ハニートラップ?
ゴブリンに襲われていた黒髪セミロングの猫娘の隣に座り、俺は現状を確認するため石筆で地面に文字を刻み込む。
”どうも森の中が騒がしい、何かあったのか?”
「うぅ、ルクア村がゴブリンたちに襲われたの……」
(近隣の村か……)
腰元の革袋から野盗たちが持っていた地図を取り出して注視すると、俺たちが水を補給した場所の上流から分岐する河川の先にルクア村が記載されていた。縮尺率から判断して、ここから三キロメートル前後の場所を念のために指し示す。
「うん、その村よ」
どうやら間違いは無く、この村がゴブリンたちの襲撃を受けたということだが……
“襲ってきた小鬼族は何匹くらいだ”
「えっと、私の見た感じだと村に来たのが六十匹前後かな?」
“それは正確か? 分からないならそう言え、場合によっては命取りになる”
「…… ごめんなさい、わからないわ」
“じゃあ、襲撃者は最低六十匹以上と想定するぞ”
「うん」
“後、この周辺にいる連中は襲撃者とは別の伏兵だ。逃げる猫人の先回りなど奴らの脚ではできないからな”
そうなると伏兵の数が読めないから、敵全体の概数は現状では正確に把握できないか……
しかし、微妙に厄介だな…… ここから北に二日ほど行けば俺たちの集落があるし、狩りや採取の行動範囲を考えれば、群れの仲間と奴らが鉢合わせる危険性もある。
しかも、ここで連中が猫人族の女性を攫って子を産ませれば、その総数はもっと増えるだろう……
「グルァア、ガゥガォフ ヴォフル ワォオアァオウゥ、ガルグルォオオン?」
(バスター、この辺りにゴブリンの縄張りがあるようだ、どうすべきと思う?)」
「…… グルァアゥッ、 ヴォフルグォルガォオッ、グルァッ
(…… 捨て置けないな、奴らは見敵必殺だぜぇ、大将ッ)」
腕黒巨躯のコボルトの言う通りで、放置してゴブリンどもの数が増えれば、やがて俺たちの集落やヴィエル村が被害に遭うだろう。
地図上ではウィアルドの町が最も被害に遭いやすい位置にあるが、町よりも小規模で防衛力に乏しい近隣の村などが優先して狙われる確率は高く、俺たちの集落も他人事ではない。
(先手を打つ事も必要か……)
もう少し詳細を聞くために再び石筆で地面を刻む。
“猫のお嬢さん、その襲撃はいつ頃にあったんだ?”
「そんなに時間は経ってないわ…… 後、私はリズよ」
とすればだ、今まさに村から猫人たちを追い立てて、待ち伏せているポイントに誘導している頃合いか…… 上手く立ち回ればゴブリン達の機先を制することも可能だな。
“…… 奴らは俺たちにとっても害悪だ、力を貸してもいい”
「た、助けてくれるのッ!」
“状況次第で、かつタダじゃないけどな”
「うぅ、私にできることなら構わないわ……」
まぁ、報酬の件は言ってみただけだ。どうせGは見つけたら潰しておかないとすぐに増えるし、厄介だからな……
一通りの話が纏まった後、リズが乱れた着衣を整えるのを待って多少大回りに南を目指す。
彼女から聞いた襲撃時の状況から判断するとゴブリンどもは村の北側に伏兵を配して、そこに猫人たちを追い込んでいるようだ。
ならば俺達がやることは猫人の“追込み猟”に勤しんでいる連中を迂回して、その背後のルクア村を押さえているゴブリンたちを各個撃破することだな。
それは敗走中の猫人族の戦士たちの撤退を助けることにもなるため、リズの先導に従って慎重かつ迅速に件の村へと忍び寄っていく……
「ッ、もう少しでルクア村よ、アーチャー」
その言葉に気を引き締めて、歩みを進めると遠くに森が開けた空間と建ち並ぶ家々が見えてきた。俺たちは村を覆う柵から少し離れた茂みへと身を潜めて様子を窺うが、建物が邪魔でここからは状況が分かり難い。
ならばと、妹に向かってハンドサインを飛ばす。
キ・ノボッテ・ヨウス・ミテクレ
マカセテ・ニイチャン
【発動:跳躍強化】
ダガーは自身の右側の木に向かって跳躍し、その木の幹を蹴って左側にある木の枝に飛び乗った。そこからさらに跳躍して、より上の位置にある枝へと次々と飛び移り、木の天辺にまで軽やかに移動していく。
待つこと暫し、樹上から木の枝を足場に降りてきたダガーからハンドサインが送られる。
シュウラクノ・ヒロバ・エモノ・イル
ナンビキダ?
