二日酔いの剣聖と暴れ牛、そこにコボルト?
「グウゥ、ガドラゥゼ…… ソレスディラ
(ぐうぅ、飲みすぎたぜ…… 陽光が眩しい)」
「ん~、度数が高いお酒だったから、抜けきってないんじゃない?」
少々呆れ気味に鬼蜘蛛の娘が語り掛けても、鉄仮面越しの額に片手を押し当てて呻くソードに反応する気力は無い。
いつもは彼女や相棒に自制を強制されるため、ここぞとばかりに羽目を外したのが悪かったのだろう。
若干、足元が覚束ない小鬼族の双剣使いを見遣り、ブレイブは内心で溜息を吐いた。
(段取りだけで試合が無い日を見越してだろうが、困ったものだ)
酒盛りの後に冒険者たちの襲撃を受け、敗走した事もある小鬼族の元勇者が過去を思い出し、ひとりで嘆いていた頃…… 鬼人の縁者達が向かう闘技場では大金を掛けて冒険者らを雇い、捕獲してきた巨牛の魔獣ヘビィ・オーロックがアリーナに運び込まれていた。
体高3mを超える巨躯を持つ大物なだけあり、運搬時の事も考えて河川までおびき寄せ、複数の魔術師で眠りの魔法を掛けて手に入れた目玉商品である。
闘技場の主で行政官を兼ねるアベラルドが検分する最中、事後的に投薬された麻痺薬の効果が薄れているのか、その魔獣は雄々しく暴れていた。
「ブフォアァアアッ!」
嘶きと共に激しい体当たりを繰り返しても、鋼鉄製の檻は虚しく音を鳴らすだけだが、巨牛の所有者である彼は顔を顰めて調教師に言い放つ。
「おいッ、見世物にする前に余計な傷が付く! 魔術師を呼んできて精神安定の魔法を掛けさせろ」
「了解です」
すぐさま中肉中背の男が脱兎の如く駆け出していくのを見送り、護衛兵に囲まれながら独り言ちる。
「ふんッ、所詮は獣だな、暴れても自滅するだけなのが理解できないとは。精々、儂を儲けさせてくれよ」
侮蔑と期待が混じった皮肉な言葉を手向けるものの…… 先程、必死に走り去った調教師は彼の政敵に懐柔されており、檻の鉄製閂を壊れやすい模造品に交換していたりする。
恐らく大型魔獣の捕獲に乗じて、敵対貴族が元々仕込んでいた手札を切ったのだろう。
上手く行けば細工して脱出させた魔獣にアベラルドが殺される可能性もあるし、それでなくても闘技場で事故が起これば彼の責任問題だ。
そんな思惑の下、薄金で誤魔化しただけの “木製閂” は巨牛の魔獣が体当りした事で呆気なく圧し折れて、猛獣を繋ぎ止める檻の扉が勢い良く開いた。
「ブルァアァァアァ―――ッ!」
「な、なんだとッ!?」
「御下がり下さいッ、危険です!」
即応した護衛兵の数名が茫然とする主を下がらせ、残りの者達が注意を惹くように展開すれども、相手は我関せずに外の景色が見える闘技場の西門へとひた走る。
「グゥウゥッ!」
「うおぉ!? がッ、ぐぶぁ……ぅ……」
不運にも獰猛な巨牛の進路上にいたため、サイドステップで躱そうとした兵士が鋭く硬い角に腹部を貫かれ、首振りのままに投げ飛ばされてしまう。
血を撒き散らしながら空へ舞った同僚に護衛兵達の視線が集まる中、その兵士は頭部からアリーナの地面へ墜落した。
悲惨な光景に皆が二の足を踏んでいる間に、魔獣ヘビィ・オーロックは街中へと消えていき…… 入れ代わるように東門から黒髪緋眼の令嬢が姿を現す。
人に近い姿形をした変異種のゴブリンと、浅黒い肌の大男を従えた彼女は周囲の護衛兵達と同じく、血だまりに沈んだ兵士の下まで歩み寄っていく。
「…… 出血多量に頸椎損傷、魂の器が割れているから既に手遅れね」
「他人事とは言え、気の毒だな」
「ギァ、ギレウ ディアルラゥゼ (まぁ、此処は同意しておくぜ)」
段々と楓の流儀に染まりつつある一人と一匹が瞑目して、死に逝く者の魂を送り出す彼女に付き合う。
それにより生まれた暫時の静寂を破るように、苦い表情を浮かべたアベラルドが駆けてきた。
「ッ、取り急ぎですまないが、貴君らを雇わせてくれ」
「冒険者ギルドを通さずに?」
「行政官からの緊急依頼だ、金払いは心配しなくて良い。皆、相当に腕が立つんだろう」
市政を司る矜持故か、無理にでも冷静さを保とうとする相手の言葉を聞き流し、楓は開け放たれた巨大な檻を眺める。
垣間見えた巨牛の魔獣が逃げた手前、市民に危害が及ぶことは察せられるため、冒険者の努力義務に従って助力するのも吝かでは無いが…… 確認は必要だ。
「申し出を受けようと思うけど……」
「構わんぞ、最近は身体を動かしてないからな」
「ギォギドルァ、デアゥズ (俺は面倒だぜ、頭痛いし)」
「なら、後ろから付いてきなさい」
手早く意見を纏めた彼女がアベラルドへ振り向き、確認すべき必要最小限の事柄を詰めていく。
僅かな話し合いで逃げた商品を討伐しても構わない事、対大型魔獣の相場に準じた報酬などを取り決めた後、楓達は踵を返して颯爽と走り出した。
その少し前…… 鍛冶師が集まる事でも有名な都市ヴェロナのとある武器屋の店先で、四つ肢の先だけ白い大型犬が行儀よく座り、通り過ぎる人々の視線を時折集めていた。
傍には両手の肉球に串を挟み、ポテっと座り込んだ体勢で焼かれた肉に齧りつく子狐の姿もある。
「キュア~ン♪ (うま~♪)」
上機嫌な子狐妹に串焼き肉を与えた人の皮を被った兄はと言えば、筋骨隆々な大男に化けた幼馴染みと一緒に店内で物色をしている途中だ。
日々、読んでくれる皆様に心からの感謝を!
誰かに楽しんで貰えるような物語を目指していきます('◇')ゞ




