謎のステッペン・コボルト現る?
されども、冒険者隊の魔術士や神官たちが交互に無視できない威力の魔法を撃ち込み、女王蟻に防御態勢を取らせる事で土魔法の攻撃を封じる事は可能だ。
それに近衛種の大型ヴァリアント二匹が斃れた影響や、後方から暫時前進してきた第一小隊と魔導士たちが残りの同種を惹きつけている事もあり、徐々にグレイスとエドガーを中心とした手練れの冒険者が巨大蟻どもを押し退けて、巨大な女王蟻に迫っていく。
後続の俺たちもある程度まで接近したところで、片側の脚全てを負傷したために動きを鈍らせていた女王蟻がぐらつきながらも上体を起こし、先陣を切る冒険者たちへ持ち上げた鎌付きの前脚を振り下ろす!
「シャァァアァアァアアッ!!」
「ッ、うおぉおおぉッ!!」
「「ぐわぁあああッ!」」
全身に闘気を漲らせたエドガーが中型盾を構えて腰を落とし、武装に付与されたハイ・プロテクションの魔法を発動させるも、あっさりと後ろにいた前衛二人を巻き込んで派手に吹き飛ばされた。
ただ、頑強な業物の中型盾自体は斬撃に耐えきったようで、即座に後衛から援護射撃が行われて女王蟻の追撃を阻害したが、その光景にグレイス嬢が思わず愚痴を零してしまう。
「…… あれでホントに脅威度B-なの? 皆ッ、至近からだと攻撃魔法も多少の効果がありそうです! 先ずは負傷している脚から一本ずつ潰していきましょう!!」
気を取り直した彼女の堅実な指揮に従い、俺とミュリエルも風刃や焔弾で片側の脚を攻撃し続けていると、誰かの放った氷散弾の魔法が前脚を振り上げた女王蟻の支えとなる中脚を穿ち、ついにその体勢を大きく崩す。
「ギィイィッ!?」
「ッ、僥倖だなッ!!」
倒れ込みつつも斜めに振り抜かれた鎌付きの前脚が地面へ刺さった瞬間、俺はアレスの横を抜けて前衛の戦士たちが攻撃を避けるために散開した場所へと駆け込み、鎌脚を踏み台にして魔法による颶風と共に跳躍した。
やや前のめりとなった女王蟻の頭上を飛び越えながら、捻りを加えた縦回転をする事で身体の向きを変えて胸部の背側に降り立ち、鞘から右逆手で抜いた曲刀の柄に左手を添えて、蟻型魔物の延髄に当たる急所を力任せに刃で穿つ。
「せいぁああッ!!」
「ギィイイァアァアアァアッ!!」
確かな手ごたえを感じるものの、硬い筋繊維に阻まれて刀身は中程で止まり、悲鳴を上げて暴れ出した女王蟻に振り飛ばされてしまう!
