逃げるは正解だが、その足を止めさせてもらうッ!!
戦況の変化に合わせて魔導士たちが術式を組み換え、“逆さ竜巻” を緩やかに吹き下ろす風に転じて、白煙を地上に押し留めながら第一小隊の衛兵たちを護るように滞留させた。
「これで多少は安全か…… 女王蟻を仕留める! 撃てーッ!!」
第一小隊長でもあるエルドリックの指揮の下、横陣前列に並んだ衛兵たちの構えた弓から矢が放たれ、的として狙いやすい体高4m、体長12m以上を誇る女王種の大型ヴァリアント目掛けて殺到するが……
「ギ、ギギィイッ!」
巨躯を支えるために他種と比べて遥かに発達した強靭な外骨格により、十数本の矢が全て弾かれて虚しく宙に舞う。
「隊長ッ、矢が刺さりません!!」
「このままだと無駄撃ちですよッ!」
そんな事は部下に言われずとも分かっているため、やや苛立ちながらエルドリックは暫時思考を巡らせた。
「ならば、雑兵どもの数を減らす! 第二射、正面に放てッ!!」
「「「応ッ!!」」」
前列と後列が素早く入れ変わり、巨大蟻を狙い定めた次射が撃ち放たれる最中、初射を終えた衛兵たちが射撃準備を再度整えて間断の少ない連射を行う。
「「「ッ、ギァァアァ、ァアァ……ァ…」」」
「「ギ、ギィイイィイッ、ィイッ」」
苦痛の呻き声を上げ、複数の矢を受けた一般種の巨大蟻十匹ほどが地に伏すものの、致命傷により動けなくなった個体が衛兵たちの射線を塞いでそのまま矢避けとなる。
「くッ、曲射準備だ!!」
弓を斜めに構えさせようと衛兵たちに彼が指示を飛ばした瞬間、ぐるりと旋回して全方位を見渡した女王蟻が第一小隊に横腹を向け、迫る第二小隊及びエドガー隊を振り切るように群れと一体になって動き出す。
「はッ、玉砕よりも逃走を選ぶか! 理にかなっているな!!」
「もうッ、アーチャー、笑い事じゃないよッ!」
俺は女王蟻が下した合理的な判断に思わず笑みを浮かべてしまう。
そもそも、追い込まれて巣穴に引き籠っていたところを煙攻めにされ、不利な状況を強いられている現状では無理に戦う必要はない。ましてや、討伐隊よりもヴァリアントの移動速度が速い以上はそれが最善の選択だ。
「あ、駄目、逃げられちゃう!?」
「ちッ、無理なのか!」
ミュリエルの言葉に弱音が混じってアレスも同調するが…… そうとも限らない。先程はあまり活躍の無かった後衛の術師たちは既に高威力の攻撃魔法を構築しており、呼びかけに応じた前衛たちが片膝を突いて身を屈めるのに合わせ、ここぞとばかりに杖を振り翳す!
別の出入り口に陣取っていたグレイス隊の後衛たちも同様で、この瞬間に幾つもの風刃や焔弾、雷撃が交差するように撃ち出されて最優先目標である女王蟻を狙う。
「ギシャアァアァァアァッ!!」
だが、女王蟻の咆哮と共にその巨躯が魔力光に染められ、外骨格を覆う燐光に数多の魔法攻撃は威力を減衰されてしまい、隣に立つミュリエルが叩き込んだ中級魔法 “豪焔弾” も然したる損傷を与える事ができない。
さらには第一小隊が女王周辺の巨大蟻たちへ足止めに降り注がせた曲射も、重量の軽い矢では十分な落下による威力を得られないため、外骨格を削ったり、少々陥没させたりする程度で弾かれてしまう。
「うぅ、矢も魔法も効いてないよぅ、私の持つ最大火力なのに……」
「いや、まだだッ」
魔法を著しく減衰する独特な燐光が女王蟻から霧消していく間際、何らかの防御手段を想定して追撃に備えていた俺は両掌を突き出し、凝縮した属性魔力を励起させて水平に伸びる竜巻を生じさせる!
「唸れ征嵐ッ、悉くをなぎ倒せッ!!」
「ッ、ギイァアァアァァッ!?」
横合いからの嵐撃に巨躯を傾かせた女王蟻から悲鳴が上がり、暴風に紛れて威力を増した三連風刃が鋭い鎌のような脚を二本切り裂き、切断できずとも歩行の支障となる裂傷を負わせた。
ほぼ同時に考えている事が一緒だったのか、恐らくグレイス嬢が時間差で放った焼焔弾の魔法も鎌脚を焼き焦がして煙を上げていく。
「さてッ、上手く行ったか……」
誰しもが固唾を飲んで様子を窺う僅かな時間の中、片側三本の鎌脚全てを負傷した女王蟻の巨躯が揺らぎ、重い音を立てて大地に倒れる。
「ギッ、ギシャァアッ!!」
すぐに再び立ち上がるも、飛び散る体液がここからでも見えるため、素早く走れるような状況ではなさそうだ。
「これで逃げることはできませんわッ、衛兵隊と共に女王蟻を仕留めます!!」
「「「うぉおおおおおッ!!」」」
「グレイスに後れを取るなッ、こちらの隊も仕掛けるぞ!!」
「分かってるぜ、エドガーの旦那ッ!!」
気勢を上げつつも同行する各衛兵隊と歩調を合わせ、エドガー隊とグレイス隊が合流するかのように互いの距離を詰めながら、動きを止めた女王蟻が率いる巨大蟻の群れへ肉迫する。
対する敵方は女王の周囲を近衛種の大型ヴァリアントが固め、大顎と外骨格の発達した兵隊種を前面に出し、その後ろから一般種が隙を窺うといった防御態勢を取った。
数の上では互角と言えるが、勢いは攻め手である討伐隊にあり、逃亡に失敗して女王蟻が負傷したヴァリアントどもの動揺は否めない。
「ギィイィイアアァァアァ――――ッ!!」
その不利な形勢を覆すかのように “魔力を帯びた女王の咆哮” が響き、巨大蟻たちを鼓舞して怯みを打ち消し、統率と士気を取り戻す。
「ちッ、どいつもこいつも似たような技をッ!!」
傭兵時代は意識してなかったが、魔物の群れを率いる存在は同族に影響を及ぼす咆哮を大抵持っているのだろうか? 俺の肩を光のブレスで射抜いた大柄なゴブリンも咆えていたような……
一瞬だけ疼いた古傷からすぐに意識を引き戻し、ザックスやエイナを含む他の冒険者らと連携を取れる距離を維持しながら、俺も仲間の支援を行うためにミュリエルと並んで得物を構えた。
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