ヴィエル村での一幕
そして、出稼ぎに出た銀毛の狼犬人がヴァリアント騒動に巻き込まれていた頃、カブやグリュンコールの畑に霜が降り、寒さも深まってきたヴィエル村にはケモ耳を生やした猫人職人たちの姿があった。
寒さが本格的になるこの時期は木材などを用意した上で、徒歩半日ほどの距離にある村の母体となったゼルグラの町から大工を招き、家屋や水車、農具などの修繕を行うのだが……
今年はいつも依頼している馴染みの大工が晩夏に大怪我をして、弟子たちだけでは仕事が滞って大変な状況となっている。
故に村長代理を務めるマリルが交流のあるルクア村に人を送って大工仕事を頼み、快く引き受けた猫人大工のグリマーが護衛と手伝いを兼ねたバラックを連れて村へ訪れたのが六日前だ。
二人で隙間風が入らないように家壁の漆喰を塗り直したり、収穫期や秋撒き野菜の畑で酷使された農具を修繕したりと八面六臂の活躍である。
ただ、最後に残った水車の滑り軸受交換は人手が必要な作業であり、水車小屋にはマリルに声を掛けられた数名の村人が集まっていた。
彼らが手頃な大きさの石を積み上げて川の流れを堰き止めた後、小さく揺れるだけとなった水車を持ち上げると、素早くグリマーが摩耗した木製軸受を取り換える。
「よし、ゆっくりと軸受けに心棒を乗せてくれ」
「分かりました、よいしょっと!」
「木組みとは言え、結構重いよな……」
「皆、頑張って~♪」
眺めているだけのマリルが満面の笑顔で送る応援を受け、村人たちは保持していた水車を徐々に降ろして、新しく製作された木製軸受に心棒を乗せていく。
その軸受に設えられた半円状の “窪み” と心棒に彫られた “溝” が噛み合うと、彼は真剣な目つきで互いの持つ曲面が一致しているかを確認した。
齟齬が大きければ回転の軸がぶれ、水車全体に微細な負荷が蓄積して寿命を縮めてしまうため、かなりの精度が求められるのだ。
「バラック君! 大丈夫だと思うけど、一応見てもらえるか?」
「ちょっと待ってくれよ…… 」
さっきまでヴィエル村の人々に混じり、水車を持ち上げていた鍛冶屋の倅が顔を近づけ、矯めつ眇めつして接触部の状態を眺める。
「良いんじゃないか、さすがだな」
「私をおだてても、おがくずしか出ないよ? それに君の親父さんに造ってもらった “廻挽鋸” の精度が素晴らしいお陰さ」
などと嘯きながら腰元のツールホルダーに収まる逸品をポンポンと叩くのに釣られ、繊細な加工が難しい黒鉄できめ細かな目立てをやってみせた父親のドヤ顔が脳裏に浮かび、バラックは思わず苦笑いをしてしまう。
してやったりという表情をしつつもグリマーは接合部に菜種油を染み込ませ、雨で流れてしまわないように屋根板を被せた。
「こんなものかな…… マリルさん、注油は隔日で多量にやるより、毎日適量ずつやるほうが傷みにくいよ」
「うぅ、気をつけるわ…… うちの自警団が!」
「俺たちかよッ!!」
水車の注油を活動に追加されそうになった自警団長のゼノが異を唱え、どさくさ紛れに自分の仕事を減らそうとするうら若き村長代行と揉めているが、これで予定していた全ての修繕は終わった事になる。
「さて、後は報酬を貰ってルクア村に帰るだけだね」
「それなんだがよ、ついでに犬人の集落に寄らないか?」
此処から犬人族の集落は位置的に近く、現状ではエルフたちもいるため、もしアーチャーが不在でも意思疎通はできると考えたバラックの提案にグリマーが頷く。
「悪くないね、スミス君の顔でも見に行こう」
「あれから腕を上げているか、確かめてやるぜ」
別れ際に幾つか工具や鍛冶道具を小柄な垂れ耳コボルトへ譲渡した事もあり、その扱いによる摩耗状態から仕事に対する姿勢などが分かったりもするのだ。
猫人職人たちがそんな話をしていると、いつの間にやらマリルとゼノが押し問答を止めて二人の会話に聞き耳を立てていた。それに留まらず、他の村人らも何やら興味のありそうな視線を向けている。
「ねぇ、二人とも、猫人族って聖域のコボルトたちと交流があるの?」
「私たちの村が小鬼族に襲われた時、助力してもらってね」
「それって、銀毛のハイ・コボルトの群れかな……」
「多分あってるぜ、最後に会った時はコボルトって雰囲気じゃなかったけどな」
今や希少種でイーステリアの森中部には棲んでいないため、人狼族など見た事はないが…… 以前よりも引き締まった体躯に鋭い牙を覗かせて笑うアーチャーを思い出して、きっとあんな感じだろうとバラックはふと思う。
小鬼族の襲撃を経て、己を鍛え抜くウォレスの姿に触発された猫人族の戦士たちも修練を重ねたが、主要な犬人族の戦士との差は縮まった気がしない。
(まぁ、あいつら数匹だけが異常なんだけどな……)
尻尾をくねらせながら暫し思考に意識を割く彼の視線の先では、マリルとゼノを中心に村人たちが寄り合って相談を始めており、訝し気にその様子を窺っていたグリマーに話を切り出してくる。
「えっと、コボルトたちのいる森は聖域だから村人以外は立ち入り禁止なの……」
「ふむ、私たちは森の民でね…… フェリアス公にルクア村を認めてもらっているけど領民じゃないし、信仰するのは “原初のエルフ” 様だよ」
“鎮守の杜” に連なる森林地帯の猫人族や蜥蜴人族などはエルフたちの影響を受けているため、ルクア村の住民のようにエルフの祖とされる森と豊穣の女神アーティを信仰する者も多いのだ。
そんな彼らにとって聖堂教会の定めた聖域に然したる意味は無く、人族も公然と国家や教会の権威を否定するなどの事件を起こさない限り、現地周辺に棲む亜人種との衝突を避けるために干渉を控えている。
「う~、そう言われると引き留められないよ…… でも、これは機会なのかも」
何やら考え込んで頷いたマリルが再びゼノと言葉を交わした後、二人に向き合う。
「ねぇ、私たちも一緒に行って良い?」
「居場所の見当は付いているんだが、接点があまりなくてな……」
「別に構わないか…… どうだろう、グリマーさん?」
「そうだね、集落の事を把握している者は相応にいる訳だし」
以前、ルクア村へ立ち寄ったアーチャーが買い物をした際、所持していた王国貨幣に疑問を感じたバラックが王都での出来事や、発端となった魔導騎士らの話を聞いており、犬人族の所在を王国側が把握していることは二人とも知っている。
ならばという事で猫人職人たちはお願いを受け入れ、翌日の朝早くからマリルとゼノを含む四人と一緒にヴィエル村を発ち、平原を越えてイーステリアの森中部へと足を踏み入れた。
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