冒険者宛の郵便物はギルドに届きます
そうしてから周囲を見渡せば、満席の店内では慌ただしく給仕の少女二人が料理を運び、このギルドで最初に対応をしてくれた受付嬢さんもヘルプに入っている。
(皆、褒賞金をたんまり持っているからな……)
それでも、騒がしい雰囲気が抑えられているのは討伐戦で少なくない冒険者が落命し、共に歩んできた仲間を失った連中も多いからだろう。
若手の冒険者が巨大蟻どもに噛み殺されて前衛の一角が崩れかけた時など、リベルトも負荷が増えて巻き添えで殺られそうになっていた。
一瞬だけその光景を思い出していると、アレスが快活そうなポニーテールの少女に手を掲げて声を出す。
「エイルッ、追加の注文を頼む!」
「ちょっと待ってね、アレスさん、すぐに行くからッ」
チラリとこちらを一瞥した彼女は木製トレーに載せた料理皿を掴み、手早くグレイス嬢とエドガーの陣取るテーブルに並べていく。
意識がそちらに向いたせいか…… 人化により劣化していると謂えども、人族よりも敏感な聴覚が “美味しいところを妙なコボルトが持っていきやがった” とか、“うぅ、私の褒賞がぁ” なんて言葉を拾った。
それを聞こえなかった事にしていると、後ろで纏めた藍色の髪を揺らしてエイルと呼ばれた少女が傍に寄ってくる。
「クォンッ、クゥクゥ ワゥ~♪ (兄ちゃんッ、コロコロの肉~♪)」
「うわぁ~ッ、可愛い子狐ちゃんですね!!」
「ありがとう、以前ここで食べた角切り鹿肉はあるか?」
基本的に食堂などで頼めるのはその時にある食材で調理できるものだけで、日替わりの肉料理とスープ、後はライ麦か小麦のパンくらいだ。
保存が利く干し肉、鱈などの干物や乾燥豆を使った料理は食べられる確率が高いものの、前回の料理は新鮮な鹿肉だったので確認をしておく必要があった。
「大丈夫です、皆さんの帰還に備えて仕入れた鹿肉がまだ残ってます♪」
「では、角切り鹿肉を二食分とライ麦パン…… スープは?」
「今日は鮭の干物と冬野菜を煮込んだものです」
「それも頼む、あと取り分ける小さめの皿をくれ」
最後に子狐妹を指差して注文を済ませればエイルから値段が告げられ、肉料理、スープ、パンに対応した酒場独自の鉄貨と手持ちの貨幣を交換する。
当初はアレスたちの奢りだったので気にしてなかったが…… これをテーブルに載せておけば給仕が注文内容を確認できるという寸法のため、俺は受け取った鉄貨を見えやすい場所に置いた。
その所作を眺めた後、給仕の少女はペコリと頭を下げて厨房に向かい、入れ代わりで駆り出された受付嬢のセティさんが先に頼んでいた皆の料理を運んでくる。
「お待たせしました、料理を並べさせて貰いますね」
いつもの朗らかな営業スマイルを浮かべた彼女は件の鮭と冬野菜のスープやパン、猪肉の香草焼きをテーブルに並べて鉄貨を回収し、ちらりとこちらに視線を合わせてきた。
「アーチャーさん、討伐の実績評価は所属するゼルグラのギルドにも通達を出しておきますね、他の条件さえ満たしていたら私が昇格手続きをしたのですけど……」
受付嬢という日常的に冒険者と接するがゆえの飾り気ない態度に加え、年齢も二十代前後で人の振りをしている俺と然ほど変わらないため、あまり気を遣わずに率直な言葉を返す。
「いや、よく考えられている仕組みだし、何も不満は無いさ」
「先に実績評価を満たしちゃうと、そう思ってくれない方も多いんです」
等級昇格に関しては各段階での実績評価と依頼達成件数、ギルド在籍期間の三つが必要であり、俺が “黒鉄” の冒険者となるには後者の二つが圧倒的に足りない。
それは公爵殿にヴァリアント討伐の献策をしたミュリエルも同じくだ。
「うぅ~、私も実績評価だけなら “銀” 等級なんだよぅ」
「別にいいじゃないの、そこで足止め喰ってなさいよ」
「一人だけ抜け駆けはさせないぜ、直ぐに追い付いてやる」
呟きに反応したミレアが陽気に揶揄って、リベルトもそれに便乗していたら、俺たちのテーブルを離れようとしたセティさんが動きを止める。
「そうそう、ミュリエルさん宛の手紙をまたギルドで預かっているから、帰り掛けに受け取りに来てくださいね」
「あぅ…… 分かりました」
昔から方々に出掛ける冒険者に対して、所属ギルドへ郵便物を預けるのは東西問わずに慣例となっているため、本職が受付嬢の彼女は一言だけ残して併設酒場の喧騒に紛れていった。
何やら、受け取る側のミュリエルは憂鬱そうだが…… 聞いて欲しければ自分から話すだろうし、互いの事情には余り踏み込まない冒険者らしく振舞おう。
と、思っていたらミレアが再び速攻で絡んでいく。
「また、例の “結婚しなさい” っていう実家からの手紙かな?」
「貴族のご令嬢様は大変だなぁ」
「…… 街の行政官を務める領地なし貴族の娘に過ぎないんだけどね」
なお、貴族娘の婚期は市井の街娘よりも早く、十代後半で嫁ぐのが慣例だ。
例外的に才覚のある術師や学者、楽師などは好き勝手にやっているが…… 確か、家族と揉めている者も多いと記憶にあった。
「先ずは手紙を受け取らないと、身内からとも限らないだろう」
「ん、アーチャーの言う通りだね…… 取り敢えずは夕食だよ」
“この話は終わり” という感じでミュリエルがフォークに手を伸ばし、まだ料理の来ていない俺にミレアが断りを入れてくる。
「先に頂くわね、良い?」
「構わない…… というより、俺の注文もきた」
作り置きの料理や仕込を済ませた食材があるためか、長く待たされる事無く注文した料理がエイルの手から並べられ、皆と談笑したり、妹に催促されたりしつつも賑やかな夕食は進んでいく。
暫時の後、何気に角切り鹿肉のガーリックバター焼きは上手かったなと兄妹共々満足し、冒険者ギルドの併設酒場を辞して “四つ葉の白詰草亭” に戻った時には、既に手紙の話など頭から抜けていた訳だが……
翌早朝、俺たちはミュリエルが宿部屋の扉をノックする音で起こされる。
読んでくださる皆様の応援で日々更新できております、本当に感謝です!
ブクマや評価などで応援してもらえると嬉しいです♪




