スティーレ川の名前は“鉄”に由来します
これでゴブリン編も終了です。
思ったより長くなってしまった…… orz
一夜明けた早朝から、昨日のゴブリンたちの進行方向を辿って奴らの巣穴を探す。それなりに嗅覚の鋭い俺たちコボルトが一定間隔に散り、その周囲を猫人の戦士たちが固めて慎重に進んでいく。此方が匂いに集中するため、魔物の追い払いなどの対処は彼らに任せていた。
そもそも生活の場というのは様々な匂いが残るものだ。
ある程度近づけば空気中に含まれる匂いの成分も嗅ぎ取れるだろう。
こうして昼休憩を挟んで半日足らずを進み、日が暮れる前にはゴブリンたちの塒を見つけたが…… 結論から言えば、奴らの姿はそこになかった。
連中が拠点としていたのはルクア村付近を流れる支流を辿った場所、そこから少々離れた所にある窪地の斜面に掘られた複数の穴倉だ。
「グルァ、グルウォン…… (大将、逃げられたな……)」
「グルッ! (ちいッ!)」
しかも、厄介なことに残留する匂いの中に人間の雌の匂いもあった。
捕らえられた冒険者などだろうが、奴らに繁殖の手段があるということだ。
各巣穴を三人一組で確認していた猫人族の戦士たちが戻ってくるも、やはり空振りだったようだ。
「ウォレスさん、なにもいねぇ」
「………… これは逃がしてしまったか」
「アーチャー、追えないの?」
可愛く小首を傾げるリズに俺は首を左右に振る。
コボルトの嗅覚は優れているが、それは空気中の匂いの成分に対して敏感ということであり、そこまで離れた場所の匂いが嗅げるわけでもない。
この穴倉のように場所の予測がつく場合には有効性は高いが、どの方向に逃げたかも分からないゴブリンどもを追うには俺たち四匹と猫人戦士の十数名では無理がある。結局は人海戦術になるからな……
「アーヴァー、ガルゥウ…… (アーチャー、これって……)」
「クォンッ (兄ちゃんッ)」
妹たちの言わんとしていることは分かる。この巣穴の配置や掘り方、ここの地形、それらを総合して判断すると元々ここに住んでいたのは俺たちの同族、つまりコボルトの可能性が高い。
ゴブリンどもの匂いで分かりづらいが、犬人の匂いが微かに残る場所もあった。この集落の同胞を追い出して、奴らが拠点としたということか……
(いざという時に集落をこの辺に移すこともできるが…… 一度襲撃された場所でもあるしな)
そう考えながら周囲を見回すとウォレスの指示で猫人たちが野営の準備を始めており、視線に気づいた黒髪猫耳の優男がやってくる。あの容姿で三十代後半の父親というのだから信じられない。
「アーチャー君、今日はここで野営をしようと思うんだけど構わないかい? 日が暮れても僕らは問題ないんだけど、皆、歩き疲れているからね」
「ウォン (あぁ)」
適当に返しながら、ウォレスにも伝わるように今度は縦に首を振った。そして、バスター、ダガーの二匹が夕飯の調達に出た後、俺とランサーは適当な巣穴の入り口に腰掛けて猫人たちの野営の様子を眺める。
「クルアァン ガルウォオァアン? (ここの同族はどこにいったのかしらね?)」
「グルォッ、ウォグゥ ワウァオァン…… (そうだな、さらに東か北だろう……)」
ここから西には猫人達のルクア村、南はエルフたち森人の領域だから、北上するかさらに東にいくしかない。
(北に向かっていた場合、ウチの連中と揉めていなければいいが……)
「あ、いた。アーチャー、ちょっといい?」
プリーツスカートから伸びるしっぽを揺らしてリズがやってくる。そのまま俺たちの前にしゃがみ込んだので、俺はいつもの如く腰元の小袋から石筆を取り出した。
“どうした?”
「えっとね、最初に言っていた報酬なのだけど……」
そういえば、そんな話をしていたな……
彼女の種族は人族とも交流を持っているが、その町は森の中にあって人々と一定の距離を保っている。謂わば、魔物寄りの獣人と人族の中間に位置するような存在だ。
上目遣いのリズに見つめられたまま、少し考えた後に石筆を走らせる。
“俺たちの集落に技能的な支援をして欲しい”
「技能的な支援?」
“農耕と大工、鍛冶などの道具、それを扱う技能を持った猫人を少しだけ借りたい”
「アーチャー、それ、私のできることの範囲じゃないわ……」
困り顔の彼女は猫耳をペタンと伏せて言葉を詰まらせてしまう。
“なら、ウォレスに頼んでくれ。あいつは命を賭して戦うことの対価を理解しているはずだ”
「むぅ、私も戦士だから分かっているわッ、それで何を言われるか心配していたのッ!」
“そうか、村長不在の時に無理を言って済まないがよろしく頼む”
責任者がウィアルドの町に避難し、救援の算段を立てているだろうことは俺たちには好都合かもしれない。お陰で、現状、ルクア村の舵を取るのは戦士頭のウォレスだ。
一緒に戦っただけに配慮もしてくれるだろう。
因みに鍛冶師を招くにあたって鉄鉱石の調達をどうするかが問題だったが、スティーレ川はなんと “鉄” 、スティールに由来する名前だったようで、良質な砂鉄が取れるらしい。
ただ、鍛冶を始めると木炭が必要になるので、森の木を切ることに繋がる。まぁ、自分たちの使う分だけであれば抑えも利くが…… 森に住まう一匹の獣として自然への配慮を忘れてはならない。
俺たちは翌日にルクア村へ戻った後、そこにある予備の農耕具、大工道具のいくつかと少量の鉄鉱石を受け取り、その扱いを指導するジョセフとグリマー、実は鍛冶師の息子だったバラックを連れて集落への帰途に着いた。
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読んでくださる皆様には本当に感謝です!!
拙い作品ではありますが、頑張って書いて行こうという励みになります




