小さな獣たちの出会いは突然に
なお、小さな魔獣の捕獲を目的とした競争に際し、家柄や財力も実力のうちとするアデリアの考え方もあって、アズライトは連れてきたディークベル家の侍従と護衛三人を参加させても構わない事になっている。
色々と気掛かりなミュリエルは母親と一緒に朝餉のテーブルに着き、両手で持ったパンを小動物のように少しずつ齧りながら、食堂に陽光を差し込ませている窓の外をちらりと窺う。
既に子狐を伴った銀髪の弓兵やディークベル家の者たちはレッサーバンクルを捕獲すべく、街中へ繰り出していた。
「気になりますか、ミュリエル?」
「ん~、それはね……」
ふむ、と小さく頷いたアデリアは小カブとキャロットのスープを啜り、いつもの往復鳩を使って協力者であるミレアに送ってもらったヴァリアント討伐戦のギルド公式記録を思い出す。
届いた書類には、娘が連れてきた弓兵殿の事も断片的に書かれていた。
(近衛種二匹を含む数匹のヴァリアントを討伐ね……)
裏が取れた事実を鑑みれば、魔物の異常発生や野盗の討伐、紛争などで前線に立つ事もある貴族の家柄にとって、彼を取り込む事は有益だと言える。
故に、現時点でアデリアはディークベル家を継ぐ嫡男殿と勇猛果敢な弓兵殿、どちらがレッサーバンクルを捕まえてきても良いと考え始めていた。
(どう転んでも、悪い話にならないですから……)
そう結論付けた母親に対して、ミュリエルの立場ではアーチャーが目的の魔獣を捕まえて競争に勝たなければ、外堀を埋められてアズライトと婚約する事になり、すぐにでも結婚となり兼ねない。
(うぅ、気になって朝ご飯の味が分からないよぅ)
ひとり彼女が気を揉んでいるにも関わらず、肝心のアーチャーはと言えば……
市場の野外店舗にて、卓上へちょこんと座した子狐妹に専用フォークでヴェルハイム名物、太めのソーセージと香草のバターソテーを食べさせていた。
「クルウォアゥ、ヴォオルァアォオン♪ (良い匂いだし、パリッとしてるよぅ♪)」
「ッ、さすがに畜産の町だけあって旨いよな……」
俺も同じものを頼んで食べているが、嫌みにならない程度の香草が食欲を擽り、ソテーの過程で染み出した肉汁がバターのコクと相まって格段に美味しいソースとなっている。
腹が減っては何とやらで、貴重な時間を消費して空腹を満たす事を優先した甲斐はあったようだ。
まぁ、ゆっくりと食べている暇も無いため、舌鼓を打ちつつも手早く食事を済ませて野外の簡素な席を立つ。
「がぅ、ぐるふぁうぉおおんッ (さて、捜索再開といこうかッ)」
「キュウッ!!(うんッ!!)」
元気よく一声鳴いた子狐が石畳に降り立ち、鼻先をクンクンさせて風に紛れた雑多な香りを嗅ぎ取った後、小さな魔獣を探して街路をトコトコと歩き出した。
そして、様々な匂いが入り混じった街角で度々足を止め、意識を研ぎ澄ませながら一刻ほど彷徨い歩いた末、妹の視線が広い通りを挟んだ建物の隙間に吸い寄せられていく。
「ウキュ? (うきゅ?)」
「ククゥ?」
小首を傾げて見つめる先、子犬サイズのリスっぽい何かがひょっこりと狭い所から顔を覗かせ、同様に小首を傾げて狐のような尻尾を振り、どこか愛嬌のある鳴き声を上げた。
「ッ、弾き飛ばせ、風弾ッ!!」
どこかほっこりとした光景に一瞬だけ反応が遅れたものの、それが捕獲対象だと気付いた俺は即座に魔力を籠めた右腕を突き出し、街中である事を考慮して必要最小限の威力で風弾を撃ち出す。
「クウゥッ!?」
野性の勘とも言うべきか、高圧縮された空気の塊に反応したレッサーバンクルは素早く頭を引っ込めて風弾を躱し、瞬時に踵を返して奥側へと逃げ出した。
「ウォンッ!! (任せてッ!!)」
「わぅるぐぁう うぁるおあうッ (近づき過ぎて噛まれるなよッ)」
一応、 “石膏病” について事前に妹へ説明していたが、獲物を追って隙間に潜り込む子狐の背中に念のため注意を喚起し、此方は横手にある路地を駆け抜ける。
再び大通りに出て、人々の合間を縫って疾走する二匹の姿を捕捉し、俺も魔力由来の旋風を両脚へ纏わせて速度を上げつつ、徐々に二匹との距離を詰めていく……
丁度その頃、ディークベル家の面々は目撃例のある場所を中心に、魔術師でもあるアズライトが自身の半径30~40mに範囲を絞り、微弱な魔力の網を展開して魔力反応を精査する対魔獣の探査法を試みていた。
彼が紡いだ不可視の探査網でレッサーバンクルを捕捉し、皆で包囲して追い込むという算段だが…… 前提となる術式の負担は地味に大きい。
「ッ、結構、疲れるな…… 」
「申し訳ありませんアズライト様、私が魔法さえ使えたら……」
菫色の髪を肩で切り揃えた侍従の娘が悔しそうに言葉を紡ぐものの、それを受け止めた主からは柔らかい微笑を返されてしまう。
「あまり畏まられても困るよ、レイン」
「むぅ、ではどうしろと?」
「普通で良いんじゃないかな」
「分かりました、善処します」
至極、真面目に頷いたレインの父親はディークベルの家令を務めており、幼い頃から付き合いがある年下の彼女はアズライトにとって妹のような存在だ。
(少々、堅物なのが玉に瑕だけどね……)
密かに心の中で苦笑いを浮かべ、魔獣の反応が無かった事を皆に伝えて歩き出した直後、護衛の一人が通りの向こう側から駆けてくる二匹の小さな影を視界に収めた。
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