吶喊する弓兵 vs インペリアル・ヴァリアント
一方その頃、左側の遊撃を担うエドガー隊の冒険者たちも白兵戦の最中にあった。
「うぉおおおおッ」
「ギ、ギチチッ!!」
気勢を上げながら振り抜かれたアレスの斬撃に呼応して、頭部を持ち上げた兵隊種の巨大蟻が大顎で迎え撃ち、互いに弾き合って体勢を崩す。
しかし、持ち得る攻撃手段は人の身ならぬ昆虫型に分があるため、すぐさま巨大な兵隊種が追撃の触角槍を突き出そうと身構える。
「退け、アレスッ」
「くッ!!」
呼び掛けに応じた前衛が斜めに飛び退くのに合わせて、構えた機械弓から矢を放って標的の額を射抜く。
「ギィイッ!? ァアッ!!」
鏃が喰い込んだ直後、衝撃を引き金として凝縮された風の魔力が臨界に達し、乾いた音と共に兵隊種の頭蓋を弾き飛ばした。
「一応、即席でも連携になってるじゃねぇか」
矢筒に手を伸ばしながら近場の戦況を確認すれば、巨大蟻の突撃を大剣で受け止めたザックスが緩衝のために飛び退りつつも、仲間の射線上から外れていく姿が視界に飛び込む。
「エイナッ!」
「ん、切り裂け風刃!!」
さすがに範囲攻撃魔法は前衛を巻き込むためか、狙いすました単射の風刃が巨大蟻に裂傷を負わせて動きを止めると、再び踏み込んだザックスが肩に担いだ大剣を叩き込んで頭部を潰した。
その攻撃直後を狙って、彼の斜め前方から兵隊種の別個体が先端部のみ硬化させた触角槍を突き出すも、色白な女戦士のリーディが纏めて薙ぎ払う。
「ザックスッ、大振りしすぎッ!」
「すまないッ、いつも助かる」
短く言葉を交わす彼らの後方ではエイナが次の術式構築に入り、確かイグナスと名乗った神官も左掌にヒーリングライトの術式を保持したまま、前衛が崩れた場合を想定して右掌には聖壁の術式を即時発動できるように備えている。
そうした様子を窺えば当面の問題など無いように錯覚してしまうが、冒険者たちには実力面での不均衡がある事を忘れてはいけない。実際、巨大蟻に押し込まれている者たちも存在しており、その皺寄せをリベルトが被っていた。
「ちッ、追加の援護を早く!」
「うぅ、ちょっと待ってよぅ…… えいッ、ファイア!!」
握り締めた樫の杖が淡い魔力光を灯してミュリエルの魔法を補強し、右掌から撃ち出された数発目の焔弾がリベルトに迫る巨大蟻の複眼を焼いて怯ませるも、別の個体が勢いよく彼に襲い掛かる。
「ギシャアァアァッ!!」
「うおぁッ!?」
咄嗟に逆手で持った籠手付き短剣を振り下ろし、巨大蟻の頭蓋を穿って仕留めながら身を退いたリベルトを狙い、後続の兵隊種が涎を垂らして追い縋っていく。
「ぐッ、数が多い! 頑張ってくれよッ、お隣さん!!」
「だ、だめだ、これ以上は抑えきれな!? うぁああッ、げぶ……ッ」
先程まで何とか踏ん張っていた、恐らく “鉄” 等級の若い剣士が兵隊種の巨大蟻に押し倒され、強靭な大顎で喉を噛み切られてしまう。
「ひ、うぁ…ッ、あぁッ!?」
不運な犠牲者と肩を並べて戦っていた仲間の軽装戦士も意識を取られた隙に片脚を大顎に挟まれ、巨大蟻たちの中へと引きずり込まれていき、直後に凄惨な悲鳴が響き渡った。
前衛の崩れは破綻に繋がり兼ねないため、弓矢をその場に置いた俺は魔力に由来する旋風を四肢へ纏い、強弩で射られた矢の如く飛び出す。
「シッ!!」
短い呼気と共に飛び掛かる巨大蟻の顔面に正拳を叩き込み、拳に籠めた魔力を無数の小さな風刃に転じて弾けさせる。
「ギィイィイアッ!? ァ……ッア……」
顔面を潰されて絶命していく巨大蟻をそのまま殴り飛ばし、噛み殺した冒険者の血を滴らせて飛び掛かる兵隊種を目掛けて、振り向きざまに中段回し蹴りを放つ!
