はじまりの六匹
「ギャゥウッ!!」
まるで巨大なハンマーで叩かれたかのように、グレイベアに殴られた仔ボルトが鋭い爪に肉を抉られて、血を撒き散らしながら弾き飛ばされていく。
「ウォル、ウォルオーーンッ!! (木だ、木に登れッ!!)」
俺は大声で吼えると近くの木に素早くよじ登り、それを見た弟と妹も同じように木を登りだした。なお、コボルトは木に登るのがそれほど得意ではない。
ただ、妹は俺の真似をしていつも木に登り、太めの枝の上を飛び回ったりしていたので、今もすんなりと樹上に移動するが…… 不慣れな弟が手間取ってしまう。
「ッ、キュァ……」
焦ってしまったのだろうか、もしくは恐怖からか、弟は木に登る最中に足を踏み外し、あえなく落ちてしまった。そして、地に落ちるまでも無く、グレイベアの大きな顎で噛み潰されてしまう。
いつも命が奪われる時は呆気ないもので、伸ばした手は決して届かない。
「グゥルゥッ!! (ちくしょうッ!!)」
「キュ!?キュウゥアッ!」
助けに行かないのかと訴えるような妹の視線に対して首を左右に振る。
「アゥウ、ギュァア…… (ダメだ、もう助からない……)」
俺は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す同世代の仔ボルトたちと、牽制する二匹のマザーを眼下に、集落へ向けて木々の上を飛び跳ねていく。その少し後を妹も踏ん切りをつけて追い縋り、俺たち兄妹は無事に集落へ逃げ延びたが……
咄嗟の判断を誤って、集落から離れた森の奥へと逃げた仔ボルト三匹が行方不明となり、夕方に血塗れで一匹が帰巣したものの直ぐに息を引き取った。
その日、群れのマザーたちが如何に悲しんでいたかは言うまでもない。ファザーらは自然の厳しさが身に沁みているためか、諦めたような表情をしていた。
結果的に集落の仔ボルトは約半数の六匹となったが、全ての子を失った番はいない事が僅かな救いだろうか…… この日を境にたとえ力ずくであっても生き残った同世代たちを鍛えようと俺は決心したのだった。
翌日から逆らう者は力で制し、半ば強制的に鍛錬させた。
元々、仔ボルトの中で俺は頂点にあったため、同時期に生まれたであろう同輩らの訓練は順調に行われていく。
「ワファ…… (うぁ……)」
「ガゥッ、ガガゥッ!! (立て、立つんだ!!)」
俺は一番体力のない仔ボルトが腕立て伏せの最中に潰れたのを見咎め、そのモフモフしっぽを容赦なく踏みつけた。
「キャン!?」
「ウォルァ クルァウゥォン、グァオォウッ!
(敵は弱い奴から狙ってくる、死にたいのかッ!)」
ややスパルタ気味にやっているが…… 皆の脳裏に仲間を失った時の記憶があるため、熱心に取り組んでくれている。ただ、子供たちが何か変なことをしていると思われて、大人コボルトたちに止められるかと心配したが、それも杞憂に過ぎなかったようだ。
そもそも、コボルトは序列社会を形成する生態があるので、先程の腕立てを終えてから始めた組手にしても、子供たちが順位付けの決闘ごっこをしているとでも思っているのだろう。
「クキュアァン!(えい!)」
可愛らしい咆哮と共に殴りかかってくる相手の腕を膝と肘で挟み込んで受け止め、すかさず右のストレートを叩きこむ。
「ギャンッ!?」
さらに背後からの気配へと反応し、振り向きざまに裏拳を喰らわせる。
「ワォアォウゥ、ウォフ!! (殺気が隠せてないぞ、妹よ!!)」
「ギャフンッ!」
奇声を上げて鼻を押さえながら、妹が涙目でこちらを睨む。
「フッーーッ!!(ふッーーッ!!)」
「キュアウ、クァオル ガォウア…… (すまん、当たり所が悪かった……)」
