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悲劇よりも幸せな結末だよね by ミュリエル

その暫し後、顎先に感じる鈍痛を伴い路地の壁を背にしたアズライトが目を覚ます。


「うっ…ッ、痛いなぁ……」

「大丈夫ですか、アズライト様」


跪いて様子を窺う護衛から気遣いの言葉と共に革水筒を手渡され、冬場の外気で冷えた水を飲み干すと幾分か意識が鮮明になってきた。


「縁談の件はいい話だと思ったんだけどね……」


王立魔法学院を卒業して彼がハイデンフィルの町で行政官を務める父親の補佐をするにあたり、妻を娶って身を固めろと勧められた相手が旧知の仲である赤毛の少女だった。


父親の思惑は成長著しいヴェルハイムを代々預かるヴェスト家との血縁関係にあるものの、彼自身も見ず知らずのご令嬢より、いつも好奇心旺盛で楽しそうに笑うミュリエルを好ましく感じていたのは事実だ。


(学院にいた頃の彼女へ視線が吸い寄せられる事もあったし、僕は好意を持っていたんだろう)


婚約に際して課された試練で手練れの冒険者と戦い、力及ばず敗れた事で今更ながらに淡い恋心を再認識してしまったが、その内側には新たな別の想いが灯る。


(もう、物分かりの良い振りで自分を誤魔化すのはやめだッ)


征嵐の魔女に接する機会があった若い準魔導士として、元々純粋な強さや魔法研究への渇望を抱いていたアズライトが父親の意図と異なる道を決意した頃、この騒動に人の皮を被った銀狼犬を巻き込んだミュリエルはと言えば……


ヴェスト家邸宅の自室にて本日の結果を待つ間、気持ちを落ち着けるために普段と同じ行動を心掛け、実家にある書斎に補充されていた新書『地理的条件と哺乳類分布』を読んでいた。


羊皮紙に書かれた細かい文字を追う彼女は一区切りついたところで、俯かせていた顔を上げて軽い溜め息を吐く。


(う~、折角の新しい本なのに集中できないよぅ)


街中に紛れ込んだ野生動物の捕獲は困難で在れども、追跡者は森の猟犬と探索魔法を扱える準魔導士であり、恐らくは今日中に事が終わるはずだ。


「きっと、アーチャーが捕まえてくるとは思うけど……」


森で出会ってから集落まで旅をした時、見事な手際で獲物を狩って食糧を調達していた銀毛のコボルトたちの姿が脳裏に浮かぶ。


だが、研究対象の動物を探して森や野原を彷徨い歩く彼女は運という要素の大きさを知っており、必ずしも自身の望むような顛末にならない可能性も考慮していた。


(う~ん、不確定要素は多いよね)


一抹の不安と共に視線を泳がせれば壁際の本棚が視界に入り、手元の小難しい本をテーブルに置いて席を立つと、傍まで歩んで童話や物語を纏めている一角からお気に入りの『月に吠える恋の歌』を手に取った。


擦り切れるまで何度も読み返した本の内容は単純なものだ。


人狼族と人族が対立していた古い時代、戦いの中で仲間を逃がすために囮となり、人狼の青年が深手を負う場面から物語は始まる。森の中を逃げ延びて川辺に辿り着いた後、疲労と出血で動けなくなった彼は水桶を手にした村娘の少女と出会う。


人化してやり過ごそうとするものの、激痛により意識が乱れてケモ耳の出ていた青年を少女は一目で人狼だと見抜き、その大怪我が森林伐採を進める人間たちの手によるものだと察した。


僅かな罪悪感と憐憫もあって、少女は両親の目を盗みながら回復するまで人狼の世話を焼き、彼も数日間の触れ合いを通じて心を許していく。


少女も噂で聞いた悪鬼羅刹のような(けだもの)ではなく、理性的で(たくま)しい彼に惹かれていくのだが…… 仲間を探しにきた人狼族や村人に二人の関係がバレてしまう。


何とか自分たちで人狼族と人族の間を取り持とうとするものの…… 双方ともに話を聞かず、少女は魔女として領主に捕らえられて火刑に処される事になった。


両親すらどうする事もできずに茫然と眺める中、最後は仲間の説得を諦めた人狼族の青年が単身で救出に乗り込み、待ち構えていた警備兵隊を突破するも力尽きて少女と一緒に炎へ飲まれる。


その光景に心を打たれた人族と人狼族は和解し、争いを止めて棲み分けを行う事を決めるのだ。


という内容だが……


(うわぁ、これってこんなにエロかったかな?)


子供向けのはずなのに、何故か二人の濃密な描写が書かれていた事実に赤面していると部屋の扉が叩かれる。


「失礼します、お嬢様」

「うん、どうぞ」


ミュリエルの声に応じ、入室してきたメイド服姿のナタリーは目ざとく『月夜に吠える恋の歌』に視線を向けてぼそっと言い放つ。


「あ、それ結構エロいやつですよね」

「あぅ~」


執筆した劇作家が有名なので、実は割と知られている物語なのだ。


「因みに王都ではセルクラムの聖獣をモチーフにして、最後は警備兵隊を拳で薙ぎ倒し、村娘を攫っていく劇が演じられているみたいです。しかも鋼の賢者グレイオ様の監修で殺陣(たて)が凄いとか……」


「………… なにそれ、観たいかも」


確かに脅威度Bに該当するヴァリアント・クイーンを屠った銀毛の狼犬人なら、領主の警備兵隊が罠を張って待ち伏せしていても、難なく突破しそうな雰囲気がある。


(もうかなりコボルトを超越しちゃってるよね、彼……)


仮に自分が物語の村娘でもちゃんと幸せな結末に導いてくれそうだと微笑む彼女の思惑通り、本来の用件を切り出したナタリーを通じて、アーチャーが小さな魔獣(レッサーバンクル)を捕獲してきたという報せが告げられた。

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