六百年前に関する考察
こうして、首尾よく手に入れた猪肉がまた穢れていると巫女殿に言われたらどうしようかと思ったが…… それは杞憂に終わり、細かく砕いたセージの葉を少々塗した照り焼き肉は好評のうちに皆の腹へと収まる。
(まぁ、アックスなどは何を喰っていても幸せそうだが……)
今は深夜の見張りに備えて、焚火の傍で腹を見せて寝転がっており、先程からリスティが胸元にある白い毛をモフっていた。
「アゥ~、Zzz……」
「この無警戒さ…… もはやコボルトとは思えませんね」
「クッ、ガゥオ ウァアオ!? (くッ、反論できないだと!?)」
俺とリスティが見張りを担当している故だろうが、この状態で不測の事態に即応できるのだろうか?
モフられつつも、未だ幸せそうに仮眠を取る蒼色巨躯の幼馴染に一抹の不安を覚え、偶にブレイザーが不意討で注意喚起をする気持ちが理解できてしまう。
軽い吐息と共に視線を流して、黒塗りのロングソードを抱えて浅く眠るもう一匹の幼馴染を見遣り、その性格的な気苦労を少しだけ察した。
「彼は中々に気難しく感じます、仲良くしたいのですけど」
「ウォ ヴァウルォ ウァルファオゥ、グウァ ガルオォン
(別に嫌われている訳じゃないから、地道に頑張ってくれ)」
良好な関係に至るまでが大変だとしても、自身が認めた仲間の為なら苦労を厭わない良い奴だ。
エルフたちが友誼を結べるに越した事はないと思いながら、背にした樹木の太い枝を見上げ、その一本にしな垂れて仮眠中のセリカへ意識を向けたところで再び声が掛かる。
「時に弓兵殿…… 最近、人族の娘と番になったそうですね」
「ワフ、ウォファ クルァアン? (あぁ、妹から聞いたのか?)」
「いえ、群れの戦士長殿です」
なるほど、奴か…… 既に近しいものは皆知っていると考えた方が良いな。
頑張れば日帰りで行けるとは言え、近頃は都市ウォーレンに出掛ける回数も増えているため、他にも勘付いた仲間はいるのかもしれない。
いつまでも隠すものでは無いにしても微妙に照れてしまい、思わず軽く頭を掻いていたら、すっとリスティが目を細めて見つめてきた。
「その件はさておき、セリカの事をどう思っているのかと…… 私見ですが、彼女は貴方に好意を持っている気がします」
「ウォア クォルァウゥ、ガゥグヴァオ グォルオアォオウ
(それは感じているが、揶揄い半分で本気じゃないだろう)」
大体、人狼や犬人は “番が存命であれば義理を通せ” と本能に刻まれており、群長の立場でも複数の相手を持つ者は少ないので、真面目な話だと少々困ってしまう。
状況次第ではミュリエルを少なからず傷つける事にもなり、俺がアデリア婦人に絞められる場面が垣間見えた。
(…… 詰まる所、覚悟の問題か)
どういう事情や経緯があったとしても仮に誰かを受け入れるなら、本気で無ければ相手に礼を失するため、真摯さと覚悟を持って臨むべきだ。
因みに要らぬ面倒事を抱え込むつもりは毛頭ないので、さらりと話題を切り替えてバルベラの森に関して言及する。
「ガルォアゥ クルァオン、ガゥヴァ? (此方からも構わないか、巫女殿?)」
「えぇ、御随意に……」
温くなったハーブティ入り木製マグを両手で挟んだ巫女殿が頷いたのを見届け、都市ウォーレンの冒険者ギルドなどで聞き齧った事柄を話す。
そもそも、バルベラの森に従来よりも脅威度の高い魔物が現れ始めたのは十数年前で、出現頻度が低い事に併せて “銀” 等級以上の冒険者に依頼を出せば対処可能な事もあり、フェリアス領行政庁とギルド側が協議して関係者が立入り可能な危険区域扱いとなった。
稀に強力な魔物が現れる現象は脅威であれども、ギルド所属の冒険者に取っては貴重な素材を得られる事を無視できず、現フェリアス公が柔軟な判断を下したようだ。
(あの御仁らしい判断ともいえるが……)
さらに春先からグラウ村付近の森で危険種が残す痕跡などが多く見つかり、公爵殿に嘆願書が出されるかもしれない事をリスティに伝えておく。
「…… 少々腑に落ちない点があります、事の始まりはもっと前では?」
「ガゥ、ワフィウォルウ クルァン (いや、何か心当たりがあるのか)」
「貴方なら良いでしょう、我々はこの件を賢者モロゾフの仕業と考えています」
彼女が言う賢者とは、六百年前に起きたフォレストガーデンの戦いで活躍した人族の英雄で、西方諸国に様々なエルフ関連の知識をもたらした人物で間違いないだろう。
当時はフィルランド共和国に移設された世界樹の幼木や、種などの研究をしていた記録も残っている。
「彼の賢者について、共和国進駐を切っ掛けにエリザ様とレアド卿が交流を持たれたので、新たに判明した事が幾つかあるのですけど……」
自身も半分はエルフであるレアド議員が共和国から逃亡した奴隷エルフらの消息を辿り、希望者の親を探そうとした際に、その一部が不老長寿を求める連中の素体にされていた事が判明したそうだ。
「ウォン、グルフウォル ヴァウグ グォオルァン
(確か、晩年の賢者は不治の病に蝕まれていたな)」
「彼が率先して悍ましい実験を行い、秘密裏に祖国を追放されたそうです」
されども、そのモロゾフが穢れた大樹をイーステリアの森北部に植えたのならば計算が合わない。
「何かの要因により影響が抑制されていた可能性もありますが、分かりませんね」
どちらにしろ、浸蝕が強まれば周辺の生態系が破壊されてスタンピードを起す可能性もあるため、早期の対処が必要になる。
(最悪、どっかに集落を移しても良いけどな)
ただ、位置的に被害を受けるのは馴染んできた中核都市ウォーレンとなり、そこには顔なじみの冒険者たちも暮らしている訳で…… 放置して何か起こると後味が微妙に悪い。
それに現状で世界樹の巫女よりも的確な処置を取れる者などいないはずだ。
「ルファウ ガルォオオウゥ (程々に頑張らせてもらうか)」
「何を?」
ひとり呟いた言葉に頭上から反応が降ってきた直後、セリカが地面へ降り立つ。
「ガルォアゥウ、ガルウ? (こっちの話だ、交代か?)」
「ん、目覚めたら月が頃合いの方角……」
その言葉に夜空に浮かぶ月を一瞥して視線を戻すと、どこか悪戯っぽい表情をしたリスティが香りの強い乾燥ハーブをせっせとアックスの鼻に乗せている。
「ッ…… クシュン! ワフィッ!? (ッ…… くしゅん! なにッ!?)」
くしゃみで起きた青色巨躯のコボルトは条件反射で長身痩躯の悪友を確認し、薄く片目を開けて様子を確認するだけの姿に小首を傾げ、未だ眠そうな感じで左右を見渡す。
「わおぁうおぉおおん、わぅうるぉ (おはよう御座います、アックス殿)」
しれっと世界樹の巫女殿が朗らかに微笑むのを眺めつつ、俺は見張りの役目を終えて暫し眠りに着いた。
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