3匹が征く!
俺はコボルトという弱小魔物を見誤っていたのかもしれない。最近、思い至ったのだが、訓練されていないコボルトと同じく訓練されていない人間が生身ひとつで戦えば、コボルトが勝つだろう。
つまり鍛え上げさえすれば、コボルトは人間を超える可能性を秘めている。俺は目の前で戦斧を振り回して狂乱するアックスを眺め、そんなことを思いながら、少し前を振り返った……
群れの集落は森の開けた場所に穴倉をこさえて造られているが、中央の広場に邪魔な木が数本ある。それを切ろうと思い、アックスに頼んだのが事の起こりだ……
「ワフッ、ワゥウッ、ガルァオゥウ (おい、アックス、アレを切るんだ)」
「グルァ、クゥア~ン (ボス、無理だよぅ~)」
アックスはバスターに次ぐ体格を持っており、体のデカさだけで言えば集落で二番手だが、気弱なのが玉に瑕で消極的な性格をしている。
「グゥルウッ、クァル ワオォアン (諦めてんじゃねぇ、返事は肯定のみだ)」
「キュウゥンッ!?」
俺がアックスの脛を蹴った鈍い音が響く。
「ファウッ!? クゥ、クァン (痛ッ!? うぅ、やるよぅ)」
そして、渋々アックスは戦斧で木を刻んでいくが……
どうやら戦斧は戦うためのモノであって、木を切るものではなかったようだ。奴は上手く切ることができずに何度も泣き言を漏らす。
「クゥ、クゥアファンッ (手、手が痛いよぅ)」
「ガオゥウッ、ガルグオゥア ヴォルアァオォン!
(大丈夫だッ、それを乗り越えれば感覚が麻痺する!)」
ゲシッ、ゲシッと泣き言に対して俺が気合を入れた音が響き…… 奴はキレた。
「グルァア、グゥ、グルァア~ンッ!? (やめて、もう、やめてよ~ぅッ!?)」
「ウオァッ!! (うぉっ!!)」
やめてと連呼しながら虐められっ子がぐるぐると腕を振り回すような感じで、鍛え抜かれた巨躯のコボルトが手にした戦斧で縦横無尽に周囲を薙ぎ払う。
「グァ、グルァアンッ!? (むしろ、お前が止まれッ!?)」
その出鱈目に振り回された戦斧が木の刻んでいた場所にヒットし、なんと一撃で切り倒した。
「アゥ? (あれ?)」
まずいことに遠巻きに見ていた集落の連中の方向に向かって木が倒れていき、唖然と見上げる幼い仔ボルトが下敷きになりかける。
「キュ!?キュウッ!」
「グルァアァッ!! (バァスターッ!!)」
「ウォオオッ、グルァ! (任せろ、大将ッ!)」
逃げ遅れた1歳未満の仔ボルトを圧し潰しかけた木を近くにいたバスターが支え、それをゆっくりと降ろす。その光景に再度コボルトの可能性に思いを馳せた。
その後、ぐずるアックスを宥め透かして集落中央の木を切ってもらう。なお、その木は集落の外れに放置してある。この丸太を何かに利用できればいいのだが……
一応、傭兵の頃は宿舎や道具の補修も仕事の内だったので多少の木工経験はある。だが、何をするにしても専用工具などが必要だ。
黒曜石でそれっぽいものを造れないことも無いが、できれば鉄製が望ましいため、製鉄用の窯を造らないといけない。
必要になるのは炉床になる耐熱性の火山岩と、鍛えるための鉄製ハンマーだが…… 鉄なんて無いからやはり最初は石のハンマーか?うん、そうだな、最初は粗雑な道具を用意して、それで精度の高い道具を造ればいいか。火種を作る火打石は先日の冒険者から奪ったものがあるし、他に必要なのは鉄鉱石だな。
などと考えて、ようやく俺は本質的なことに気付いた。
鉄を採取するためにもツルハシが必要で、先ずは手頃な石のツルハシを造る必要がある。この様に突き詰めていけば、鉄を手に入れるためには “全ての石の道具” を揃える必要があったのだ。
(面倒なことだな……)
どちらにしても、森の奥に見える鉱山に行くことになる。最初は下見だけだが、鉄を掘っても運ぶ手段がないために状況次第で集落を移すことも有り得るな……
まぁ、いつまでも冒険者から奪っていればやがて目を付けられて破滅するし、色々と手探りでやっていくしかない。そうして俺とバスター、妹のダガーの三匹で一月ほどの旅に出ることになった。
なお、旅というのは大原則として水辺を中心にして経路を考える。生物が必要とする水の量は冷静に考えると非常に多く、それを持ち運ぶのは困難だ。
例えば一般的な馬だが、あいつらは一日に三十リットルくらいの水を飲む。
それに対して、一頭あたりの無理がない積載量は九十キログラムだ。
要するに馬は自分の飲み水を三日分運べば他に何も積めないため、水源の無い場所で馬が移動できる限界日数も三日間となる。これを加味して傭兵時代の常識で考えれば、水源の無い荒野を進軍できるのは四日までだ。その間に水源に辿り着けなければ死の行軍となってしまう。
故に俺たちも森の中を流れる川を頼りに進んでいく。
そして、川辺は森に棲む動物たちが集まる絶好の狩り場でもある。
「ワゥオンッ! (狙い撃つぜ!)」
最近やっとまともに扱えるようになった弓矢でシカを狙う。
残念なことに魔物ではなく、普通のシカだが……
何故かと言えば魔物を倒した時には相手の命と魔力の一部が流れ込んでくる感覚があり、魔物を狩り続ければより高みを目指せる気がするのだ。
(少々意識が逸れたな……)
視線を戻すと俺の放った矢はシカの胴体に命中していた。
これで俺も立派なコボルト・アーチャーだと言えよう。いや、仲間の呼称含めて勝手に自称しているだけだけどな……
矢を受けてなおも必死に足掻き、立ち上がろうとするシカに、短剣を両手に持った妹が嬉々として突っ込んでいく。
「ワゥ、ワゥアオォオンッ♪ (肉、お肉が食べられるッ♪)」
「キィーアァ……ァ……」
止めを刺されたシカが動かなくなった後、俺が外した時のために反対側へ隠れていたバスターがのそりと姿を現し、獲物の四肢を掴んで持ち上げた。
「グルゥ、グゥアガゥオ ヴォア (大将、隠れられる場所で捌こう)」
さぁ、食事の時間だ。
零れる涎は一コボルトとして止められない。
水の無い場所では生物は生きられません。
そう言う意味で、水源の描写は必要なところです♪
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