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わぉあ、うぉる! By マリル

冬場の曇り空の下、広場では狩猟から戻った数匹のコボルトが焚火を囲み、手を翳して暖を取っている様子が窺える。


(炎を扱う術師系のコボルトもいるって、知ってたけど……)


先導されたマリルが彼らの傍を通り過ぎる際、目に付いたのは火打石と火打金であり、火属性魔法のような個々の資質に依存するものでは無く、誰もが扱えるような文明的な手法で着火されたようだ。


「…… 川に揚水車があったし、水路も外縁部まで延びてたよね」


「ちょっとした村じゃないか」

「考えを改める必要があるな……」


自警団員たちの言う通り、想像よりも文明化しているようで驚きを禁じ得ない。


動揺しつつも視線を転じて彼女が案内される先を見れば、蒼い毛並を持つ大柄な犬人が水を入れた鉄鍋を火にかけ、適当な種類の乾燥ハーブを選んでお茶の準備をしている。


「ワゥ、ウォルアン」

『やぁ、こんにちは』


人懐っこい表情を浮かべた蒼色巨躯の犬人が何やら言葉を発すれば、ヴィエル村の者たちに付き添う小麦肌をしたエルフ族の娘が大陸共通語に通訳してくれるが…… 疑問は膨らむばかりだ。


(そもそも、何故エルフがいるのよッ!?)


昼食を挟んで猫人職人たちの帰りを待つこと一時間半余り、姿を現したのは二人に代わって迎えに来たという黒曜のエルフと多少の縁がある長身瘦躯の犬人であった。


初めて出会う容姿端麗なエルフの娘がその犬人と視線を交わらせ、“がぅがぅ” 話し始める姿に驚愕したのは記憶に新しい。


ともあれ、マリルは気を取り直して蒼色巨躯の犬人に視線を合わせる。


「初めまして、じゃないわね…… 蒼いコボルトさん、以前はありがとう」

『がるぉうあ、るぁおおうぅ…… くぁがぉるうぉ、わぅお わおぁあん』


「ン、ワフィオン?」

『ん、何のこと?』


不思議そうに首を傾げるのが微妙に可愛いかもと思いながら、彼女が野盗に襲われた時の事を話して礼を言えば、“あぁ、なるほど” といった様子で蒼い犬人が頷く。


「グォアルオ ウワォアウ~

『そんなこともあったね~』


などと軽い言葉で返して、彼は数種類のハーブを清潔な麻布に包み込んで鉄鍋へ投じ、木匙で瓶から掬った蜂蜜を加えて混ぜ込んだ。


その手慣れた所作に感心しつつ、何度か助けてくれた事のある長身痩躯の犬人にも丁寧な謝意を伝えた後、彼女は改めて二匹に会釈をする。


「ヴィエル村の村長代理を務めるマリルです、よろしくね」

『ぐぁうるがぁお ぐるぁおわぅう くぁるわぅ、うぁおおん』


「俺は自警団長のゼノだ」

『ぐるぅ がるぐぁう ぐお』


いつもの猫を被って楚々とした態度を繕い、彼女が蒼い犬人へ挨拶するのに合わせ、自警団員らも各々が頭を下げていく。


「グルゥ ワゥウッ、ウルォアァオ クォルゥ」

『僕はアックスだよ、仲良くできると嬉しい』


朗らかに応じるその傍には無骨な戦斧と盾が置かれており、筋骨隆々な巨躯と相まって穏やかなその犬人が武人である事を示していた。


(戦斧で野盗を殴り飛ばしていたものね……)


