暫時の休息と騎士令嬢の心持ち
結果、状況は劇的に進展すれども直ぐに正式な交渉開始とはいかず、先んじて暗黙の了解を挟むことになる。
どうやら街中で自死も厭わない無差別攻撃を敢行し、軍部に従う者達への神罰だと称する狂信的な月神教過激派がいるらしく、王国軍が静観している間に導師なども含めた残党を処理したいとの事だ。
「…… 相変わらず、迷惑極まり無い連中だな」
「信仰自体は尊いものだが、経典の教えを勝手に捻じ曲げられてもなぁ」
辟易した表情で自身も月神教徒たるアイシャが肩を竦め、手持ち無沙汰なザトラス領兵達が訓練と称して始めたポールアックスでの野試合を眺める。
平原に腰を下ろして囃し立てる者達で組まれた円陣の中心、二人ほど倒して勝ち抜いた幼馴染みの大男が木製斧槍の先端部を斜め後ろへ流し、右脇腹の位置で構えていた。
鋭い呼気を吐き、対峙している中隊副長のハムザが袈裟に斧槍を振り下ろせば、奴は逆袈裟に振り上げた得物で柄部分を強打して弾き飛ばす。
それにより体勢が崩れたのを逃さず、切り返した斧槍の穂先で肩甲骨を穿つも、相手は咄嗟に屈み込んで革鎧を抉らせるに留めた。
「ッ、浅いですよ、隊長殿ッ」
「吠えるな、分かっている」
打ち払われた事で手前側にきた石突を素早く繰り出し、鳩尾狙いの一撃を放ってきた中隊副長に応えつつ、人に擬態しているバスターが軽やかなバックステップで距離を取る。
追い縋りながら振るわれた横殴りの斬撃にも即応して “鉄門の構え” を取り、斜め立てた木製斧槍で柄同士が交わるよう受け止めた直後、撃ち込まれた斧刃の鎌顎が柄を絡め取った。
「貰ったッ!!」
渾身の力を籠めたハムザが武器ごと引き付け、体勢を崩しに掛かるものの、 奴は “好きにしてくれ” とばかりに潔く片手を離す。
突然の肩透かしでよろけた隙に半身となって飛び込み、掲げた右脚から強烈な中段蹴りを腹部へ喰らわせた。
「がはッ!?」
「よいせっと」
さらに軽快な掛け声を響かせ、両手で持ち直した木製斧槍を振り抜き、鎧越しの衝撃で多々良を踏んだ相手の鎖骨に斬撃も見舞う。
そのまま半歩踏み込んで鎌顎を首裏に引っ掛け、狼犬人の膂力で手繰り寄せると下手に踏ん張ろうとしたハムザは手前に転倒した。
「うぐッ、負けました。そろそろ、消耗していると思ったのにぃ」
「はッ、まだ数人は打ち倒せるぜ」
眼前に突き付けた斧槍の穂先を除け、暴れ足りない筋骨隆々な大男は周囲の領兵らに嘯いたが…… 指揮を執るアイシャの性格上、完全な実力主義となっているザトラス領軍で副長格を下した偉丈夫に名乗りを上げる者は早々いない。
野次馬に紛れた幾人かの隊長格も、酷い負け方をしたら部隊全体の沽券に関わるため、軽々しい行動はできないのだろう。
「ふむ、誰もいないのであれば再戦させて頂こう。私が勝ったら、貴殿を一晩好きにさせて貰うぞッ、バスター殿!!」
「ッ、御嬢が出るぞ! これは見ものだな…… 何か賭けるか?」
「いや、流石に不謹慎だろ。後でウィアド様や奥方様に怒られるぜ」
「ともあれ、応援しますよ、御嬢!!」
「「「うぉおおぉおッ!!」」」
俄かな盛り上がりを見せる渦中にて、砂埃など払っていたハムザから訓練用の斧槍を手渡され、好戦的な性格の騎士令嬢は得物を右肩に担ぐような “貴婦人の構え” を取った。
その姿に口端を吊り上げて嗤い、幼馴染みの悪友は彼女と同じ体勢で迎え撃つ。
なお、二人の構えは大剣術で多用される部類であり、上段より武器重量と速度を乗せて振り下ろされた捨て身の一撃は遠心力も相まって、最大級の武威を発揮する。
言わずもがな、黒毛混じりの人狼犬が愛して已まない一撃必殺に通ずる上、たとえ身長180㎝前後を誇る駄肉の無い引き締まった体格のアイシャでも、奴の方が頭一つ分ほど高いため “打ち落とし” の威力では後塵を拝してしまう。
(それが分からない程度の稚拙な技量では無い筈だが?)
何らかの算段があるのか、熱気が漂う場の雰囲気に呑まれただけか、覇気を纏って咆えた騎士令嬢が仕掛け…… 領兵達の歓声と悲鳴が響き渡る。
「うきゃああぁッ!」
「あぁッ、御嬢がまた……」
「ぐぅ、勝負は無情と謂え、御いたわしい」
全力で打ち付け合った木製斧槍が諸共に折れた瞬間、事前に見越していた彼女は詰めて顔面へ掌底を叩き込んだが、野生の動体視力や感覚なども有するバスターに手首を掴まれて勢いのまま後方へ引き倒されていた。
あたかも王都エディルの表通りで揉めた際の焼き直しの如く、土埃で戦闘用ドレスを汚したハーディ家の娘が無様に転がっている。
「うぁ、また負けてしまったか」
若干、意気消沈したアイシャの表情には何故か喜びも混じっており、不可解さに思わず首を捻っていたら、足元に寄り添う大型犬姿のランサーが呆れ混じりの声を漏らす。
「ガォ、クァル ガルァ ガォオアァルァアオン
(多分、惚れた相手の強さを感じたかったのね)」
「ぐぉ うぉおる うぉああぁうぅ、ぐぉうあぅ
(それで正面から打ち合ったのか、業が深いな)」
「ぐあぅくぉおん がるぐぉおあぁうぅ くぅあ、がぅるおぅあん~♪
(実は兄ちゃんに組み敷かれたがってる娘も、群れに多いんだよ~♪)」
何やら聞き捨てならない言葉がマリル(偽)に化けた妹狐から聞こえ、言われてみたら心当たりのある事実に愕然としつつも、差し伸べられた無骨な手を嬉しそうに握り込んだ騎士令嬢を見遣った。
野営地での長閑な一幕に触発され、戦争が終息に向かっていると意識したせいで、柄にも無く彼女の心持ちが気になってしまう。
一度、聞いておくにしても直接的な関係は無いため、様子を窺っている内に時が経ち…… やがて開始されたザガート共和国とアルメディア王国の休戦交渉が山場を迎えた頃、漸くその機会が訪れた。
いつも読んで頂き、ありがとう御座います!
今回のアクションは長物です。
特にポールアックスは近接武器の完成系に近いので動きに幅があります!!




