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閑話 都市エドナにて

今回は仮面の怪人の短編物語です


王立魔術学院の講堂前広場から、血煙に紛れて逃走した白い仮面の怪人が幾分精彩を欠いた動作で深夜の街並みを駆け抜けていく。


「ッ…ソ、損傷ヲ…… 受ケスギ、タカ……」


何故、こうも自分が追い込まれているのか? 妄執に取り憑かれ、まともに働かなくなった頭でアルヴェスタは考える。


「血、血、血ノ…… 匂イ、カ?」


本来であればもっと早くに気付きそうなものであるが…… 彼がこの姿となってから二百年、途絶える事のなかった妄執が正常な判断を妨げていた。


そう、今この時も彼に王都からの撤退という判断をさせない。


「…ワ、私ハ……マダ、止マレ…ナイ、

 一人デモ…… 多ク、同胞ノ目ヲ…… 覚マスッ!」


……………

………


思えば、東部森林地帯で負傷した冒険者が都市エドナに帰還したことから全てが狂い出した。


「うッ、うぁッ ……」


その冒険者の男が聖堂教会の治療院に連れてこられた時には高熱を出し、少量ではあったが吐血もしていた。


「……司祭様、いかがでしょうか?」


「出血を伴う、熱病のようですが…… 治癒の魔法が効きません。私たちにできるのは祈るだけです、彼の仲間たちには私から話しましょう……」


後ろに控える修道女のジルに、アレフは沈んだ表情で答える。


いつもの事であるが治癒魔法が効かない患者の生存率は低く、自分には祈ることしかできない。早いもので司祭となってもう十年以上が経つ、気が付けば死に逝く人々に随分と祈りを捧げてきた。


教会が唱える一般論では、“救済される者” と “救済されない者” が日々の振る舞いにより神の意志で定められる。この教理は聖堂教会で根強く多数派を占めており、私も見習いの頃からそう教えられてきた。


つまり、善行を重ねた者や信仰心の高い者には神の救いの手が差し伸べられるという事だが…… 疑問が無かったわけじゃない。


病に苦しみ死んでいった彼らに善行がなかったと?

それを患者の手を握って祈りを捧げる家族に言えるのか?


「…… 主の御意志を私などが慮ろうとするなど、恐れ多いことを」


一瞬でもそのような不埒なことを考えてしまった自分を恥じて、胸の前で両手を組んで頭を下げる。


「どうかされましたか?」


「……いえ、何でもありません。ジル、感染の可能性があるかもしれませんので、ついた血を洗い落として服を着替えてください、私もそうしますので」


「はい、司祭様。孤児院の子供たちまで病魔に憑かれたら大変ですものね」


その後、冒険者の仲間達にも同様のことを伝え、宿泊した宿の主にも連絡をお願いした。後にして思えば、私に医学の知識があればもっと他に取れる対策もあったのかもしれない。


だが、神の奇跡たる聖魔法を代行する司祭として、その力を疑って医学を学ぶことに恐れを抱いていた私にその知識などあるはずもない。


治癒魔法が効かない患者を医師が救ったという話も聞くが、それは主の御心により救われたのであって、医師によるものではない…… ないのだ。


(下手に医学を学べば、私の心に主への疑いが生まれるかもしれない……それはとても恐ろしいことだ)


