子の喧嘩に親が出てくる件について
勝敗の判定と共に観覧席から白亜の外套を靡かせ、白髪初老とは思えない体裁きで宮廷魔導士の長が練兵場に降り立つ。
「…… まったく、詰めの甘い困った義娘だ」
王の護衛を務める近衛兵たちの困惑とどよめきの中、地面に横たわるエルネスタを抱き上げて、練兵場の脇から急ぎ足でやってくる救護兵に預ける。
「義娘を頼む」
「はいッ、グレイオ様!」
担架に乗せられた銀髪碧眼の魔導士が運び出されていくようすを眺めていると、上段にあたる観覧席からアレクシウス王の拍手が降ってきた。
「見事であった! 幾分、手を抜いていたようだが、征嵐の魔女を破るとは大したものだな、貴公!!」
「ガルォアッ、グルァ (さすがだッ、御頭)」
「グルァ、クルォ~ン♪(ボス、お疲れ~♪)」
「キュウァ、ウォアウ グルァオォ (兄ちゃん、やっぱり強いよぅ!)」
仲間たちもことのほか喜んでくれている。どうやら、集落を包囲されたあたりから割り切れない気持ちがあったのだろう……
「グレイオ、約束の物を」
「…… はい」
老魔導士は懐に手を差し入れて、小さく丸い何かを俺に放り投げる。
「ワフッ?」
それをパシッと受け取ると、握り込んだ手の中に温かさと強い生命力を感じた。そのうえ、濃密な土属性魔力と仄かな聖属性魔力がそれに宿っている。
「私がアレクシウス王より研究のためにお預かりしていた “世界樹の種” だ。終ぞ芽吹かせる事はできなかったが……」
手を開くと、そこには扁桃ほどの大きさの碧い種が乗っていた。
「ウォル ヴァルアウ…… ガルグワォウ “ヴォルァウ”
(これが世界樹の種か…… 噂通り確かに “生きている” )」
俺の視線が “世界樹の種” に惹きつけられていると、不意に呟きが聞こえる。
「さて、約束のものは渡した……」
視線を老魔導士に向ければ、白地に金の刺繍でリアスティーゼ王国の紋章をあしらった外套をバサッと脱ぎ捨てている。
「不出来な弟子とはいえ目の前で義娘を殴り倒されて、黙っているほどこのグレイオ、老い耄れてなどおらぬッ…… ふぬぅうッ!!」
ビリィイィイッ
「ワフィ!? (何ぃ!?)」
初老の魔導士が闘気を漲らせると、その上半身が筋肉で盛り上がって魔導士服を破る! 一瞬の後、やや細身なれど打ち鍛えられた鋼鉄の如き体躯の老人がそこに立っていた。
「ふぅ――ッ!」
掲げた右拳に蒼白い焔がシュバッと迸る。
俺はそこで傭兵の頃、酒場での笑い話として仲間の土魔術師エリックから聞いた、身体強化を極限まで追求する異色の魔導書『剛力粉砕』の著者のことを思い出す。
確か、鋼の賢者グレイオだったか……
(あんたのことかよ…… この国の魔導士はこんなのばっかりだなッ!!)
魔導士に対する俺のイメージが音を立てて崩壊していく中、リアスティーゼ王の心持ち弾んだ声が響く。
「おぉ、久し振りにグレイオの戦いが見られるのかッ」
「アレクシウス王、許可さえ頂ければ……」
子供の喧嘩に親が出てくるような状況に俺がうんざりな顔をしていると、救いの手は思わぬ所から差し伸べられた。
「お父様、あの犬人さんとっても困っていますわ……」
国王と同じ髪と瞳の色をした女性が、父王を窘める。
「…… そうだな、あまり無理を言うわけにもいかない。グレイオ、またの機会にしておけ」
「仰せの通りに……」
僅かに瞑目した後、老魔導士は意識を切り替えて足元の外套を拾い上げる。その土埃を払ってから身に纏う頃には、漲らせていた闘気は霧散していたが…… どこか悲しそうな表情だ。
「銀色のコボルト、貴公には良いものを見せてもらった。王都滞在中は城内に部屋を用意しているので自由に使うといい」
そして、最後に彼の王はこう付け加える。
「王たるもの頭を下げること能わずと、グレイオに煩く言われているのでな…… 言葉だけとなるが、黒雨のアルヴェスタ討伐、臣民のためにもよろしく頼む」
俺が無言で頷くと、アレクシウス王とその護衛達が観覧席から退出していく。それと入れ替わりで小柄な侍女が練兵場の出口の脇に姿を現した。
「…… 後の事はあの者に言いつけてある。一度、部屋で身体を休めると良い」
先程の闘気などもはや微塵も感じさせない老魔導士はその侍女を指し示し、言葉を続ける。
「黒雨は夕暮れ時以降に降り出すことが多い…… もう既に1万人に近い感染者が出ているが、苦しむ彼らの生命を助ける手段がない。できるのは感染源を一刻も早く排除するだけだ、貴殿らの助力をあてにさせてもらう」
その立場から頭を下げられないという王を代弁するつもりか、グレイオは深く一礼した後、意識を失ったエルネスタが運ばれた側の出口へと消えていく。
「ワゥ、グルクルォアゥ ウォルアォオオウ……
(ふぅ、これで一息つけるといったところか……)」
この場から去る老魔導士の背中を見送っていると、観覧席から仲間たちが敷居を乗り越えて練兵場へと入ってきた。
「グルァ、ルァォ……(ボス、手を……)」
「ウ? ガゥ……(ん? あぁ…)」
初撃で木剣が砕けた時にその破片で右手を軽く負傷していたようだ。既に血が乾き始めている手をランサーの先だけ白い毛並みの手が握る。
「…… クルアォンッ (…… 癒しの聖光ッ)」
暖かな光に手が包まれて傷が癒えていく。同様にエルネスタの打撃を受けてズキズキと痛む顎も癒してもらった。
「ガァオルァアオン グゥアオ ウォルォアン、グルァ
(集落でしてやられた溜飲が少しは下がったぜ、御頭)」
「ウォンッ (そうだな)」
何気に嬉しそうなブレイザーが俺の背中を軽く叩いてくる。
あの群れが魔導騎士たちに包囲された際、彼が鍛えた仲間たちが周辺警戒に出ていたものの……皆、倒されて捕まっていたのだ。日頃から見張りを担当している身としては思うところがあったのだろう。
「ワォフ、ガゥアン(はい、これ返すよ)」
「キュウ、クルゥ!(兄ちゃん、これもッ!」
アックスからは純ミスリル製の仮面を、妹からは機械弓と曲刀を受け取る。どうやら、謁見の間に入る前に武器を預けた衛兵が妹に渡していたようだ。
こちらの様子を窺いながら、若干怯えた表情で待つ侍女を相手にするため、再び銀色の仮面を顔に宛がう。それは俺の魔力に反応し、吸い付くように張り付いた。
(毎度のこと、微妙な感覚だな……)
「クゥ、ウォルオ ガルォアァン? (で、この後はどうするんだよぅ?)」
「クァルゥ ウォンアルオォン (彼女が案内してくれるらしい)」
蒼い巨躯で小首を傾げるアックスに応えてから、出口の脇に立つ侍女の下へと歩を進める。
「グォァ、ガルァオウ (さぁ、行くとするか)」
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