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このまま終わってくれたら楽だな

そうしている間にも、辿り着いた巣穴の出入り口を衛兵隊が包囲して、魔導士たちと輜重(しちょう)隊が後方から呼び寄せられた。


「よしッ、積み荷を降ろせ!」

「お前らッ、さっさと終わらせるぞッ!!」


輜重(しちょう)隊長の指示に従い、仕切り役を務める大柄な男が声を張り上げ、人足(にんそく)たちに荷馬車から大量の積み荷を降ろさせ始める。


「よいしょっとッ、早く全部降ろして退避するぜ!」

「馬鹿でかい蟻に喰われるとか、ありえねぇからな……」


日々の肉体労働で鍛えられた彼らにしても危険な場所に長居したくないのか、俺がミュリエル先生のプチ授業(蟻編)から解放された時には、既に荷下ろしは終わっていた。


「しかし、大量の香草と藁だな……」

「ウ~、ガォガゥルァアゥ (う~、ムズムズするよぅ)」


雑多な匂いが混じった風を受けて子狐が腰元の革鞄にすっぽりと身を隠すのを一瞥した後、地面に積み上げられた昆虫が嫌う香草類と藁の混合物を見つめる。


「ん~、初冬だから樹木性ハーブの葉や木片が多くなったけど、燃やした時の煙と併せて効果はあると思うの…… やってみないと分からないけどね」


「あぁ、大抵はそんなものだろ」


類似の経験が無いために不安そうな表情を浮かべたミュリエルに対して、手探りとなってしまうのは仕方がない事を伝えているうちに、エドガー隊に属する俺たちにも出番が回ってきた。


少々の時間を掛けてグレイス隊と周辺を調べた結果、燻り出しの準備を終えた場所以外にも、一辺が80m程度の三角形を描くような位置関係で二つの地面に開いた大穴を発見する。


そのひとつの淵に立ち、他の冒険者たちと肩を並べて穴の中を覗き込んだアレスが溜息を吐く。


「さすがに出入り口が一箇所ってこともないよなぁ」

「でも、種類によっては一つしか造らない蟻型魔物もいるの」


魔物ともなれば通常の蟻よりも種類は限られるが、それでも多様性による違いは存在しており、ヴァリアントは比較的に地上へ繋がる坑道を絞り込むとの事だ。


「つまり、防御重視ってことか……」

「だろうな、そして退路が少ないという事でもある」


リベルトの言う通り、巣穴を城塞に例えれば出入り口は城門であるため、防衛に於いて最重要な部分となる。


当然、門扉(もんぴ)が少ないほど守備しやすいものの、そこを押さえられると城塞外への部隊展開がままならず、退路も断たれた状態に陥るので注意が必要だ。


「…… 見えている以外にも隠し穴ぐらいはあるんだろうな」

「あ、それは騎士さん(エルドリック)も言ってたよぅ」


都市や領主邸宅を護る立場だけに騎士殿はその点を心得ており、後に合流してきた衛兵隊を率いる第二小隊長から注意事項の形で皆にも伝えられた。


なお、別の出入り口を押さえているグレイス隊には第三小隊が加わり、それぞれに燻り出されてきた巨大蟻たちを半包囲して各個撃破するための態勢が整えられる。


そのうえで、最初の地点に留まっていた第一小隊が香草類と藁の混合物から一部を取り分け、火を点けて燃え上がらせていく。


乾燥した藁が火の回りを良くして、ローズマリーやラベンダーの葉、木片などを含む香草を焼いて白煙を空へと昇らせた。


「では、アルレイ殿……」

「承知しております」


エルドリックの呼び掛けに応えた老魔導士が進み出て使い込んだボロボロの杖を掲げ、その四方を風使いの魔術師たちが囲んで複数名による共鳴魔法の詠唱が始まり、離れていても伝わるほどの濃密な風属性魔力が場を満たす。


「風よ、我らが意に従えッ!!」


高度な大気操作により、巣穴が持つ出入り口の直上に制御された “逆さ竜巻(ダウンバースト)” が発生し、独特な香りを発する白煙を巻き込んで地中深くに送り込む。


(ふむ、大気操作が必要な “拡声の魔法(ウィンドヴォイス)” を行軍中に用いていたから、風使いだとは思っていたが…… 相当な御仁だな)


にもかかわらず、巨大蟻との戦闘に彼らが参加してなかった理由はこの風の共鳴魔法を成すためなのだろう。


途中で巣穴へと吹き込む風量が調整され、燃え尽きないように(くだん)の混合物が継続的に炎へとくべられて十分な煙が巣穴に充満した頃、俺たちが待ち構えている出入り口から白煙に燻り出された二匹の巨大蟻が這い出してきた。


「ギィアァッ!」

「ギギィイ!!」


鳴き声を上げて興奮しながら冒険者たちに襲い掛かるが、地上への大穴は既に半包囲されていて多勢に無勢の状態だ。


「喰らえやッ!!」

「うりゃああッ!」


「ギィィイィイッ、ギッ、イィ……ァ……」


突き出された数本の槍や長剣が巨大蟻の頭部や胸部を貫き、碌な抵抗を許さずにその命を奪う。さらに死骸を乗り越えてくる後続の兵隊種も出口の狭さに阻まれ、一度に多数が出てこられないために各個撃破の憂き目に遭う。


「ははっ、さっきとえらい違いだな」

「…… 本当にな、くそがッ!!」


「ギッ!? ギィアァッ、ギィイ…ィ」


先刻の戦いで仲間を失い、沈痛な表情で遺体を埋葬していた戦士が重い戦斧で兵隊種の頭部を叩き潰し、その隙を突こうとした別個体も横合いから突き出されたザックスの大剣に腹部を串刺しにされた。


ここからはよく見えないが、グレイス隊が受け持っている出入り口も同様に局所的優位性を確保して、一方的な戦いを進めているに違いない。


「いいな…… 余裕があるってことは」

「それだけ、痛い目に遭わずに済むからなッ!」


隣でサーベルを振り抜くリベルトの呟きに応えながらも、アレスが噛みつこうとしてくる巨大蟻の機先を制し、その額に袈裟切りを放ってまた一匹を仕留める。


援護を必要とするような状況でもないため、後衛組の俺はミュリエルと肩を並べて手持ち無沙汰な状況になっており、このまま終わってくれたら楽な仕事だと思っていたのだが……


「しっかり傭兵働(ようへいばたら)きをしろという事だな……」

「うん、これは結構厄介そうだね」


丁度、十数匹の巨大蟻たちが倒された時、三つの出入り口の中心部分から強力な土属性を帯びた魔力の波動が広がり、術師たちが一斉に表情を強張らせる。


一瞬の後、大規模な土流の魔法が発動して大地が崩落を始め、他の出入り口とは比較にならない大きさの隠し穴が口を開き、縋り付く白煙を振り払って馬鹿でかい影が姿を現す。


「ギィィイィシャァアァアァァアァッ!!」


耳障りな咆哮を上げる女王蟻に付き従い、数を減らしているとはいえども近衛種の大型ヴァリアントを含む大量の巨大蟻達が地表へと溢れ出していく。

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