奴らの横っ面を叩いてやろう
「リズ、下がりなさい。このコボルトたちは手練れだ」
リズパパ(仮)がサーベルを正眼に構え、猫人族の戦士たちがこちらを半包囲する位置取りに歩を運んでいく。
「グルァ、ガゥオォンッ (大将、囲まれるぜッ)」
「ガォアン? クォン (どうするの? 兄ちゃん)」
くッ…… 集まってくる猫人の戦士に包囲されないうちに逃げるべきか? 考え方によっては猫人たちを放っておいて、集落に戻り機を見るのも一つの手だ。
Gは増えすぎると村々を襲い、被害が大きくなれば冒険者ギルドが複数パーティーを纏めたクランを主催して、大規模な討伐が行われるからな。
(それまで群れに被害が出ないとは限らないが、俺たちが手を下さなくても……)
撤収も視野に入れた頃合いで、俺たちと猫人戦士の間にリズが割って入る。
「武器を降ろして父さんッ、コボルトの皆もッ!」
「リズ、何を言って……」
リズの言葉に従って、俺たちは武器の切っ先を相手から外して地面に向ける。
それを見たリズパパ(仮)の言葉が詰まった。
「…… 皆、武器を降ろそう。争う必要は無いみたいだ」
暫しの様子見の後、猫人族の戦士たちが此方に向けた剣先を下げていく。どうやらリズパパ(仮)は彼らの中ではリーダー格のようだ。
「バラック、お前もだ」
「…………ちッ」
ダガーの右ストレートを喰らった猫人の戦士はやや不服そうであったが、構えた剣先を周りと同じように下げた。
相手が構えを解いたのを確認し、槍持ちのランサーを除いて俺たちは手に持った武器を納めて徒手となる。それに合わせて、猫人の戦士たちも次々と刀剣を鞘に納めた。
一応、その場が収まった事により彼らの背後に護られている数十名の猫人たちの動揺も静まっていく。
こうして、やっと互いに話し合いのできる状態となった。
……………
………
…
「僕たちの娘を助けていただき、ありがとうございます」
「本当にありがとうございます」
リズの父親であるウォレスと母親のエミナが頭を下げる。心配していた両親の無事が確認できたことで隣に座るリズの表情には安堵が浮かんでいた。現状、川辺は避難してきた猫人族のキャンプ地と化しており、そこかしこに家族で纏まって座す猫人たちの姿がある。
なお、既に日は落ちているが、彼らは僅かな月明かりさえあれば夜目が利くため焚火の灯は見えない。煙から居場所が判明することを避ける意味合いもあるのだろう。
火を起こせない状況では、狩ってきた獲物の調理などができないため、彼らの夕飯はイーステリアの森で採れる木の実や果実となっている。隣に座るリズもエミナから渡された果物をその手に持っていた。
まぁ、俺たちコボルトは火を通してない生肉でも食べるのが普通なので、他の仲間たちは此処より川を挟んだ北側の森で夕餉の調達をしている。
そんな中で俺はリズの家族に混じっていた。そして、今後の方針を決めるために愛用の石筆を使って地面に文字を刻む。
“この猫人族の群れのボスは?”
「父さん、村長さんはこの中にいるの?」
「いや、恐らくウィアルドの町に救援を求めに行っている」
往復の距離や意思決定までの過程を考えれば、近隣の町から救援が到着する頃にはゴブリンどもは森の中に姿を消しているため、あまり当てにすることはできないな。
“ならば、猫人の戦士たちを束ねているのは?”
「ルクア村の戦士頭だから、うちの父さんね」
先程の対応を見て感じていたが、やはりそうか……
“猫人の戦士は何人ほどこの場にいる?”
「あぁ、それなら娘を含めて十九名だよ」
ふむ、俺たちと合わせて二十三名か…… 俺の中級魔法もあるし、ゴブリンたちの個々の能力が低いことを考えれば五十匹強を相手にできないこともない。問題は三匹の変異種と捕まっている猫人女性の八名だな、下手をすれば人質に取られてしまう。
どうしたものかと考えていると、ふとした瞬間に対面のウォレスと視線が絡んだ。
「…… 逆に聞くけど、君は村の様子を見て来たんだよね?」
「ワゥッ (あぁ)」
「教えてもらってもいいかな?」
「そういえば私も聞いてないよね、アーチャー」
特に隠すことでもないので、求めに応じて石筆を走らせる。
“村ではゴブリンども五十匹強が野営している。捕縛された猫人の女性も八名ほどいた”
「…… 残念だけど、その人たちは助けられないだろうね」
「何とかならないの、あなた……」
捕まった猫人たちの末路を考えているのか、夫婦の顔が曇ってしまう。
それを見かねたリズがくい、くいと俺の毛を引張ってくる。
「ねぇ、捕まっている人を助けるのは無理なの?」
ふむ、夜闇に紛れて夜襲をかけるのも一つの手ではある。その場合、即応して襲撃に対処できる敵の数が少ないため、ある種の各個撃破に近い状況を作れるわけだ。
ただ、当然にゴブリンたちも夜襲の警戒はしているだろうし、捕虜になった猫人女性が人質に取られる可能性も高く、失敗すれば進退窮まってしまう。
奴らの殲滅よりも捕虜の救出を優先して考えるならば、電光石火で捕まった娘たちの下に辿り着く必要がある。それならば、隊列が伸びる移動中に狙いを絞り、側面から奇襲して離脱するぐらいか。
その際、群れを率いる大剣のゴブリンを潰しておけば追撃も無いだろう。
“全員無事という保証は無いがな……”
「えッ、できるの?」
“そもそも、ゴブリンどもは何処から来た?”
「えっと、もともと東の森で姿が見られていたわ」
俺は地図を広げてルクア村の付近を流れるシェルナ川の支流を東に辿る。たとえゴブリンであっても生物である限り、水源の呪縛からは逃れられないため、目安に過ぎないが拠点とする場所の見当はつく。
そのうえで奴らがルクア村から出発した直後、進路を追跡確認して総合的に判断すれば、先回りして仕掛ける事もできるはず。
“ウォレス、提案がある”
捕らえられた同胞を助けられる可能性があり、ゴブリンどもの数を減らして脅威度を低減できるとあれば、ルクア村の戦士頭としては一考に値するだろう……
読んでくださる皆様には本当に感謝です!!
拙い作品ではありますが、頑張って書いて行こうという励みになります。