エルフの森化計画、ゆる~く進行中?
猫人たちを先頭に木々の中を進むこと一刻程、犬人族の集落まである程度の距離を残したスティーレ川の岸辺で彼らが足を止めて、続く村人たちへ振り返る。
「どうしたの、二人とも?」
疑問符を浮かべるマリルは以前に行方不明となった幼女を探しに出た時よりも、より活動的な装いとなっていた。
腰に吊るした剣帯には黒鉄の鉈剣と刺突短剣の二本が収まり、身体にフィットする上着に軽装鎧を纏い、動き易いように深いスリットがあるスカートからは防寒用の黒いストッキングに包まれた脚が覗く。
取り敢えず形から入る性格なのか、一見すると立派な冒険者だが…… 吸血妖樹に襲われた後から自警団に混じって鍛錬を始めた素人に過ぎない。
そんな彼女に向けて、“見た目だけならリズよりも強そうだな” と呆れつつもバラックが口を開いた。
「先に犬人たちに確認を取ってくるから、待っていてくれ」
「此処だと川を辿れば、事後の合流に困らないだろう」
「そういうことね…… 押しかけるのも印象が悪いのかしら、ゼノさん?」
「だろうな、二人に任せよう」
猫人鍛冶師の言葉を継いだグリマーの説明通り、待つのに適した場所ではあるため、了承したマリルが手頃な大きさの岩を見つけて腰を下ろす。
さりげなく三人の自警団員たちが彼女の周囲を固めるのを見て、少々押しの強そうな娘ではあるが、大事にされているなと微笑ながら猫人たちはスティーレ川を遡上していく。
その様子を木々の合間に身を隠して窺い、小声で話し合う胡乱な野獣たちが……
「ウォ、ガゥルグァル グォアァガゥルォ…… ガオァ?
(確か、群れに暫く混じっていた猫耳と…… 人間?)」
「ガゥルウァ クァオウァアウゥ、ウルァウォオン……
(猫耳たちは集落にくるかもな、知らせておくか……)」
狩りに出たばかりの彼らは踵を返して集落へと駆け出し、猫人職人の再来訪は長身痩躯のコボルトが知るところになる。
(ふむ、以前の猫人という事は…… あいつらのうち二匹か)
顎に片手を添えて、集落の広場の端に立つ樹木へ背を預けたブレイザーが瞑目し、木材加工や製鉄、植物を増やす事に長けた三人の猫人を思い出す。
彼らがもたらした技術で栽培された赤芋や豆類は冬の貴重な食料となっており、自身も食べているために感謝が無いわけではない。
「ガゥ、ガルオァアオゥ グルォアルォン……
(ちッ、無下に扱うのも気が引けやがるぜ……)」
取り急ぎ戻ってきた四歳世代の雄二匹に短く礼を述べ、広場に設えたテントの外で火を起して淹れたハーブティーを啜り、ドングリの粉と蜂蜜で作ったクッキーを齧っているエルフ族の狩人セリカの下に歩み寄る。
「ん、わふぃ…… くぁうぅ
(ん、何か…… 用事なの)」
「クルゥ ウルオォン、ガルヴ ウォルアゥオウゥ?
(猫人を迎えにいく、言葉を取り成してくれるか?)」
彼女は少し考え込んだ後、急ぎの用事がない事を確認してから ”まぁ、それなら” という感じで頷いた。
なお、この地に派遣されたエルフたちの至上命題は新しい世界樹を育成し、王都エルファストの世界樹 ”永遠” と地脈を通じて接続する事であり、悠久たる時の中でいずれは自種族の多くも共に棲む森になるという打算があったりする。
その観点から言えば、同じ森の民として犬人族とは良い関係性を築いておくに越した事は無い。さらに今は生活や狩猟の場を共有しているため、日々の暮らしの中で情が湧くのもあった。
「仲良くが、一番……」
ぽつりと呟いたセリカは手にしたクッキーを口に放り込み、ハーブティーを飲み干してから傍に置いてあったエルフィンボウを掴んで立ち上がる。
「おぉん…… (行こう……)」
「クルゥオァ (感謝するぜ)」
短く彼女と言葉を交わしたブレイザーは周囲を見渡して、乾燥させた緑黄豆を鉄鍋で湯戻し、愛用のハンマーで岩塩を砕いて放り込んでいたスミスにも声を掛け、仲間から報告のあったスティーレ川の下流域へ向かった。
件の猫人たちが川沿いを遡上していた事もあって然程の距離を歩くことなく、早々にその姿を視界へ収めたスミスが嬉しそうに尻尾を振りながら駆け寄っていく。
「グアックワァウ グァルーウォッ!!
(バラックの兄者にグリマーさんッ!!)」
「ははッ、なに言ってるかわかんねぇけど元気そうだなスミス!」
「久しぶりだね、小柄な垂れ耳君」
言葉は通じずとも歓迎されている事は分かるため、二人は自然と表情を綻ばせて出迎えに応じながら、続く一人と一匹にも視線を向けた。
「確か、そっちの黒エルフさんはルクア村で会った…… セリカさんだね」
「うん…… 私が通訳してあげる」
「ブレイザー、あんたが顔を出してくれるのも珍しいな」
『わぉあん、くぅあお がぉるあうおぉうぅ くうぁおう』
早速、セリカに言葉を訳してもらった長身痩躯のコボルトがやや素っ気ない態度で返す。
「グゥアウ…… ヴォァル ガオァォウル クルウォアウ?」
『偶にはな…… それより人間と一緒にいたそうだが?』
「…… 見てたのかよ、縄張りが広いな」
『…… うぉるあぁん、わぉおぅくるう』
実際は水辺を辿って狩りに出た仲間が鉢合わせただけであるが、敢えて言わずに警戒意識を与えておく姿勢にブレイザーの性格が垣間見える中、猫人らがマリルたちの件を話した。
(面倒だから帰れ、と言いたいが……)
即時性や臨機応変さを求められる犬人族の群れに於いて、遅延なく判断を下せる最も序列の高い個体が決定権を持つという慣習がある。
先日、冬場に姿を隠す獲物を求めて遠出した群れの二匹が戻らず、望みは薄いとしても捜索に出たバスターとランサーたちも不在の為、現状でヴィエル村の者に対して判断を下すのはアックスだ。
(猫人族との付き合いもあるし、あいつの性格だと了承しそうだな)
加えてヴィエル村とも多少の縁があるため、温厚な蒼色巨躯のコボルトが “別に良いんじゃないかなぁ” などと言う場面が脳裏を掠めるも、勝手に追い返せば群れの秩序と調和を乱してしまう。
軽く溜め息を吐き、彼は黒曜のエルフ娘の通訳を挟んで猫人たちと言葉を交わしながら、確認するために来た道を戻っていく。
そうして予想通りの言葉を幼馴染から受け取り、再び川沿いに森の外側へ進んでマリルたちを拾った後、ブレイザーとセリカが集落に帰還したのは昼過ぎとなった。
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