衝撃耐性があっても痛いんだよぅ
「ガルルッ (来たかッ)」
小規模な群れの前方、その木々の間から蒼い毛並みと巨躯を持つコボルトがのっそりと姿を現す。その手には大きな戦斧が握られており、筋骨隆々な体付きと相まって威圧感が半端ない。
「ワ、ワァゥッ!!(あ、兄者ッ!!)」
「グルォアオ…… (落ち着け……)」
荒事の苦手なコボルト・スミスは既に尻尾を丸めて、じりじりと後退っている。
そんな弟分を宥めながらも、己より体格の良い同族に初めて会ったコボルト・ストライカーは密かに動揺していたが、皆の前でそれを表に出すわけにはいかない。
(ちッ、怯むんじゃねえッ!!)
彼は自らを内心で叱責して、気合を入れ直す。
(群れを率いるオレの動揺は皆に伝播する! そうなったら勝てるものも勝てねぇッ!!)
「グルォアァオオッ!!」
威嚇の咆哮をあげて、蒼色巨躯のコボルトの足を止めるが、この状況は “弱い犬ほどよく吼える” という構図になりかねない……
それを自覚せずに犬人族の拳闘士は無言で警戒を強める。
風と共に流れてくるのは木々の匂いと、その他動物、微かな同族の残滓のみ。
(一匹だと!? よほど自信がありやがるのかッ!!)
蒼い巨躯と纏う力強さからして、周辺一帯のコボルト族の長であろうと思わしき犬人が近づき、ゆったりとした口調で話しかけてくる。
「…… グゥア グルゥオ ワォオオアン 、ウォアフォオウゥ?
(…… ここは僕らの縄張りなんだけど、出ていってくれる?)」
姿を見せたアックスに余所者達の注意が集中する最中、風下に隠れているブレイザーは気配を殺して彼らの斜め後方に伏せ、その無防備な背中を見つめていた。
その両隣りには二匹の仲間が潜み、反対側の茂みにも三匹の仲間が隠れている。なお、彼ら三匹はブレイザー達の襲撃と連動して、僅かな時間差で逆方向から波状攻撃をする手筈になっていた。
(…… まだ、どう転ぶかわからねぇ。くッ、良い具合に隙だらけなんだがよッ!!)
そもそも、優先順位は御頭から託された仲間たちの安全だ。
表には出さないがブレイザーは群れの長に心酔しており、彼の指示を重んじてきた。今も争わずに済む可能性を自ら潰さないように自重し、事の成り行きを見守っている。
「…… ガゥ、グルゥグルォッ、ガゥル ウォアオ?」
(…… なぁ、あんた強そうだな、群れはデカいのか?)
ゴブリンの群れに敗れ、散り散りに逃げた後、垂れ耳コボルトたちはイーステリアの森を彷徨う羽目になった。その過程で既に二匹の仲間を不運にも遭遇した魔物に殺られており、現状での限界を強く感じている。
詰まるところ、彼らはこれ以上の辛酸を舐めなくて済むような強い群れを欲していた。
「ワフゥ、ウァ ウォルオン ヴォアルオォオオウゥ
(うーん、多分この辺では大きい方じゃないかなぁ)」
その言葉を聞いた拳士は腹を決める。
「ガォウル、キュアオ ガルァガゥル グォンッ!!」
(決闘だッ、負けた方が相手の群れに加わるッ!!)
「ウ~、グルォアゥウ? (え~、やらなきゃだめ?)」
「グルォオオッ!! (俺は退かないッ!!)」
足を開いて腰を落としたストライカーが左手を前に、右手は脇に添えて構えを取り、それに応じたアックスは戦斧を隣の樹木に立て掛けてゆっくりと進み出た。
その光景を隠れて見ているブレイザーは片手で顔を覆い、思わず天を仰ぐ。
(ちッ、厄介なことになりやがったぜ…… アックスの強さは信頼しているが、万一はあり得る。御頭たちが不在の状況で、一番強いアックスが敗北すれば群れの統率は乱れるだろうな)
彼は最悪の事態を想定して思考を巡らせる。
(卑怯と罵られようともアックスが負けそうになった時点で強襲を掛けて制圧し、全てを有耶無耶にするしかない。決闘が始まれば意識がそちらに向くため不意は突けるだろう……)
そんな思惑とは無関係に二匹のコボルトが動き出す!
