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午後のお見合いはハーブティーと共に

子爵家一行は出迎えた長身メイドに滞在先となる別館に通され、そこで護衛と別れた嫡男と侍従の二人が本館の応接室へ案内を受ける。


質素ではあるが品位を感じさせる内装の本館を進み、目的の部屋に辿り着いてメイドがゆっくりと扉を開くと、入口付近では悠然とした女男爵(バロネス)と落ち着かない様子の娘が来客を出迎えるために待っていた。


「初めまして、ディークベル家のアズライトと申します」

「アデリア・ヴェストです、よしなに」


柔らかい印象を持つ青年貴族は言葉と共に差し伸べられた御婦人の手を取り、軽く握手を済ませてから、見合い相手である既知のご令嬢に視線を合わせる。


「去年の春先以来だね、ミュリエルさん」

「お久し振りです、ディークベル先輩」


「先輩かぁ…… 君は僕よりも先に学院を卒業したのに?」

「うぅ、そうでした」


悪戯っぽい笑みを浮かべたアズライトの言葉通り、規格外な親友の影響で六年制の魔術学院を僅か四年で卒業させられた経緯から、寧ろ一学年上の彼よりもミュリエルは先輩になってしまったのだ。


「普通にアズライトでいいよ」

「ん、そうさせてもらいますね」


素直に応じた彼女が右手を差し出して握手をしたところで、この場での主導権を持つアデリアが二人を促して部屋の中央に置かれた円卓の席に腰掛けさせた。


それに合わせるようにディークベル家の侍従が主の背後に控え、彼らを応接室まで連れてきたリグレッタは円卓に歩み寄って、白い布が掛けられた銅製ポットへ手を伸ばす。


上部に被せられた清潔な布が外された事で湯気とローズマリーの香が漂う中、琥珀色のハーブティーがポットから次々と木製カップに注がれていく。


「母娘ともども、甘い物が好きなので蜂蜜入りですけど……」

「いえ、ありがたく頂きます」


手にした木彫りのカップから少量の液体を啜り、香りと甘みを噛みしめたアズライトは本題へ移る前にやや表情を引き締めた。


「この縁談ですけど、訪問を許して頂けたという事は良い返事を期待しても?」

「そうですね、娘にはそろそろ落ち着いて欲しいと思っています」


春の終わりに生まれたミュリエルは後数ヶ月で自身が嫁いだ年齢を越えるため、アデリアは行き遅れになってしまわないかと心配しているが…… まだ見ぬ生き物などを求めて、気軽に現地調査(フィールドワーク)をしたい娘にとっては困りものだ。


(うぅ、お父さんみたいに放し飼いにして欲しいよぅ)


そんな事を思いながらもミュリエルが木製カップから少しずつハーブティーを啜っている間に、お互いを探るような母とアズライトの会話は進み、一区切りがついたのを切っ掛けに彼女にも話が転がってくる。


「ミュリエルさん、君が学院にいた頃は聞く機会が無かったけれど、その…… 僕の事をどう思うかな?」


「えっと…… 物腰が柔らかくて、人が良さそうだなって思います」

「ははっ、僕にとってそれは君の印象だよ」


はにかんで微笑を浮かべた碧眼の青年は魔法学院で女生徒に密かな人気があるのだが、需要と供給の不一致とでも言うべきか…… 微妙にミュリエルの好みから外れていた。


(ん~、もっと、こう……野性味(ワイルドさ)が欲しいのかな?)


