小鬼族の勇者
ゴブリン達のお話です。
「ギギゥアギァ…… ギレ、ギィル ギゼルドラスッ!!
(どういうことだ…… 何故、ヘビィが殺られているッ!!)」
顔面を潰されて、地面に転がる仲間を見下ろしてブレイブが憤る。
本来、ゴブリンはそこまで強くない魔物であり、種族手に死亡率が高いために仲間の死に鈍感な生き物だが、ブレイブの率いる群れではそうとも言い切れないようだ。
「………… ギィル、ギァギギゥ? (………… ヘビィ、何があったんだ?)」
無言を返す巨漢のゴブリンの側に転がる彼の鉄兜を長身痩躯のゴブリン・ソードマンが拾い、名残惜しむように一度だけ撫ぜる。
「ギィグゥ ギェレァ…… (生き残りはいないな……)」
周囲を見渡しつつゴブリン・ウォーロックが呟き、広場の中央付近を指差す。
「ガォアギレ ギウェギィウズ、ギギルラゥス……
(土属性魔法で足を封じてから、殺したようだ……)」
そこには土塊の牙に下半身を串刺しにされたまま刃物で胸を裂かれ、頭に貫通武器で穴を開けられた同胞の亡骸がある…… ヘビィの脚にも複数箇所の刺し傷があるが、土塊の牙によるものだろう。
大剣を背負った小鬼族の勇者ブレイブは暫し瞑目し、今回の襲撃に関する損失の現状を纏める。
(最初の猫人どもとの戦いで十二匹が殺られた。さらに、村に残していったヘビィ達十三匹が全滅、待ち伏せさせた分隊の内、未帰還が一隊五匹…… もう殺られたと考えるべきか、くそッ!)
怒りを含んだ視線がギロリと、捕えられて拘束された猫人の女性たちに向く。
その中にはまだ幼さを残す少女というべき年齢の者も含まれていた。
「うぁ……」
「ひうッ!」
「ううっ……」
(この雌どもを孕ませても、元の数に戻すのは時間が掛かる…… 今回の襲撃は割に合わない、失敗だ)
何より失った仲間の中にヘビィを含む上位種がいるのが手痛く、大幅な戦力の低下は避けられない。それでなくとも約八十匹強いた仲間が今や五十匹強だ。即時の撤退を考えるべき損耗を受けていることに変わりない。
「ギャゥア ゲァ ギィイギル? (猫人どもを甘く見過ぎたのか?)」
「ギギゥ、ガァ キュアゥ (ブレイブ、ここは退くべきだ)」
同じく周囲の様子を見回した後、考え込んでいた小鬼族の剣士ソードが提案をしてくる。
(やはり、退き際か……だが、直ぐには無理だ)
ゴブリンたちの拠点は此処より丸1日ほど東に歩いた森の洞窟である。もともと、小鬼たちは獲物を求めて森の中を転々としており、その場所を中心に活動をするようになったのも最近である。
昨日は猫人の村から少し距離を取った場所で野宿し、そこから移動して昼過ぎに襲撃を開始したため、今はもう一、二時間もすれば日が沈む頃合いだ。
それに、移動と襲撃による疲労が蓄積している。今すぐに撤退を開始したならば、疲労を抱えた状態で夜闇へと紛れた猫人どもの奇襲を受ける公算が大きい。
(…… 猫人の奴らは夜目が利くからな)
今回の襲撃で夜襲を避けたのも同じ理由である。小鬼族とて多少の夜目は利くが、猫人族ほどではないため、夜間という状況は不利に働く。
であれば月下での無理をした撤退、若しくは森の暗がりで野営をする選択は賢いと言えない。
多少の危険はあっても、当初の予定通りに見晴らしの良いこの集落で火を焚き、一夜を過ごして体力と気力を回復させた後、速やかに撤退すべきであろう。
「ギード、ギァン ギィグギァ、ギィーグギァ ギグス……
(ソード、皆の疲労もあるし、夜の闇は奴らに有利だ……)」
「ゲァ、ガゥス ギィゥス? (では、ここで野営を?)」
その問いかけにブレイブは頷き、魔術師のロックが集っている仲間に指示を飛ばす。
「クァドゥ ゴァオズ ギイィギルッ!
(四匹一組で家の中を捜索しろッ!)」
「「「ギゥッ!! (応ッ!)」」」
指示に応えたゴブリンたちは近くの仲間に声を掛けて四匹組を十数組作ると、警戒しながらルクア村の家々に散って中を確認して回る。
鍵が掛かっている家もあったが、それはハンドアックスで叩き壊して踏み込む。そして中に猫人が潜んでいないかを確認すると同時に保存食を含む食糧、水や酒類、道具の類なども物色をしていく。
暫くの時間が経過した後、群れを率いるブレイブの下には誰も潜んでいないことの報告が数々の略奪品と共に届けられた。
「ギゥウ…… (そうか……)」
「…… ギィ、ギィルグ ガァグァ ギレゥゼストル?
(…… なぁ、ヘビィたちをこのままにしておくのか?)」
ゴブリンたちに同胞を弔う習慣がある群れは極少数なので彼らにその文化は定着していないが、さすがに友の亡骸を放置して一夜を過ごすことに違和感を覚えたソードが問う。
「グァ ギレウス ギィレス (私の炎で送り出そう)」
「……ギィア (…… 頼む)」
ルクア村のいたるところに転がるゴブリンの遺体が一所に集められ、そこに向かってロックがワンドを翳す。
「ギァ、ギレウスッ (燃えろ、猛る炎よッ)」
杖から放たれた焔が仲間の遺体を焼き、肉の焦げる匂いと共に夕焼けの空に煙が立ち上っていく。その煙を眺めながらブレイブは暫しの黙祷を行った。
行動原理は確かにゴブリンであり、本能に衝き動かされて他の生き物を襲い喰らうブレイブであるが、その心の片隅には仲間に対する労りがある。そのことを考えれば彼は小鬼族の “勇者” に違いない。
彼の指揮の下、ゴブリンたちは休憩班と夜警班に分かれてこの村で一泊をすることになった。
読んでくださる皆様には本当に感謝です!!
拙い作品ではありますが、頑張って書いて行こうという励みになります。