偶に怪我をしてマザー達に怒られながらも訓練の日々は続き、やがて俺たちは立派な二歳となる。コボルトの成長は早いので二歳と言えばそれなりに一人前だ。
眼前には鍛え抜かれた鋼の如き身体を誇る精強なコボルトたちが居並んでいた。いや、訂正しよう妹とその友人は雌なので、鋼と言うよりはしなやかな筋肉を身に付けている。
あれからグレイベアには遭遇して無いが、度重なる魔物の襲撃を受けつつも、二歳になるまで誰ひとり欠ける事なく、窮地を切り抜けてきた俺たちは他のコボルトと一線を画していた。
ただ、全てが順調ともいかず、この一年の間にファザーは姿を消してしまう。
ある日、出かけた狩りから帰ってくることは無く…… 逃げ戻ってきた群れのコボルトの身体には抉られたような大きな爪の跡が付いていた。あの時に弟を喰ったグレイベアなのかは分からないが、俺はいずれ奴らを狩ると誓う。
当時、一歳半だった俺と妹は幸いなことに、既に狩りができるようになっていた。故にファザーを失ってもマザーに大きな負担を掛けることは無く、獲物を追いかけながら実地で己を磨き上げていくことになる。
そして、ある程度の実力を付けた俺は仲間達を率いて森の中を進む。
グレイベアを討つためには、今使っている黒曜石と棒を組み合わせた槍や黒曜石のナイフ、投石では心許ない。それ相応の装備が必要となるが…… 自前で製作することができない以上、元人間として多少心苦しくとも、森にやってくる冒険者たちから奪うしかない。
彼らに関しては、傷薬用の薬草を採取しに行った仲間が遭遇して追い払われることもあるため、訪れそうな場所の見当は付いている。恐らく初心者向けの採取依頼を冒険者ギルドから受けているのだろうが、その程度の冒険者ならば無力化して装備を奪うことも可能だ。
「ワゥオ? ガゥオアゥウ (いいか?殺してはダメだ)」
「ワォンッ、クォン (OKだよ、兄ちゃん)」
「ワウォオン、グルァ (まかせてくれ、大将)」
下手に怪我人を出すと賞金を懸けられて討伐対象にされるため、念入りに仲間たちに言い聞かせてから、薬草を採取している四名の武装した少年少女たちへと、茂みに隠れてこっそり近付いていく。
そして、雄叫びを上げながら一気に茂みから飛び出した。
「えッ!? 何、マッチョなコボルト!?」
「もはや、コボルトじゃねーだろッ!!」
慌てて腰元の鞘から剣を抜こうとする少年剣士を制して、俺はその手を剣柄ごと押さえる。
「えッ! 抜けなッ、ぐは!!」
そのまま、意識を刈り取るボディーブローを打ち込んだ。
「くそッ!!」
少し隣では妹が斬り込んできたシーフの少女が持つ短剣の柄を蹴り上げ、面食らった相手の懐へ潜って顎に掌底を放ち、反応の遅れた相手を一撃で昏倒させる。
暫時の攻防を終えて状況確認すれば、既に他の仲間も槍装備の戦士を倒していた。
「ひッ、ば、化け物ッ、私、食べても美味しくないよ!?」
ひとり残された神官の少女が腰を抜かして地面に倒れ込み、ずりずりと後退る。この少女からは奪える装備もないし、昏倒している冒険者たちの世話をさせなければならない。
(こんなところで寝ていたら危険だからな……)
命のやり取りに明確な線を引き、野獣とならないための枷を己に嵌める元傭兵として、一方的な都合のみで冒険者を襲うことに多少の罪悪感もある。
偽善に過ぎなくとも彼らに最低限の配慮をしつつ、手早く装備を奪って森へと身を潜める。この後、もう一度同じように駆け出し冒険者の装備を奪い、俺たちは六匹全員分の装備を整えたのだった。
偽善も善意の一部という事で……武器調達完了です('◇')ゞ
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