後にその考えを私は心の底から軽蔑することになる……


翌日、最初の冒険者に続き、宿屋の娘と仲間の冒険者達が同様の症状を起こしてふらつきながら治療院にやってきた。


「司祭様、これはッ!!」


「どの程度の深刻な病かはまだ分からないが…… 感染力を持った疫病だ! 領主様の代行にも知らせを出して対策を促してくれ」


「はい、アンナに行かせます!」


「ッ、癒しの奇跡をここにッ、エクス・キュアライト!」

「ぅ……うぅ……司祭様」


強い聖光がベッドに横たわる宿屋の娘、リアナを包むが一向に病状が収まる気配がない。


治癒魔法が万能などでは無いことは分かっている。単純な負傷ならともかく、一部の病気では効かない事実が聖堂教会の歴史の中で確認されているからだ。


「リアナ、気を強く持ちなさい。貴女の信仰と日々の行いを私はよく知っています。きっと主は貴方を見捨てない」


私は熱に魘される彼女の手を握ってそう声を掛ける。


「ははっ、それじゃあたしはダメかもね。魔物をかなり倒しているからさ」


隣のベッドの上から、おどけた感じで冒険者の女がそう嘯く。

病に臥せっていても、暗い雰囲気は嫌いなのだろう。


「貴方が魔物を倒すことで救われた者もいるでしょう、それを主はご存知です」

「だといいけどね」


この明るい性格の冒険者の女性も気立ての良いリアナも、最初の冒険者と同様に十日ほど経った頃には自力で歩くこともできなくなる。


その頃にはリアナの両親を含め、数えきれないほどの感染者が発生していた。


感染は患者の血、唾液、吐瀉物などを介して広まり、ネズミなどの都市に棲む小動物たちも拍車をかける。


そして、各区画の聖堂教会の治療院では患者をこれ以上収容できなくなり、医者が営む病院も既に同様の状態だ。


「司祭様、苦しいよぅ……」

「……朝のお祈り、さぼった罰なのかなぁ」


「…… 大丈夫だよ、それぐらいでこんな仕打ちを受けることはないさ」

(すまない、私には祈ることしかできない)


この時点で、孤児院の子供たちが無事であるわけもなく、既に一人残らずベッドの上に伏している。


……なお、私も感染の兆候があった。

恐らく、あと数日もすれば動く事もままならなくなるだろう。


そうして、十五日目に最初の感染者である冒険者の男が亡くなり、翌日にはリアナと初期感染者の数人が死んだ。十七日目には感染の時期から考えると他の者よりも早くに孤児院の子供たちも亡くなっていく。


もう患者が収容された聖堂教会や病院などの医療施設には誰も近寄らなくなっていた。もはや私もかろうじて少し歩くことができるくらいだ。


何とか最後の力を振り絞って、礼拝堂に向かう。


祈りにいくわけではない。

確かめにいくのだ。


礼拝堂の中にも患者は転がっている。

彼らを踏まないように何とか祭壇まで辿り着いて跪く。


「し、主よ…… さきほど亡くなったミリは、まだ六年しか生きておりません。何かあの子は罪を犯していたのでしょうか?」


何も答える声は無い。

当然だ、この祭壇に幾度となく立ったが、主の声を賜ったことなどないのだから。


「ライオはよく寝坊して朝の御祈りを欠かしましたが、それは命を失うほどのものなのでしょうか……」


やはり、応える声は無い。


そこで三日ほど問いと祈りを繰り返し、死期が近づいてきた私はさすがに理解した。


「か、神など、いないのだッ! 仮に……、ッ、うぁ、いたとしても、救いの手を差し伸べることなどないッ!!」


人を遥かに超越した存在が、果たして人のような儚い存在にどれだけの注意を向けるというのだろう?


ただ、ひとつだけ分かったことがある。

祈りなど無意味だッ!!


次に抱いたのは己への怒りである。治癒魔法で多くの者を救ったが、それが効かない者に対して何もしなかったに等しい。この期に及んで後悔が押し寄せる。


神に対する怒りも湧いたが、もはやその存在すら私にとっては曖昧で、いるかいないか分からないモノに怒りをぶつける意味もない。


ここに至っては聖魔法と神の関係性にも疑問しかない、一部の魔物でも扱う事実がそれを示している気がした。


「つ、伝えないと……、祈りなど無価値、……そんなものよりも、じ、自分たちの、人の力で困難を、乗り越えないと……」


だけれども、私はもうすぐに死ぬだろう。

もやは、目がかすんでほとんど見えない。


(あぁ、無念だ…… 私が得た見識を誰かに伝えたかったのに)


それを最後にアレフは死に至るが、その顔へ白いデスマスクが浮かび上がる。


仮にも司祭であるがゆえに魔法の資質は十分、そしてその無念も…… そういう場合、死者がアンデッドとして蘇る事が稀にある。


「グ、ッゥアッ!!」


ただ、彼の場合は半分不死者の怪人となったようだが…… 無念を晴らそうと行動するのは変わらない。


「ッ、伝エ、ナケレバ……、信仰ナド、無意味ダトッ!!」


彼は妄執に捕らわれた頭で考える。


こうして、血を媒介した魔力干渉で疑似的に出血熱である “流血病” を引き起こし、祈りの無意味さを示して、自力救済を求める白い仮面の怪人が世に姿を現す。


以後、彼は自身の魔力を削って都市エドナを襲った ”流血病” を訪れた他の都市で再現し、その力を使い果たせば人知れずに暫しの眠りに就くという行動を繰り返した。


そして、人々から七つの災禍の一体、”黒雨のアルヴェスタ” と呼ばれるようになる。


……………

………

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― 新着の感想 ―
[良い点] アルヴェスタの生い立ちが執念によるものというのが面白いですね。 どう無念を晴らすのか楽しみです。
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