妹は “んっ” と言う感じで左手の親指を曲げて突き出し、右手の指を親指から順番に三本折り曲げた。
俺たちコボルトは五指を全部折り曲げた後、それを順に戻すという行為を繰り返して数を表す。指を曲げる動作と戻す動作のどちらも左指は十を、右指は一を意味する。
つまり、ルクア村にいる現状の小鬼達の数は十三匹ということだ。
俺たちとゴブリンの単体戦闘能力を考慮すれば正面からでもなんとかできそうだが…… 効率的な方法を思いつき、石筆を手に地面を刻む。
“リズ、囮になってもらうぞ”
「え!?」
露骨に嫌そうな表情をするリズをよそに俺たちは行動を開始する。先ずは北西側から村に侵入し、家々の影に身を潜めながら広場のゴブリン共を窺う。
ん?何か見たことの無いデブいのがいるな…… しかもデカい。バスターほどではないにしても俺よりデカいんじゃないか? それに他より装備が良いな。
(警戒はしておくか……)
さて、当初の予定ではリズにもう一度捕まってもらい、発情したゴブリンどもが彼女に群がっている隙を一網打尽にするというプランだったが、“イヤ、ゼッタイ” と彼女に激しく拒否された。
で、仕方ないので次善の策を弄したわけだ。
ガタッ
「ギッ?」
広場に近い家の横手からする物音にゴブリンたちが振り向くと、そこには足を怪我して引きずっている猫人の雌がいた。
「うぁッ!」
「ギギァッ、グギャォオオッ!! (馬鹿がッ、戻ってきやがった!!)」
「ギッギィ、ギャアゥ ギギィグァ! (ははッ、怪我してるぞ!)」
「ギィルギァ (ヘビィ様)」
「ギァ、ギィギルッ (よし、追い込むぞぅッ)」
縦横ともにデカい重装のゴブリンの指示の下、小鬼の三匹が声を上げてその猫娘リズを追いかけ、彼女が隠れた家の裏手に飛び込んでいく!
「ギァ? (へ?)」
「ギィ!? (なッ!?)」
だが、そこにいたのは筋骨隆々とした腕黒巨躯のコボルトである。
「グルァアォオオッ!! (叩き切るぜぇッ!!)」
バスターは右足を前に踏み込んで、渾身の袈裟切りを放つ!
「グゲァッ!」
先頭のゴブリンが右肩から斜めに斬り飛ばされ、血飛沫を上げながら倒れていく。
それを視界に収めたバスターは斬撃により下がった剣先を少し上げ、腕を軽く引いてから左足を踏み込ませて、後続のゴブリンに突きを繰り出す。
その一撃は先程切り裂いたゴブリンの側面を抜けて二匹目のゴブリンの腹を貫通した。
「ッ、……ッグハ… (ッ、……ッぐは…)」
「ギャアオォウ!! (貴様ぁッ!!)」
三匹目のゴブリンは勢いのままに長剣で切り掛かってくるが、バスターは踏み込んだ左足を後方に運び、身を退きながら大剣を引き抜きつつ、上段に構えて袈裟切りを受け止める。
「ガゥ、グルゥウッ! (はッ、遅いぜッ!)」
留めた刃を横に払いのけながらも自身は半歩踏み込んで、柄から離した右手を握りしめてゴブリンの顔面を拳で打ち抜く。
「ガハッ!?」
そして、バランスを崩してよろける相手に対して、再び両手で構えた大剣を振り下ろす!
「グゥルアアァッ!!(斬ッ!!)」
「ギイィア―――ッ!!」
断末魔の声を上げて三匹目のゴブリンも息絶えた。
「す、凄いわ、一瞬で……」
呆けながらその様子を見ているリズの脚に怪我などは無く、実はダガーの初級幻術の効果でそう見えていたに過ぎなかったりする。
【幻術(初):弱体偽装】
【効 果:自他の身体の一部に欠損があるように装い、相手を欺いて油断を誘う】
読んでくださる皆様には本当に感謝です!!
拙い作品ではありますが、頑張って書いて行こうという励みになります。




