ハイ・コボルトは人語を理解します?
それは村長の娘である私、マリルがスリングショットで撃たれて痛みに涙を滲ませていた際のことだ。
こんな目に遭うのなら、母の言う通りに村の皆と逃げておけばよかったと…… 私は後悔していた。もし、このまま死んでしまえば、最後に見た母の表情が怒りを含んだものになってしまう…… それはとても悲しいよ。
「ッう……」
痛みを堪え視線を漂わせてると、スリングショットを構えた野盗を見つけた。いつの間にか私の側方に回り込んでいた一人がスリングショットを構え、私に向けて次弾を撃とうとしている。
「……ッ」
それでも私はぎゅっと目を瞑り、暫し後にくる痛みを耐えるしかできない。
が、いつまでもその瞬間は来なかった。
…… はずれたの?
そう思いながら目を開けると、私を狙っていた野盗の胸から刃が突き出ている。
「え!?」
唖然としていると、粗野な男が地面に向かって斃れ伏し、後ろに立つ長身痩躯の犬人が姿を現す。
(コボルトなの? 随分、身長が高いけど……)
そこからの出来事はまさに怒涛の勢いで流れていった。
私たちも野盗も皆がそのコボルトを凝視する中、野盗たちの背後で唐突に咆哮が響く。それはどこか私の本能的な恐怖を呼び起こした……
咆哮の主であろう銀色のコボルトが地面に手を突いてまた吼えると、野盗たちの足元から土塊の牙がたくさん生えてきて、彼らの脚に突き刺さって動きを封じた。
運よくその土塊の牙の被害を受けなかった野盗には身長190㎝以上はありそうな蒼と腕黒の二匹のコボルトが飛び掛かり、一瞬で各々が二名ずつの野盗を薙ぎ倒してしまった。
さらに大きな体躯の二匹のコボルトを警戒する私たちの認識の外から、今度は槍を持ったコボルトが突進してくる。そのコボルトはまだ普通に近い姿形をしていたけど、素早く突き出した槍は哀れな野盗の胸を狙い過たず貫いていた…… そして、最初の長身痩躯のコボルトも気が付けばまた一人を切り伏せている。
コボルトたちによる警戒意識を逆手に取った連携的な強襲は僅かな時間で野盗たちの大半を無力化した。
「す、凄い……」
その光景にただ圧倒されながらも、私は幼い頃に村の猟師が近くの森で子犬を拾った時のことを思い出していた。
当時の私はその子犬がとてもお気に入りで、よく猟師のところに遊びに行ったのだけど…… ある日、一緒に遊んでいた子犬がいきなり立って歩き出した。
そう、それは子犬ではなく、仔ボルトだったの……
結局、その仔ボルトは村の猟師が森に還してしまって、私は暫く悲しんでいたけど、あの子を森に還した判断はきっと正しかったはず。
だって、コボルト…… デカくて怖いんだもの。
あの子も今はこんな感じになっているのかしら?
「くッ、よく分からんが、一難去ってまた一難だな!」
「いや、状況は悪くなってるだろ!?コボルト、怖ぇよッ!!」
村の自警団の四人は及び腰になりながらも、切れ味の悪そうな武器を異形のコボルトたちに向かって構えた。
……………
………
…
ふむ、野盗たちが武器を地面に放り投げた後も、村人は武器を構えてこちらを鋭く睨んでいる。加えて、場違いな印象を拭えない亜麻色髪の村娘も恐怖の感情を隠せていない。
「グォファ、ガォオアウッ (しまった、やりすぎたかッ)」
明らかに警戒されているな……
しかも、そこで野盗の頭目が余計な横槍を入れてくる。
「おい、銀色ワンコ、そっちの連中はいいのか? 俺たちだけやられるってのは納得がいかねぇぞッ!!」
それを聞いた自警団員たちがさらに警戒を強めてしまった。
「グルァ、ガォオオン? (大将、やるか?)」
「ガゥ、クゥアオウゥ (いや、その必要はない)」
あとは彼女に任せておこう。
「ウォオオーーーンッ」
何のことは無い、ただの遠吠えを合図として放つ。
全員の注目が俺に集まる中で村の北西方向、少し離れた場所から地面を踏みしめる足音が響き、徐々に村の入り口に近付いてきた。こちらを警戒しつつも野盗と村人の一部の視線がそちらに向くと、そこには赤毛の魔導士の姿がある。
「…… 旅の途中で、たまたまヴィエル村に寄ってみたけど、これはどういうことなの?」
ミュリエルは村の自警団員を警戒させないようにゆっくりと彼らの側に近づく。その際にはこれ見よがしに “魔導士” の徽章をアピールしておくことを忘れない。正規の魔術学院を卒業した魔導士であるということだけで一種の社会的信用を得られるのだ。
「魔導士様だ……」
「「おぉ!」」
自警団員たちの視線が疑わしい者を見る目から、期待の籠ったものに変わっていく。その反対に野盗たちの視線が訝しげなものとなった。
「これは、野盗が村に押しかけてきたって感じかしら」
赤毛の魔導士ミュリエルは自警団員の後ろに庇われた亜麻色髪の村娘に話しかける。
「は、はい! 魔導士様、このならず者たちが村に食料と金目の物を出せと……」
「では、あちらのコボルトたちは?」
「そ、それが唐突に現れて、野盗たちを倒してしまったのです」
ミュリエルが俺をじっと見つめ、再度、その場にいる全員の注目が俺に集まった。
なんか、微妙に居心地が悪いな……
「…… 皆、あの銀色の犬人はハイ・コボルトよ」
「ハイ・コボルト?」
「なんだそりゃあ?」
「聞いたことがねぇな……」
村娘と野盗たちから疑問の声が挙がる。
その声は次のミュリエルの言葉を聞いた途端、驚きへと変わった。
「コボルトの変異種で私たちの “会話を理解できるほどの高い知能” があるの」
まぁ、俺以外に大陸の共通語を理解するハイ・コボルトがいるかは知らないけどな…… 事前の打ち合わせ通り、ミュリエルは善意の第三者を装ってそんなことを言い出したのだ。
読んでくださる皆様には本当に感謝です!!
拙い作品ではありますが、頑張って書いて行こうという励みになります。




