少しずつでも文明化?
ルクア村からシェルナ川を越えてさらに北上し、俺たちは約1週間振りに集落へと帰還し、一緒に来てもらった猫人の職人を伴って中央広場に向かう。
「「ワフ、グルァオ! (あ、ボス達だ!)」」
「ヴォ、ガォウォアァン? (また、誰か連れて来た?)」
以前に赤毛の魔導士ミュリエルの件があったので、猫人たちはあまり驚かれずに済んでいる。ただ、今春生まれた幼子と一緒の母親達は広場の隅に移動していったが…… 仔の安全を考えれば当然のことだ。
それでも広場にいた多くのコボルトは俺たちを嬉しそうに出迎えてくれて、集まってきた数匹の仲間がダガーとランサーの姿形に違和感を持つ。
「ワフ、ガゥア、ヴォオォアン (あれ、ダガー、また変わってる)」
「ガゥアンッ! (ほんとだッ!)」
「ウルゥッ、ウァン? クルァンッ! (ふふっ、どう? いいでしょッ!)」
何故か再びコボルト・ダガー(妹)がモフモフのしっぽをふりふりとアピールしているが…… あれには何か意味があるのだろうか? 同様に腕としっぽの中程から白い毛並みになったランサーも仲間たちの注目を浴びている。
賑わう広場の中で何気なく視線を巡らせると、少し離れた場所に見覚えの無い奴らが所在なさげに佇んでいた。その耳の垂れたコボルトたちを見咎めたバスターが彼らに向かって歩を進め、やや威嚇を籠めて問い質す。
「…… グルゥ、ガォウア (…… 何だ、お前らは)」
誰何に応じて、彼らの中で一番体躯の大きいコボルトが前に進み出てくる。バスターやアックスほどではないにしても平均的なコボルトよりかなり大きい。
「グォア ワゥウォアン グルァウゥ?
(あんたがアックスの言ってたボスか?)」
「グゥ、ガルォオアゥ、グルァオオォンッ
(いや、俺じゃねぇよ、大将はあっちだッ)」
腕黒巨躯のコボルトの指差しに従って、俺の眼前に見慣れない連中がやってきて跪き、首を垂らしたまま先程のコボルトが言葉を紡ぐ。
「…… ガゥル グォアァンッ、グルァ (…… 群れに加えてほしい、ボス)」
「ガルゥアオッ (お願いしますッ)」
(…… 全部で七匹か)
集落に許容できない数じゃないし、このデカいのは戦力になりそうだ。
「ウォンッ、クルゥアオン (分かった、受け入れよう)」
その言葉に顔をあげた大柄な垂れ耳コボルトと視線が合う。
「…… グルァ、ガルォ ワゥウァ ワオァアアン ヴァルオワァアン
(…… ボス、俺にもアックスやブレイザーみたいな名前が欲しい)」
「ガォウ、クルォウ? (お前、武器は?)」
「グォ、グォルガァアッ (拳だ、拳で砕くッ)」
そいつは自分の眼前に拳を掲げ、力を漲らせる。
「ガゥ、グゥウア ガォウ ガゥアルッ!!
(よし、今日からお前はナックルだッ!!)」
「ガゥアル…… (ナックル……)」
大柄な垂れ耳コボルトは確かめるようにそう呟いた。
通称:ナックル(雄)
種族:コボルト
階級:コボルト・ストライカー
技能:腕力増加(小 / 常時) 脚力増加(小 / 常時)
反応速度上昇(小 / 常時)
称号:犬闘士
武器:右腕・右脚(主) 左腕・左脚(補)
武装:腰蓑
「ウァオオォンッ、ガゥアル (よろしく頼むぞッ、ナックル)」
「ワフッ (ああッ!!)」
あらかたの話が終わったところで、戦斧を片手に盾を背負ったアックスがのっそりと木々の合間から現れる。その毛並みは水を含んで湿っており、周りにいる何匹かのコボルトの親子たちも同様だ…… どうやら、水浴びに付き合っていたようだな。
様々な動物や魔物も水を求めて浅瀬に集まるため、長居するには相応の護衛が必要である。その役目を担ったであろう蒼色巨躯の幼馴染に軽く手を振った。
「アゥ、グルォ、ワォン~ (あ、皆、おかえり~)」
「クルァアン、ワゥウ (ただいま、アックス)」
「ルゥ クルァ―ン♪ (今帰ったよ~♪)」
片手を掲げてランサーと妹の二匹に笑顔で応じながら、アックスが皆の輪に加わる。
「グルァ、グルォア ガルォオゥ…… (ボス、彼らの事なんだけど……)」
垂れ耳のコボルトたちをチラリと見た後、蒼い巨躯を申し訳なさそうに丸め、話を切り出そうとするのを手で制してこちらから言葉を紡ぐ。
「グルォア ガゥル グォアン、グォ ガルォン?