かつての一幕を思い出しながらもマリルは勧められるままに皆と焚火を囲んで座り、持参した土産をゼノから受け取って差し出す。


「村で作った麦酒と林檎よ、貰ってくれる?」

『がぁうがるぁう ぐぉうぅくぁうる、くるぁおぅ?』


「ガオゥ、グルォオン……」

『一応、頂いておこう……』


麦酒と林檎の入った麻袋を手に取り、ブレイザーは軽くそれに鼻先を当てて匂いを確かめ、毒物の有無などを確認した上でアックスへと手渡した。


「ワォアンッ、グルゥアガルォ~♪」

『ありがとう、僕からはこれを~♪』


事前に準備されていた事から返礼というわけでもないのだろうが、ウッドマグに淹れたローズマリーの香りがするハーブティをヴィエル村の皆が振舞われる。


この木製マグ一つにしても木材からノミで型を削り出し、淡水貝の殻を微細に砕いた粉を(にかわ)で張り付けた “研磨布(けんまぬの)” で磨き上げる必要があり、もしコボルトたちが自前で作っているのならば中々の腕前だ。


「これは…… 貴方が作ったの?」

『がるぉ…… ぐるぅお がるぁう?』


「グルファウゥ、ウァウオァアオオン」

『僕じゃなくて、スミスたちだけどね』


その答えにマリルは静かに頷いてハーブティを啜り、ひと息入れてから村長代理としての思索を巡らせていく。


(うん、木材を加工する技量が高ければ食器の類などを購入して近隣の町で売れるかも? それに乾燥ハーブや生薬も頼めば調達してくれるかな……)


ヴィエル村が潤う可能性は別として、生活水源であるスティーレ川の上流を押さえているコボルトたちとは友好的な関係を築く必要があり、交易を持つことはその手段と成り得た。


もし希少性のある物品が手に入るなら、聖域の森に出入りを認められている自分たちが独占的に販売できる事も、村の舵取りに関わる彼女としては見過ごせない。


なお、挙句の果てに家事スキルの高い彼女が犬人たちの抜け毛をもらって、無駄に完成度の高い “フェルト製コボルト人形” を作り、ミュリエルから小銭を巻き上げるのは後日の話となる。


それはさておき、当たり障りのない会話に応じつつも、思惑を纏め終えたマリルはちらりと集落全体へ視線を流す。


「この様子だと特に問題なさそうね」

「確かに長閑なもんだな……」


小声で零した言葉をゼノがさりげなく拾って同意を示した。


実は中核都市のフェリアス領行政庁を経由して、領主から聖域のコボルトたちの状況を村長代理の立場で報告するように依頼されていたりする。


(まぁ、二度も助けられた恩を仇で返す気もないけど……)


一応、エルフが棲み着いている事や、かなり文明化している事も伏せたほうが良いよねとマリルが思案していると、先程から表情豊かな彼女を眺めていたブレイザーが口を挟む。


「…… グォウル、ウォオオゥ ヴォルワファアウ?」

『…… ところで、此処に来た用件は何かあるのか?』


「ううん、今日は隣人としての挨拶だけよ」

『くぅん、ぐぅあ くぉあうる がぅおうぅ』


さらりと返された言葉にブレイザーは訝しむも、アックスが疑いなく受け入れてしまうため、終始穏やかな雰囲気で焚火を囲んだ村人たちとの会話は進んでいくが……


(うぅ…… 通訳、大変…… 安請け合い、したかも?)


ひたすら脇役に徹するセリカがやや疲労してきた事もあり、カンテラと植物油は用意しているものの、日が暮れる前に森の外縁部まで戻りたいと考えていたマリルたちは程々に話を切り上げた。


時間が押しているのか、手短に垂れ耳のコボルトたちの家で一泊してからルクア村に戻るらしいバラックとグリマーに別れを告げ、その足で集落の外れに向かう。


そこで最期にマリルは見送りにきたブレイザーとアックスにくるりと振り返り、少し照れた表情でセリカから教えてもらった簡単な言葉を口にする。


「わぉあ、うぉる! (じゃあ、またね!)」


「ヴォアルオウゥ…… (機会があればな……)」

「ウォルクアァオウゥ (気をつけて帰るんだよぅ)」


面喰いながらも別れの挨拶に応じる二匹へ背を向けて、彼女と自警団員たちは午後の森を歩み去り、聖域に棲まうコボルトたちのいつもと少し違った一日は過ぎていった。

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