「ガゥ、ガオォンッ!! (先手、必勝ッ!!)」
摺り足で間合いを詰めたストライカーが左拳のジャブを相手の顔面に、連撃で右拳を鳩尾に叩き込む。
「ワフッ (ふっ)」
短い呼気を吐いたアックスはその左拳を右手で払い、左足を後ろに流すことで半身になって右拳の正拳突きを躱すと、密接した状態から右の膝を突き出した。
「ガルァッ!! (浅いッ!!)」
右の正拳突きが躱された時点でストライカーは反撃を想定して飛び退いたため、その膝蹴りは威力を減衰させられる。
「ウオォオオッ!!(喰らえッ!!)」
少し開いた距離から、アックスの心臓目掛けて彼は右脚で蹴りを放つ。
「グゥッ!!」【常時発動:衝撃耐性】
左胸を蹴り抜かれたものの、アックスのコボルト・ディフェンダーとしての衝撃耐性が損傷を軽微なものとする。しかし、後ろによろけて体勢を崩した隙を逃さず、ストライカーは蹴り足を振り下ろして踏み込みと成し、至近から渾身の右掌底を無防備な腹に打ち込む。
「ウォオオンッ!! (これで決めるッ!!)」
「ギァゥッ! (痛ッ!)」
いくら衝撃耐性があるといっても痛いものは痛いのだ。
思わず、アックスの口から苦痛の声が漏れてしまう。
「クォオフッ!!(何すんだよぅ!!)」
「グファッ!? (うぉおッ!?)」
キレたアックスが出鱈目に太い腕を振り回し、それが犬人族の拳闘士の横っ面を叩く。
「ガゥ! (ちッ!)」
想定よりも攻撃の効果が薄いことに苛立ちを覚えつつ、少々距離を取ったストライカーは再度の踏み込みと同時に渾身の正拳突きを相手の顔面に打ち込む!
「ッ、ルァァアッ!! (ッ、しゃあぁッ!!)」
「クゥウッ! (くぅうッ!)」
だが、威力重視のやや大振りな一撃はその横顔を掠めて空を切るのみ。
アックスが上半身を軽く右斜めに反らし、首も横に傾げて躱したためだ。
「クッ!? (くッ!?)」
さらに蒼色巨躯のコボルトは素早く両手で相手の腕を掴んで、力任せに引き付けながら背を向けて懐に深く飛び込み、少し腰を屈めて身体を密着させる。
そう、所謂一本背負いの体勢だ。
「クルアァ―――ンッ!! (でりやぁあああッ!!)」
イーステリアの森にアックスの裂帛の気合が響くッ!
腕を引かれつつ、相手の跳腰にも押し上げられたストライカーが宙を舞い、勢いよく背中から大地に叩きつけられてドダンッと大音を鳴らした。
「グハッ!?……ウッ……ァ (ぐはッ!?……うっ……ぁ)」
倒れたその腹をアックスが利き足で踏みつけて動きを封じる。
「グェッ…… (ぐぇっ)」
「ワァゥッ!!(兄者ッ!!)」
「「グルァッ!!(ボスッ!!)」」
ストライカーの仲間たちが思わず動きを見せたところで、その右斜め後方に伏せていたブレイザーたちが飛び出し、反対側へと伏せていた三匹のコボルトたちも同様に姿を現した。
そして、間髪容れずに長身痩躯のコボルトが吼える。
「グルォッ、ガルフゥオォッ!! (お前ら、動くんじゃねぇッ!!)」
「ワゥッ!? ガォァッ! (なッ!? 伏兵ッ!)」
「クゥッ!! (くぅッ!!)」
動揺する垂れ耳コボルトたちを素早く包囲し、彼とその仲間たちは武器を突き付けて相手の動きを封殺した。
「……グルァ ウォオオン (…… 俺たちの勝ちだ)」
己の友が不利になったら、不意打ちして勝敗を有耶無耶にする予定だったことは棚に上げて、彼は勝利を宣言する。これにて、異なる群れとの遭遇戦は決着と相成った。
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拙い作品ではありますが、頑張って書いて行こうという励みになります