(彼らを群れに受け入れる、それでいいんだろ?)」
「ワォンッ!! (うんッ!!)」
断られる可能性を考えていたのか、アックスは少し安堵した表情を浮かべている。群れを任せた手前、その判断は尊重するし、梯子を外すようなことはしないけどな。
あぁ、群れを任せたというならブレイザーもそうだが、姿が見えないのはいつもの通り、集落周辺の見廻りに出ているのか……
「なぁ、アーチャー、そろそろいいか?」
不意に鍛冶屋の息子バラックに背後から声を掛けられる。
…… その存在を忘れかけていた猫人の職人たちは手持ち無沙汰になって佇んでいた。少々申し訳なく思いながらも俺は彼らと向き合って腰を下ろし、愛用の石筆を小袋から取り出す。
“すまない、色々と込み入っていた”
「それは構わねぇが、ここは何にもねぇな、本当に…… グリマーさん、先ず俺たちの寝泊まりする所を造ってくれよ、巣穴暮らしは嫌だ」
「う~ん、煉瓦とか造ったり、本格的な木材加工をしたりすると時間が掛かり過ぎるなぁ…… 銀色君、そこの木材は自由に使っても?」
猫人大工のグリマーは中央広場の一角に積み上げてあるアックスが伐採した木々を指さす。
“構わない、好きにしてくれ”
「よし、じゃあ、細めの木々と蔦で骨組みして、葉っぱを重ねた屋根の下地に樹皮を被せるか…… 後、壁は川辺の粘土を使おう。ある程度は家の形に成るはずだ」
まぁ、最初はそんなものかと考えていると、バラックが川辺という言葉に反応を見せる。
「あ、川になら俺もいくぜ、砂鉄を見ておきたい。それと、炉に使う粘土だな……あと炭も必要だから俺も木材を頂く。それとアーチャー、革袋は作れるか?」
“革フイゴか? 大型獣の胃袋でも加工して作ろう”
「風力はそれほど強くないから、何個か用意して小型の炉を補えるくらいだけどな」
“風属性魔法はどうだ?”
「ん~、火力が欲しい要所で使えるか…… 考慮には入れておく」
鍛冶屋の息子との話に区切りがつき、今度は農夫のジョセフに向きあう。
「…… お二人に比べたら私はまだ楽ですね、広場を耕して、緑黄豆などの豆類、赤芋の畑を作ればいいくらいですから。アーチャーさん、祝福系の土属性魔法は使えますか?」
“多分、大丈夫だ”
「なら、順調にいきそうなものですね」
今の文明からほど遠い生活を考えれば簡単にいくとも思えないが、根気よく試行錯誤しながら取り組んでいくしかない。健康で文化的な生活を目指して密かに気合を入れるが、俺と猫人たちの遣り取りに仲間たちは不思議そうな表情を浮かべてしまう。
「「「ワフッ?」」」
「ヴォ、グルァ ウァオゥグォルッ……
(また、大将が訳の分からんことを……)」
どうにも前途は多難なようだな……
読んでくださる皆様には本当に感謝です!
拙い作品ではありますが、頑張って書いて行こうという励みになります!