣を抜く。
「よし、コイツから貰えるものをもらおうか、奪った命は無駄にできないしな…… ミュリエル、どういう手順で処理すればいいんだ」
私が王都の魔術学院で生物学を専攻していた経緯から、倒した魔物等の処理について意見を聞いてくれる事が何気に嬉しい。
「んー、ビッグホーンラビットは角と爪が売り物になるから、その部位を先ず切り離して。後は血抜き処理してから、立ち寄った村の食堂にでも持っていけば買い取ってくれるよ」
「あ~、コイツを持ち歩くのもちょっとなぁ……」
「あたしはどっちでも良いけど、持っていくなら売買交渉はしてあげるよ」
身軽でいたいアレスは少し嫌そうな表情を浮かべ、狩人として日銭を稼ぐこともあるミレアはどっちでもいいと言いながらも、実のところお持ち帰りしたいようだ。
心中ではいくらで売れるかを計算しているのだろう。
「ともかく、これで今日の探索は終了かな?」
結構、森の奥まで入ったけど、何事も無く終わりそうな雰囲気に安堵して呟く。
でも、災難というのは何の脈絡もなくいきなりやってくるのだ。
私はそれを知っている。
魔術学院の入学式の日、偶然に隣席となったのが “征嵐の魔女” と後に呼ばれるエルネスタ・エルバラードで、気軽に話しかけた私の学院生活は波乱万丈となってしまった…… っと、今はそんなことを考えている場合じゃない。
(お家に帰るまでが冒険です!)
少々おどけて意識を切り替えた瞬間、前方の茂みから大きな影が飛び出し、ビッグホーンラビットを処理していたリベルトに突進していく。
「ッ!? ぐわぁああッ…… かはッ」
不意を突かれて弾かれた彼は背後の木にぶつかり、肺から空気を吐き出した。
「リベルトッ」
躍り出てきた影の正体、体長3mほどの鉱石で覆われた大蜥蜴とリベルトの間にアレスが身を割り込ませて仲間を庇う。
「そんなッ、ロックリザード!」
巨体を揺らす蜥蜴はロックリザードと言われる脅威度C+の魔物だ。鉱石で覆われた表皮は物理攻撃を弾き、風や水の切断系の魔法も効かず、耐熱属性もあるため火属性魔法も効果が薄い。
弱点はあるにはあるけど、残念ながら私の手持ちの魔法では対処できない。さらに言えば強靭な筋肉と鋭い牙を持ち…… 場合によっては人を捕食するとも聞く。
「アレスッ、“バルベラの魔物” だよッ! 私たちには荷が重い、逃げようッ」
「そんなこと言われてもよ。リベルト、走れそうか」
アレスがロックリザードを牽制しつつも彼の状態を一瞥する。
「ぐ、すまんッ、肋骨が折れているかもしれない。ははッ、息吸うだけで痛ぇよ」
「…… できる限り時間を稼ぐ、ここから逃げろ」
「ちょっと、怪我したリベルトを一人で行かせるの!?」
「くッ、ミレア、頼むッ!!」
ロックリザードが大きく口を開け、牙を覗かせて突進してくるのを半身で躱しながらアレスが大声で叫び、頷いたミレアがリベルトに肩を貸して後退っていく。
その動きに反応して身体の向きを変えようとした大蜥蜴を狙い、アレスがロングソードを力一杯に振り下ろした。
「うおぉおおおッ!!」
キィインッ
遠心力を乗せて振るわれた長剣は表皮を覆う硬い鉱石と打ち合い…… あっさりと折れた。
「げッ!?」
目を剥いて僅かに硬直するアレスに鋭い牙が迫る!
「グウゥウッ!」
「ッ、させないよ! 穿て、アイス・バレットッ!!」
魔法の術式構築を終えていた私は咄嗟に氷塊を掌から撃ち出し、ロックリザードの鼻面に当てて怯ませたが、そのダメージは微々たるものだ。
「ッ、丸腰じゃむりだ、俺たちも別々の方向に逃げるぞッ!」
「うんッ!」
そう、そこまでは不運ではあったけれどまだ良かったのだ。
「ッ!? 何でこっち来るのよッ!」
「グルゥアァアアッ!!」
アレスと分かれて逃げ出した私を追い、雄叫びを上げながらロックリザードが体格に似合わない速度で走ってくる…… 鼻血を撒き散らしながら。
多分、私のアイス・バレットがロックリザードの怒りを買っていた。
追いつかれたら、殺されて食べられるよね?
「もう、いやぁ、追ってこないでよッ!!」
そこで天の救いなのか?
泣き言を漏らす私の前方、三名の人影が見える。武装した姿から冒険者だろうと思って駆け寄ったけど…… もう一度言おう、災難は唐突にやってくるのだ。
そこにいたのは人じゃなくて、犬型の魔物コボルトだった。
そして、私は風変わりな異端である彼らと出会うことになる。
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