「うおぁッ!? くぅ、風よッ、従え!!」
「ッ、アーチャー!」
ミュリエルの叫びを認識した時には既に遅く、風魔法により上昇気流を起して滞空時間を伸ばし、少しでも体勢を整えようとした事が裏目に出たのか、振り抜かれた太い触角の鞭が眼前に迫っていた。
「ギィイィイィイィイッ!!」
「なッ、ぐはぁ! ッ、うぅ……っ」
俺は手甲で覆われた両腕を交差させて触角鞭を受け止めたが、浸透した衝撃で皮膚が裂ける痛みが走り、そのまま派手に叩き飛ばされていく。
さすがに巨大蟻どもの渦中に落ちるわけにもいかないので、気合で維持させた上昇気流の魔法術式を咄嗟に組み替えて瞬間的な噴射気流を生じさせ、戦いの喧騒からやや距離を置いた場所に墜落する。
「かはッ……ッう…」
「キャウッ!?(きゃあッ!?)」
気流操作の延長で落下速度は低減させたものの、衝撃で腰元の革鞄から子狐が投げ出されてポテポテと転がっていき、俺自身も草原へと投げ出された。
「ウ~、クォン、ウォルアゥ? (う~、兄ちゃん、だいじょぶ?)」
「うぉるおん… く、ぐぉるあぁうおん (大丈夫だが… く、やってられねぇな)」
寝ころんだ状態で空を見上げながら靴とグローブを脱ぎ捨て、若干の苛立ちと共に骨格や筋肉の付き方を徐々に変化させ、膂力不足を補うために姿形を狼混じりのコボルトへ戻す。
長らく人の振りをしていたためか、数日を経て銀毛の狼犬人となった事で解放感と充足感に満たされる中、コボルト・スミスが修理のついでにカスタマイズしてくれた革鎧の調整用金具を緩めた。
「フウゥウ――――ッ」
短く呼気を整えて体内を循環する魔力の流れを意識し、革鎧に締め付けられる窮屈さはあれども土属性の金剛体を発動させ、筋骨隆々になった体躯を活かして跳ね起きる。
すぐさま現状を把握すれば、どうやら巨大蟻たちが討伐隊を迎え撃つ際、戦闘の流れで自然と手薄になった右斜め後方の空間へ墜落していたようだ。
つまり、標的に至るまでの障害は無いに等しい。
(ッ、ならば征くのみッ!!)
その天与の機に思わず口端を釣り上げつつも低い姿勢で草原を疾走し、上体を起こして鎌脚を振り上げた女王蟻の後方から吶喊していく。
「ヴォルァアァアァアァッ!! (斃りやがれッ!!)」
勢いのままに両脚へ纏わせた旋風を解放して、未だその首元に刺さった曲刀の柄へ直線的な軌道で飛び蹴りを叩き込み、最後までしっかりと刀身を埋め込む。
「ギィイイィァァアァアアァアァアアアッ!?」
さらに一撃で留まる事無く、絶叫を上げて巨躯を硬直させる女王蟻の背中に降り立ち、すぐさま腹部と胸部の接合部に両掌を押し付けて風の魔力を収束させた。
「ヴォルフ、ガァオルフッ!! (切り裂けッ、六連風刃!!)」
などと言っても、実際は左右の掌で三連風刃を撃ち放っているだけに過ぎないが、至近より放たれた六枚の風刃は魔力光による防御に先んじて神経や筋繊維を断つ。
当然、相手も死に物狂いで暴れるために再度振り落とされるも、間際に三連風刃を追加で叩き込んでやった。
「ッ、ギィイイッ、ィイ……ァアァ、ギゥ……ァ………」
腹部と胸部が千切れかけ、神経の集まる首元を曲刀で穿たれた女王蟻が命脈を尽きさせていく最中、一斉に動きを止めた巨大蟻や唖然とした冒険者たちを一瞥した後、俺は魔法由来の暴風に身を預けて主戦場から離脱する。
「ねぇ、エドガー、一瞬過ぎて分からなかったけど…… アレ、何?」
「さぁな、ギルドの依頼にあったステッペン・コボルトか……」
「いやそれだと、“鉄” の冒険者が全滅するだろ!?」
「ん、そうだよね…… ッ!」
グレイスたちの言葉を拾ったリベルトに赤毛の魔導士が同意を返していると、統率を失った巨大蟻たちが喚き声を上げて無秩序に暴れ出す。
「「「ギシャァアァアァッ!!」」」
「ッ、このまま討ち取れッ!」
「ここで数を減らしておく!!」
第二及び第三小隊を指揮する騎士らの大声が響き、敵勢の両側に位置していた衛兵たちが武器を構えて突撃し、冒険者たちも好機とばかりに斬り込むが……
算を乱して玉砕を仕掛ける個体はともかく、六肢により素早い移動が可能な巨大蟻の一部は不完全な討伐隊の包囲を抜き、第一小隊の射撃を受けつつも草原へ姿を消していく。
結果、子狐を回収した銀髪の冒険者が仲間と合流する頃には、最後に残った近衛種の大型ヴァリアントも衛兵たちの猛攻で倒され、一連の戦いは決着していた。
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