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腹が減っては戦はできぬけど、終わっても腹は減るのさ

冬場のために落ちるのが早い太陽が赤く照らす平原に幾つも巨大蟻の遺骸が横たわり、所々に戦いの中で命を落とした衛兵や冒険者たちの遺体も混じる光景を眺め、肩を並べて戦った者達への黙祷を捧げる。


「…… 全部終わったけど、犠牲も大きいよぅ」

「戦えば被害は避けられないさ」


そっと隣に並んで声を掛けてきたミュリエルに応えて少し寂し気な横顔を見遣れば、湿っぽい雰囲気が嫌いなのか横合いからアレスが口を挟む。


「討伐準備の間にウォーレンからドレスデの町に向かった商隊が襲われて全滅したって報告もあったし、近郊の耕作地でも町民数名が殺られている…… 放置はできないだろう」


「うん、後手にまわると被害が増えちゃうよね……」


彼女の言葉の通り、冬を越えればヴァリアントたちも活発になるし、個体数が増えて周囲の狩り場でエサを獲り尽くし、今よりも都市や町に近い場所に巣穴を移す危険性もある。


さらに巣で生まれた新女王が春の繁殖期に旅立って、同じく旅をしてきた羽付きの雄蟻と出会えば新たな巣穴ができてしまう。


(それが、イーステリアの森とかだったら最悪だからな)


正直なところ、俺たちの群れで二百数十匹の巨大蟻を相手にするのは無理があり、ルクア村近郊の居留地まで戦略的撤退を強いられるのは明白だ。そう考えれば、ここでヴァリアントの巣穴を潰せた事は其れなりに価値があるな……


密かに軽く頷いて視線を再び平原に向ければ、戦いの興奮から醒めた討伐隊の面々が疲れた身体を動かし、至る場所で事後処理に取り掛かっていた。


原則として、戦い果てた者の仲間や知己(ちき)がその故人を弔うのだが、他の者も突っ立っている訳にいかないため、同様に眺めていたリベルトが皆を促す。


「なぁ、俺たちも手伝いにいこうぜ」

「あー、後もうひと頑張りだな……よしッ!」


げんなりした表情を振り切って気合を入れるアレスに続き、一人だけ向かう先が違うミュリエルの肩を軽く叩いてから俺も歩を進める。


「ちょっと行ってくる、また後でな……」

「ん、私は治癒組に混じってるよぅ」


聖属性の適性を持つ者は大抵が彼女のようにヒーリングライトの魔法を行使できるため、戦闘直後に招集されて本陣で負傷者の治癒を担当するのだ。


一方、俺たちのような肉体労働組はまだ息のある巨大蟻へ止めを刺して安全を確保しつつ、戦死者を一箇所に集めて身元確認の後に埋葬する。


その指揮は討伐隊に参加している聖堂教会に属する神官で最も地位が高いという事もあり、顔見知りの戦士ザックスの仲間であるイグナスが務めていた。


だが、思案顔をした彼はどこか上の空で何やらブツブツと呟いている。


「…… あの銀毛の獣人、もしやセルクラムの?」


(何も聞かなかった事にしておこう……)


さらりと聞き流して輜重(しちょう)隊の到着を待つ事(しば)し、スコップを担いだ十数人の人足に後を任せて一段落と言ったところだが、今度は野営の準備をしなくてはならない。


と言っても、テントなどの嵩張(かさば)るものは衛兵隊の士官が使うだけで、身軽さを重視する冒険者は数日程度ならワックス塗布した防水加工の外套で雨露を凌ぐため、然したる手間もない。


(俺たち犬人族に至っては大樹を見つけて根元に身を寄せ、体力の低下を防ぐだけだ…… 冬の雨など御免被りたいが、森の木々があるだけマシだな)


改めて森の恵みに感謝しつつ、皆と戦闘前に平原へ置き去りにしておいた荷物袋を回収し、大鍋を輜重(しちょう)隊から借り受けて夕食の調理を始めた冒険者らの下へ向かう。


「戦闘直後に大変な事だな、何か手伝えることはあるか」

「あら、弓兵さん…… さっきは派手に飛ばされていたけど大丈夫?」


こんな時でも陣頭指揮を執っているグレイス嬢に一声掛けると、逆に気遣われてしまった。


「大丈夫だ、仲間の魔導士に治癒してもらった」

「そう、ならそっちの乾物(かんぶつ)出汁(だし)を取ってもらえるかしら」


「グレイスさん、俺たちはどうしましょう?」

「じゃあ、手を洗ったらエドガーと一緒に野菜を切ってくれる」


本来は冒険者に上下関係など無いのだが、それでも在野で最高位にあたる “金” 等級ともなれば人望があるのか、アレスやリベルトを含めて冒険者たちは気前よく調理を手伝っている。


(まぁ、野郎連中が張り切っているのは彼女が美人だからか……)


慣れない危なっかしい手つきで厳つい男たちが秋蒔(あきま)きホウレンソウや、ラプンツェルを刻んでいる様子はある意味で傭兵時代を思い出して懐かしい。


俺もさぼる訳にはいかないのでグローブを外して入念に手を洗った後、数年は保存可能な(たら)を乾燥させた干物や、貝柱の干物、燻製の骨付き鹿肉を大鍋に放り込んでグツグツと煮立てていく。


「ガゥ~、ワファ クルウォアォオン

(がぅ~、なんか良い匂いがするよぅ)」


子狐妹が肩の上でフミフミと前脚を動かして催促するので、出汁(だし)に使って程よく塩加減が薄れた(たら)の干物を鍋用木製トングで摘まみ上げ、調理(ばさみ)で端っこの白身を少々切り分けて、軽く冷ましてから妹の口に放り込んでやる。


「取り敢えず、これでも齧っとけ」

「キュア~♪ (うま~♪)」


そんな事をしている内に、途中で合流したのかザックスたちと共にミュリエルも帰ってきて一緒に調理に取り組む。


「あ、アーチャー、そろそろ火の通り易い野菜も投入しなくちゃだよぅ」

「それは任せる、後もうちょっとで完成だなッ」


「よし、お前らッ、器を持って並べ!!」

「「「おうよッ」」」


エドガーの威勢の良い声が響き、備品を個人単位で用意して活動する冒険者たちが小型のコッフェルとマイスプーンを取り出して並ぶ中、俺たちも他の冒険者に交代してもらって列に混ざる。


「さて、ご相伴に預かるか」

「ん、結構おいしそうだね」


行軍中のために酒は無くとも、戦いの後は陰鬱な気持ちを吹き飛ばすために少々騒いだ方が良い。衛兵たちを含めてそれは皆が意識している事なので、ヴァリアントの女王討伐の成功を祝して、やや賑やかな夕食の時間が過ぎ去っていく。


その翌日、討伐隊は給水のために北側の山脈を水源とした河川を探す。


北と東を山脈に覆われたこの場所は海からも程々に遠く、降水量がかなり低いために背丈の低い草を主体とした平原になっているが、山脈に蓄えられた水分が麓から湧き出し、幾つかの支流を成している事が知られていた。


むしろそうでなければ、普通の蟻みたいに植物へ付着した雨露を啜るわけにもいかないヴァリアントが巣を造ることも無いだろう。


故に巣穴から然程移動する事も無く、すんなりと河川に辿り着いて給水を済ませた後、討伐隊は一日半の旅程を経て中核都市ウォーレンへと帰還したのだった。

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