お金で買えるモノは沢山あるけど、本当に欲しいモノは大抵買えない
後日、帰還したバスターからボロボロになった大剣を渡され、修繕を頼まれたスミスが工房で独りブチ切れながらも槌を振るっていたその頃、そこから北に二日ほど離れた中核都市ウォーレンの公爵邸では……
午後の柔らかな陽光が窓から差し込む執務室へ、騎士エルドリックが鎧に付着する汚れを綺麗に落とした姿で報告へ赴いていた。
「…… 以上が今回のヴァリアント討伐の顛末です」
「ご苦労、詳細は書面で提出してもらおう、下がって良いぞ」
「お疲れ様でした、エルドリック卿」
部屋に控えていた侍従のデリアが労いの言葉を掛け、自然な動作で内側に扉を開いて退出を促すが、彼の騎士は踵を返さずに躊躇いつつも口を開く。
「少々よろしいでしょうか、閣下?」
「許す、申してみろ」
「戦死した衛兵たちの件ですが…… 遺族に手厚い加護をお願い致します」
「当然だな、同じく戦い果てた冒険者らを含めて配慮しよう」
快く応じた主に無言で深く頭を下げた後、エルドリックは執務室を辞した。
「…… 聞いていたな、金回りの手配は頼む」
デリアはヴァリアント被害で避難してきたグラウ村の者たちの生活支援費、襲われた村の再興に係る費用の概算書類を思い返し、暫時の思考を挟んで公爵に応える。
「承知致しました、対象者がいないクイーン討伐の報酬を資金に加えても?」
ヴァリアント・クイーンは脅威度Bに該当する危険種であり、在野の高位冒険者たちが対応できる限界の魔物であるため、フェリアス公爵は相応の褒賞金額を提示していた。
「構わんが、それでも一時的な経済支援に留まるか…… 歯がゆいな」
それを遺族補償の足しにするのは吝かではないものの、領内の運営資金には限りがあるのも事実で、立場ある者として無責任な大盤振る舞いはできない。
「仕方ありません、公爵様、“地獄への道は善意で舗装されている” とも言います」
統治を批判したいだけの輩であれば善意を振りかざして施策を批判するだろうが、財政状況を適切に把握していれば、自滅へ至る道にしか見えない事も多々ある。
例えば、明日から一切税金は要らないと言うのは簡単であっても、行政機関が機能せずに都市が荒廃して、数年も経てば貧民街に領民の遺体が転がり兼ねない。
「難しいものだ……」
「そう思える領主を持つだけで、フェリアス領の臣民は幸せですよ」
“それにしても” と彼女は続ける。
「クイーンを討った銀毛のステッペン・コボルトって……」
「そんな規格外が何匹もいては堪らんよ、恐らく件の聖獣殿だろう」
溜め息を吐くフェリアス公に追い打ちを掛ける意図があるのか、数日後にヴィエル村から届くコボルトたちに関する報告書は身も蓋もないもので……
やたらと丸っこく書かれた村長代理マリルの可愛らしい文字を一生懸命に読んだため、彼は得も言われぬ徒労感に包まれるのだった。
そんな気苦労など露知らず、人の皮を被った銀毛の狼犬人は冒険者ギルドで報酬を貰い受けてから、三軒隣の宿屋 “四つ葉の白詰草亭” で夕刻の鐘まで身体を休め、ご機嫌な子狐妹を肩に載せたまま再び併設酒場へと繰り出していく。
「クォン、クルァオウ ガゥオァアン♪
(兄ちゃん、美味しい物たべたいよぅ♪)」
何度か町についてくる事もあったダガーはお金があれば食べ物が買える事を理解しており、肩の上で忙しなくフミフミと足踏みの催促をしてくる。
普段は能天気な彼女であるが、日頃の教育もあって理解力が乏しいわけでは無いのだ。先程、部屋でずっしりとした貨幣の入った袋の紐を解き、少量の金貨や多めの銀貨を確認して目をキラキラと輝かせていた。
(お金の価値を理解してくれたのは良いとして…… 余り執着させないのも大事か?)
お金で買えるモノは沢山あるし、相手や状況によっては心や尊厳ですら買えるものの、本当に欲しいモノは金で買えない事を俺は知っている。
最たるものは真なる信頼や愛、強靭な肉体、鋼の如き精神などだろう。
どれも金を積んで手に入る部類ではない。
(まぁ、猛者を雇う事は出来るけどな……)
ふと、祖国アトスの名望家、つまりは東西の諸国が織りなす戦争の歴史において西方文化を取り入れた東方諸国の貴族家だが、その当主から以前に傭兵団へ託された依頼を思い出す。
跡継ぎの嫡男に魔獣討伐の実績を積ませるという内容で、本人は剣を振る必要すらないというものだ。そうして得た虚構の名声に何の意味があるのか?
「ふむ、実態が伴わなければ価値などない」
少なくとも俺は本当に欲しいモノならば自らの手で掴み取りたい、例え非効率で愚かに思えても、その行為が仲間を危険に晒さない限りは……
ざっくりと結論付けて肩に掌を回し、子狐の頭をポフポフしながらギルドの扉を潜って騒がしい併設酒場の中を見渡せば、先に酒場へ来ていたミュリエル達を発見した。
「お~い、こっちだ!!」
視線の絡んだアレスは琥珀色の液体が入ったジョッキを掲げ、都市で療養していた弓使いのミレアも此方に向けて小さく手を振る。
「大活躍だったらしいわね、近衛種を二匹も倒したとか?」
「だよな、今日はアーチャーさんの奢りという事で!」
「ちょっと待て、リベルト…… 何故そうなる?」
「褒賞金、俺たちより貰っているだろう、いいじゃないか」
確かに冒険者隊を指揮していた手練れの二人、グレイス嬢やエドガーの申告で近衛種の大型蟻二匹分の追加褒賞を貰いはしたが、奢る義理は無いので軽く酔い始めている軽装戦士を適当にあしらう。
「も~、リベルト、あんまり無理を言っちゃダメだよぅ…… あ、こっち座って♪」
植物油の節約の為か、薄暗く室内を照らすランプに艶のある赤毛を照らされたミュリエルが椅子を軽く叩き、自身の隣に座るように促してきたので、俺は素直に従って腰を下ろした。
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