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試しであっても、実益は兼ねる主義です By アデリア

以後、二日ほどが経ったものの、アデリア・ヴェストは未だに娘が連れてきた銀髪の冒険者を計りかねていた。


というのも、邸宅近くにある町役場に顔を出して役人たちの報告や相談を受けたり、持ち帰った決裁が必要な書類に目を通して署名したりと忙しく、食事時くらいしか彼と接点が無い。


従って、執務室に呼ばれた二人のメイド、料理が得意なナタリーと護衛も兼ねる長身のリグレッタが情報源となる。


「えっと…… アーチャー殿の御様子ですか、奥様?」

「えぇ、忌憚(きたん)のない意見をお願い」


何かを思い出す様な仕草をしながら、ナタリーは街中で見かけた情景を話し出す。


「昨日、夕餉の食材を買いに出掛けた時に見かけました。子狐を抱き込んだお嬢様に手を引かれて、二人で仲良さげにヴェルハイムの市場を歩いていましたよ」


「そう…… 悪い事ではないわね、リグレッタは何かある?」


主観で良ければと前置きして、ギルド経由で派遣された “銀” 等級冒険者の長身メイドがやや鋭くなった視線をアデリアに合わせた。


「かなりの使い手に思えます、手合わせしない事には確信が持てませんけれど」


「ありがとう、そういうのは専門外だから参考にさせて貰うわ」


微笑と共に労いの言葉を掛けて他にも幾つかの意見を聞いた後、アデリアは二人を退室させ、執務机に頬杖を突きつつ一人思索に耽る。


明日には見合い相手であるディークベル家の嫡男アズライト殿が来訪するにも関わらず、未だどのような試しを課すのか決まっていない。


(当家から頼んだ見合いでは無い以上、条件提示も可能でしょうけど……)


余り礼を失する訳にはいかず、ましてや他家の跡取り息子を過度な危険に晒す事もできないため、これまでどの試案もしっくりとこなかった。


アーチャー殿は武術以外に魔法も扱うとの事で、術式の構築速度や精度を競わせるなども考えたが…… それだと魔法学院をもうすぐ卒業するアズライト殿が有利になってしまいそうだ。


逆に身体能力のみを試すようなフィジカル重視の内容ならば、鍛え抜いた精悍な印象が強いアーチャー殿が有利となるだろう。


「本当に困ったものね……」


溜息を吐いて、何気なく視線を転じると机上に置かれたままの羊皮紙数枚が目に留まり、暫く黙考した後にアデリアは微笑を浮かべる。


「今はクライストが留守だから、ギルドに依頼しようかと思いましたけど…… ふふっ、一石二鳥かもしれません」


なお、彼女の愛する夫は海岸へ面した王都セルクラムに牡蠣(かき)の養殖を導入するため、現在は彼の地にて研究や資金集めに注力しているはずだ。


出掛ける前に少年のような笑顔でその事を語ってくれたクライストを思い出しつつ、自然と頬を緩めたアデリアは重なった羊皮紙から目的の一枚を抜き出す。


手繰り寄せた書類には、先日から街中で目撃されていた小さな魔獣(レッサーバンクル)についての詳細が書き綴られていた。


「いずれ行政官を継ぐ嫡子殿には良い経験になるでしょう」


独り呟いた後、彼女は午後の淡い陽光が差し込む三階の窓から、庭先で嬉しそうに愛犬と戯れている一人娘と傍に立つ弓兵(アーチャー)殿を窺う。


その銀髪の青年は微妙な表情で大人しくモフられる中型犬を眺めていた。


「ワフィオン、クォン? (何かあるの、兄ちゃん?)」

「ぐぅ、うぅあるぉ くぉうあぅ…… (いや、知り合いに似ていてな……)」


やや前傾した三角形の立て耳と巻尻尾、フワッとした毛並みは古代の森北東部で出会ったブラウの犬族たちを髣髴(ほうふつ)とさせる。生後間もない四つ足で森を駆けまわる立て耳の仔ボルトはこんな感じに近いのかもしれない。


こいつも単純で騙されやすいのだろうかと…… 悠久の昔、人狼族や犬人族とは大きく道を違えたと推測される遥か遠い血縁に失礼な事を考えていたら、不意にミュリエルと視線が交わった。


「バロンはね、大和の出羽国比内(でわこくひない)に起源がある狩猟犬なの」


珍しいでしょ!と胸を張って彼女は自慢げに言ってのけるが、立派な名前を貰っているバロン(雄)は俺が一歩寄れば情けない声を上げて、彼女に抱き付かれながらもズリズリと後退(あとずさ)ってしまう。


「…… クゥ~ン」

「ん~、なんか怖がられちゃってるよぅ…… ごめんね」


「別に構わないさ、集落のチビ達にも最初は同じ態度を取られるしな」


アックスやランサーのように、日頃から仔ボルトたちの世話や遊び相手をしてやればまた反応が違うのかもしれない。


(来春からでも実践して見るべきか……)


そう遠くない先の事を思いつつも、仲良くなるのは一時諦めて先ほど厨房から持ってきた豆、赤芋、ハーブなどの粉末をまぶした乾燥鶏肉の入った器をミュリエルに渡す。


「………… (じゅるり)」

「あぅうぅ…… (ダメだぞ……)」


先ほど朝餉のベーコンエッグを喰ったばかりなのにと、無言で涎を垂らす子狐を(たしな)めてはいるが、コボルトの感覚ではあの鶏肉が旨そうに見えてしまって困りものだ。


それはさておき、一応は本日の予定を確認しておく必要がある。


「この後はまた畜舎まわりか?」

「うん、帰ってきた時くらい仕事しないとね…… よし、食べていいよ!」


「ワゥッ♪」


許可を得て嬉しそうにバロンがパクついている鶏肉も、全てヴェルハイムの畜産業があってのもので、その元締めは当然にヴェスト家となる。


帰郷してからのミュリエルは積極的に各畜舎を廻って乳牛や鶏、豚などの健康状態や飼育状況を確認し、流れで作業を手伝ったりもしていた。


必然的に俺もそこに加わる訳だが……


(狼混じりのコボルトが家畜の世話というのも微妙だな)


一匹の(ビースト)として自己同一性(アイデンティティ)に若干の疑問はあれども、楽しげな表情で支度(したく)に向かう彼女の背を追う。


そんな日々を過ごしているうちに、ディークベル家の嫡男と護衛たちが邸宅を訪れたのだった。

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