野盗と自警団 with 村長の娘
五匹のコボルトと赤毛の魔導士がヴィエル村の近くにて赤甲虫、所謂レッドインセクトと遭遇していた頃、目的地の村に忍び寄る十数名の軽装鎧姿に武装した集団があった。
ここ最近、ゼルグラの町を起点として都市ウォーレンを結ぶ街道、さらにヴィエル村へと延びる街道付近に野盗が出没しており、商人らが襲われて数名の死者が出ているとの報告が各ギルド支部に届いていた。
丁度、一月ほど前に駆け出しである “鉄” の冒険者たちが依頼を受けて、フェリアス領の東端のイーステリアの森に出かけた際、身ぐるみを剥がされたのが野盗による被害の始まりと推測されている。
先述のギルドで回覧されている野盗被害の報告書の備考欄には……
“第一、二被害者らは野盗ではなく、筋骨が異常発達したコボルトに襲われたと主張するも、特徴的な負傷が皆無なため信憑性は低い”
などと、書かれていた…… 気の毒なことである。
事実関係に一部の誤解を含んでいるものの、報告書の内容は概ね正しく、実際にその事件の直後から野盗の存在が噂されるようになった。
いつの時代でも一定数のならず者は存在する。
食い詰めた農民、金欠や血気盛んな傭兵崩れ、悪に手を染めた冒険者などその出自は様々だ。その中でも特に平時に食い詰めた傭兵などが略奪行為を行うことが一般的には知られている。
そして、その野盗から町や村を護るのも傭兵であり、そこに需要と供給を強引に成り立たせているという始末。悪質な場合、傭兵隊の半数が野盗役を演じて、残り半数が護衛役となり町や村を騙すことまであった。
なお、ヴィエル村へと向かう武装集団はそのような小賢しいものではなく、ただの野盗である。
彼らを率いる頭目の風貌は典型的な傭兵崩れといったところで、内側に金属片を結び付けたブリガンダインという鎧を着用し、手には相手の鎧を貫通することに特化した戦槌を持っていた。
「さて、いただく物を頂いて、さっさとこの領地から逃げるとするか……」
「お頭ぁ、結構長い間この領地にいやしたからねぇ…… そろそろ、尻尾を巻いて逃げないと、領主様の兵隊に狩られちまいますぜ」
基本的に野盗は流れ者である。一所に留まれば当然に警戒されて討伐対象になるため、一時的に悪事を働いた後はその地から去っていく。そのことは取り締まる側の領主も熟知しており、被害が許容できなくなるまで積極的に動かない選択をする者も多い。
本格的に討伐を行う場合、視界の悪い森や山中に潜んだ賊を人海戦術で捜索する必要があり、経済的なコストが馬鹿にならないからだ。
先程の軽薄な野盗の言葉もその現実を考慮したもので、これ以上の長居をすれば領主が本腰を入れて討伐に出る可能性を示唆していた。
「まぁ、ここを出ていくにしても路銀がいるからな、最後は派手にいきてぇところだ…… ギゼル、報告しろ」
「へい、ヴィエル村の人数は大体、40世帯180名程度ってところの小さな村ですわ。単純計算でガキを省いて、各世帯の中心となる男女が80名…… その内、男は半数の40名ですねぇ」
「なら、我が身を顧みず歯向かう素人は多くて10人前後だろう。勿論、問題は無いな、お前ら?」
頭目が振り返って眺める先には18名の手下の姿がある。
「お頭、ほぼ2対1で素人を縊り殺せばいいだけでしょう、余裕ですよ」
「ははッ、ちがわねぇな」
配下の野盗たちが残忍に笑う。
…… 歯向かってくる者の中に自分たちと同じ元傭兵や冒険者の一人や二人はいてもおかしくないが、頭目はそれを言わずに士気を上げることを優先し、思惑通りに気勢を上げる配下に言葉を続けた。
「一応、先に金目の物をさっさと出すように警告はするけどな…… 素直に言うことを聞けばそれに越したことは無い」
無駄に人的被害を出すと別の領地に逃げ込んでも追っ手が差し向けられる可能性があるため、その匙加減は野盗たちも考えていた。
しかし、彼らは知らなかったのだ。
少し前の収穫の時期、ヴィエル村の周囲に広がる畑周辺に甲虫型の魔物が発生して、作物を食い荒らしてしまったため、村には差し出せるものなどなかったことを。
暫しの後、野盗たちは武装した村の自警団員5人に守られた村長の娘を名乗る少女と村の入り口で対峙することになった。
……………
………
…
「で、剣を向けるということはだ…… 従う気はねぇんだな?」
「さっきから言ってるでしょう、この村には差し出せる物はありませんッ」
野盗の頭目が交渉に出てきた少女を睨む。
「待たせておいて、それが返事なのか…… 誠意が足りねぇなぁッ!」
「ッ……」
厳つい顔で怒鳴られて少女は怯えを見せる。
数ヶ月前から病に臥せってまともに歩くことができない父を慮り、母が止めるのを振り切って出てきたものの、彼女はただの村娘に過ぎない。
その彼女を庇うように村の自警団員の男たちが前に進みでた。
「…… お前ら、そんなナリでやる気なのか?」
自警団員たちの装備は使い古したレザーアーマーに切れ味の悪そうな剣などであり、お世辞にも強そうには見えない。
「いいぜぇ、俺が相手してやんよ」
野盗たちは薄ら笑いで囃し立てるが、気丈に野盗たちと対峙する少女に退く気配は無いようだ。双方が睨み合いを続ける最中、野盗の一人が何かを見つけて大声を上げる。
「お頭、アレを見てくれッ!」
自警団員が時間を稼いでいる間に、子供を連れたヴィエル村の人々がこっそりと逃げ出している姿を見咎められてしまう。
「おいッ、お前ら何勝手に逃げてやがるんだよッ!!」
”どうやら、これ以上は時間を稼ぐことは無理そうね”
と村長の娘、マリルは歯噛みした……
読んでくださる皆様には本当に感謝です!!
拙い作品ではありますが、頑張って書いて行こうという励みになります。