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それを食べてはいけません! BY リスティ

狐人と呼ぶべき姿と成った妹が刺突短剣を(たお)した魔獣の頭部から引き抜き、跨った獲物の毛皮でさっと血を(ぬぐ)って、腰元の剣帯へ収めながら立ち上がる。


暫時、自身の内側に傾注するような素振りを見せたので、俺が声を掛けあぐねていると…… 妹はニンマリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


その瞳に淡い緑光をゆらりと宿らせ、何故か魔眼の類でレネイドを凝視する。


「ッ、ウォオ…… (ッ、それは……)」

「ガゥファオン、ウォルグルォウ♪ (生々流転(しょうじょうるてん)、留まる事を知らず♪)」


澄んだ声と同時に妹の骨格が形を変え、体毛が縮んで色素の薄い素肌が現れる。さらには白磁のエルフに特徴的な金糸の髪から長い笹穂耳が覗き、瞳の色が翡翠(ひすい)となった。


「はわゎ、レネイドに化けたのですぅ」

「え゛、ちょ、ちょっと待ってください!」


素肌に革鎧、下着無しで腰布一枚を纏っただけの現身(うつしみ)に狼狽して、レネイドが露な姿を隠そうと巨狼化している俺の視界を両手で塞ぐ。


「あぅ、見ては駄目ですよッ、弓兵(アーチャー)殿!!」

「ワフ、ワォアン (あぁ、分かった)」


敢えて(あお)る事も無いので、しれっと返事をしておくが…… 着痩せする性質なのか、思ったよりも魅惑的な彼女のボディラインは既に脳裏に焼き付いた後だ。


「ぐあぉるぅお、ふぁるぉおがぁう! (ダガーさんも、早く元に戻って!)」

「きゅお、くぉふぁうぅくぅあ…… (ごめん、気持ち悪くて無理……)」


「ガルァウ (だろうな)」


聞こえてきた籠もり声に初めて骨格や筋肉、臓器の位置が微妙に変化していった時の不快感を思い出し、首筋に縋り付いたレネイドに目を塞がれたまま頷く。


流石にこの状態でいる訳にもいかず、首を左右に振って彼女を引き剝がし、口元を押えてへたり込んだ半裸のエルフに成った妹から視線を逸らしつつも、両肩の傷をミラの魔法薬で手当してもらう。


「これで出血と痛みを抑えられるのです」

「すみません、治癒魔法(アースヒール)が使えなくて…… 一度、集落に帰りましょう」


「ガゥガルゥアゥ (此処が退き際か)」


最早、黒角兎の匂いは戦闘で掻き消えており、嗅覚を擽るのは倒れ伏した魔獣から漂う血の匂いだけになっていた。


命を奪った以上、余さずに喰らうのは礼儀だが……


現状ではこの巨躯を持ち帰る手段が無く、血の匂いが濃い場所に長々と留まるのも賢くない。それに狩猟中のブレイザーたちも夕餉の獲物を二匹ほど仕留めてくるだろうし、手短に捌くとしても頂くのは虎肉の一部だけとなる。


以前に都市ウォーレンで購入した岩塩が一袋ほど残っていたので、虎肉を塩漬けにして水分を飛ばし、ウォルナットの木切れで燻すとしよう。


「グアォ、クゥオ ヴァウルァアゥ? (ダガー、獲物を捌いてくれるか?)」

「うぅ~、わうぁん……(うぅ~、良いよ……)」


未だ本調子ではないレネイドに(ふん)した妹が身を(おこ)し、サヴェージファングに止めを刺す間際に放り投げたまま、地面に転がる機械式短剣の柄を掴んだ。


一応、俺も血の匂いが拡散しないよう ”風絶(ふうぜつ)” の魔法で周囲を()がせて警戒する最中(さなか)、妹が器用に捌いた虎肉を麻縄の網袋へ次々と放り込み、最後に縄紐を力強く引き絞って血抜きする。


残りの虎肉は俺たちが去った後、腹を空かせた熊などの野獣が無駄なく頂いてくれる事だろう。


「グォァ、クアォルオォン (さぁ、引き返すとしよう)」

「がぉうあぁ… うぉ、ぐあぉるぅ! (そうですね… あと、ダガーさん!)」


「くぉあるう~♪ (聞こえない~♪)」


エルフ特有の笹穂耳をペタンと寝かした妹が踵を返して帰路に着き、その背中を追うように愚痴を零すレネイドが続く。


まぁ、瓜二つの半裸姿を晒される彼女の気持ちも分からなくは無いので、集落に着く前に俺からも注意しておこうと考えつつ、巨狼の身を伏して傍に佇むミラを背へ乗せた。


「ありがとうなのです」

「ッ、ウォクルァオゥ (ッ、別に構わないさ)」


立ち上がる際に少々痛みが両肩へ走ったものの、彼女の調合した魔法薬による止血沈痛の効果もあり、妹たちの歩速に合わせて集落までの数キロメートルを移動する程度なら問題は無い。


獣の四肢でしっかりと大地を踏みしめ、斜陽が射し始めたイーステリアの森を進んでいく……



草本採取を終えた銀狼たちの向かう先、犬人族の集落から北東に徒歩で約五日の場所が “バルベラの森” と称される一帯の中心部であり、そこに知恵ある生物の精神を狂わせてしまいそうな奇妙で歪な樹木が鎮座していた。


金属的な鉱石を一部に埋め込まれた太い幹に対し、まるで釣り合わない背の低さは天を()かんとする巨木が押しつぶされた様相を呈する。


その妖樹は地脈から吸い上げた星の息吹を闇色に染め、稀に濃密な蒸気へ転じて枝葉より噴出させて、運悪く近寄った生物の身体を歪な力で浸蝕していた。


「クゥウウゥッ、ァアァ―――ッ……」


今も二本角を持つ(フォーク・)兎型魔物(ラビット)がのた打ち回り、痙攣する身体を一回り大きく膨らませ、頭部から自慢の角を落として代わりに大きな鹿角を生やした(ラッセル・)兎型魔物(ラビット)と成る。


これが近隣と比べて不釣り合いな脅威度の魔物を生み出す仕組みであり、歪んだ生命の力を植え付けられた生物はその代償を支払わされ、徐々に肉体と精神を蝕まれて狂い死んでしまう。


なお、浸蝕を受けた生物の亡骸には元凶たる力の残滓が残るため、その肉を食べるのはあまり身体に良い事でもないのだが……


銀狼たちはそれを知らずに虎肉を集落へ持ち帰り、世界樹の巫女リスティに没収され、焼き捨てられるのだった。

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