生物学者を名乗る冒険者として日々経験を積んでいる最中の彼女にとって、婚約者は窮地にあっても諦めず、万難を不敵に笑い飛ばす不撓不屈の精神を持つ人物が好ましい。


同性なら征嵐の魔女(エルネスタ)、異性なら銀毛の狼犬人(アーチャー)がある種の指標となっているので、一般人からすると途轍もなく判断基準が高いのだ。


ただ、本人に自覚が無いため、心的な距離を縮めようとする相手に対して無難なだけの言葉を返してしまい、その様子を見て取ったアデリアが会話を引き継ぐ。


「実は縁談の件でひとつ貴方に伝えておく事があるのですが……」

「はい、何でしょうか?」


返事と共にアズライトは御婦人へと視線を転じ、軽く小首を傾げた。


「もし、二人が縁を結んで私の孫が生まれた場合、両家の血を受け継いだ子供はディークベル家に加えて、当家の継承権を持つ事になります」


現在のヴェスト家では直系の実子がミュリエル以外にいないので、事実として娘とその子孫が爵位や財産を継承する可能性は高い。


「貴殿が愛娘、ひいては当家やヴェルハイムの町を任せるに値するか、私に試させて欲しいのです」


「…… 構いません、お受け致しましょう」


逡巡の後にアズライトはやんわりとした表情で了承するも、アデリアは彼の背後に控える侍従の娘が一瞬だけ苛立ちを見せた事を見逃さなかった。


(主に対する無礼と感じた? それとも…… まぁ、いいわ)


少々様子が気になったものの、そのまま話を続行する。


「リグレッタ、アズライト殿に書類を見せて貰えるかしら」

「はい、奥様」


近くの補助テーブルに置かれた羊皮紙に長身のメイドが手を伸ばし、掴んだそれを客人に差し出した。


「これは…… レッサーバンクルですか」

「ちょっと前に家畜被害が出たのだけど、どうやら街中に入り込んだみたいなの」


シュヴァルク領に棲息する例の小さな魔獣(レッサーバンクル)は狐とリスの特徴を兼ね備え、可愛らしい小動物のような外見をしており、然したる膂力(りょりょく)も持ち合わせていない。


強いて言えば機敏さがあるくらいだが、噛まれた際に牙を通して毒液を流し込まれると筋線維や皮膚が石灰質に変化し、次第に自在に動くことが困難となる “石膏病” を患ってしまう。


聖堂教会の高位司祭が用いる聖属性魔法 ”エクス・キュアライト” で完治可能なため、不治の病ではないが…… 多額の寄進が必要となり、治療を受けられずに多臓器不全で亡くなる事例も多い。


なお、以前に町へ紛れ込んだレッサーバンクルを妻に頼まれたクライストが捕獲した折、あまりの可愛さにゲージへ手を伸ばした幼いミュリエルはいつも優しい父から拳骨(げんこつ)を喰らった事があった。


「可愛いのに厄介だよね…… レッサーバンクル」

「確かに…… この魔獣を僕が駆除したら認めてもらえるのですか?」


漏れ聞こえてきた呟きに同意しつつ、アズライトは御婦人に確認の視線を向ける。


学院の卒業を控えて魔導士の認定を待つだけの彼にとって、小さな魔獣(レッサーバンクル)の捕獲は困難ではあるが、見極めに相応しいとも思えない。


「勿論、当家としても魔獣を放置する訳にはいきませんので、縁ある冒険者に依頼しました。彼と競ってもらいましょう」


言葉と共に鳴らされた呼び鈴に応じて、隣室から銀髪と鍛え抜いた体躯が映える青年が扉を開いて姿を現す。


此方(こちら)のアーチャー殿は弓矢の名手です、彼よりも早く魔獣を捕らえる事で自身の力を示してください」


「お手柔らかに頼む、ディークベル殿」


名手と紹介されて人の振りをした銀狼犬が機嫌よく一礼した後、逆に主を試すという態度に不機嫌さを隠せなくなってきた侍従の娘に睨まれながらも、アデリアが事の次第を纏めて見合いの席は終わりを迎えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ファンタジーに於いて、作者の考えがそのまま作品に設定として反映されて然るべきものでしょう。爵位が継承される云々とか言うものは、飽くまでも現代の常識に基づく考えでしょう。わざわざファンタジー作…
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