「ギ、ギィィアッ!!」
こちらも接触の瞬間、脚に籠めた魔力を転じて幾つもの小さな風刃を生み出し、その頭部と胸部の繋ぎ目を切り裂いて継戦不能な致命傷を与えながら蹴り飛ばした。
「アーチャー、あんた前衛もできるのかッ」
「正直なところ危なかった、助かったぜ!」
前線を支えに入った俺に気付いたアレスやリベルトは気さくな声を掛けるが、眼前の敵に注意を払っていた彼らはともかく、一部始終を見ていたミュリエルの表情が引き攣ってしまう。
(確か、エルネスタから写本を一冊持って帰ったとは聞いたけど……)
思わず魔導書『剛力粉砕』の使い手である親友の姿が脳裏を過り、苦笑いを浮かべた彼女がふと接近してくる近衛種の大型ヴァリアントを捕捉した瞬間、背筋にぞわりとした悪寒が走った。
「ッ、これは!? 皆、下がって!!」
「なッ、範囲魔法だとッ」
魔力感知に長けた後衛たちの数名が声を上げるのとほぼ同時に、こちらも大地に浸透する魔力を感じ取り、隣で得物を構えるリベルトの襟首を掴んだまま飛び退いた直後、土塊の牙が次々と大地から沸き出す。
「ッ、そう言えば奴らも生粋の土属性だったな!!」
その巨体に見合った巣穴を掘削する際も単なる力任せではなく、土流などの大地に作用する魔法を活用しているとミュリエルから聞いていたが…… 自身が得意とする “縛鎖の牙” を見せられると何故か苛立ちを覚える。
(今まで使ってくる相手がいなかっただけで、汎用の人外魔法だからな……)
だが、効果的な範囲攻撃魔法である事は変わりなく、逃げ遅れた数名の冒険者が脚を土塊の牙に貫かれて動きを封じられていた。
「「ぐッ、うぅ…ッ」」
「「うぁああぁッ!」」
苦痛を伴う呻き声が届く中、いち早く反応したミュリエルが右手を翳し、効果範囲に滞留する土属性魔力へと干渉しながら言葉を紡ぐ。
「万物よ、あるべき姿に還りなさいッ、ディスペル!」
凛とした声を響かせた彼女が樫の杖で地面をトンッと叩くと、土塊の牙がボロボロと崩れて縫い留められた冒険者たちは解放されていくが、今度は負傷により動きを鈍らせた彼らを狙って巨大蟻が群がる。
「や、やめッ、くるな、うぎゃああぁッ」
「ひッ、いやぁ、痛いッ、うあぁッ、うぅ」
「くそ、こいつらッ、好き勝手やりやがって!!」
アレスやリベルトを含む難を逃れた前衛たちが救援へ駆け付けていくのに俺も混ざり、近衛種の大型ヴァリアント周辺を射程に収めたところで、口角を釣り上げて大地に左掌を突いた。
「やられた事はやり返す主義でなッ! 悉くを喰らえ、貪欲なる牙ッ!!」
「「「ギィ、ギァアァァァアァッ!!」」」
近衛種の周囲を護る巨大蟻諸共に土塊の牙が胸部や腹部へ次々と刺さるのに合わせ、手頃な位置にいた兵隊種の頭部を踏みつけて風を纏いながら跳躍し、縦回転と共に遠心力を乗せた右踵落としを近衛種の大型ヴァリアントの頭部に叩き込む!
「ギギィイッ!?」
そのまま蹴り脚に仕込んだエアバーストの風魔法に指向性を与えて発動させ、追撃と同時に巨大な頭部を押し下げ、露になった脆い接合部へと左掌を突き出す。
「切り裂けッ、三連風刃!!」
「ギィ、ギィギァアアァ……アァ……ッ…」
至近から撃ち出された三重の刃が付け根を深く切り裂き、ぐらりと傾いだ巨大な頭部が自重を支えきれずに千切れていった。
それを悠長に眺める暇もなく、俺は風属性魔法による瞬間的な上昇気流を生み出して滞空時間を少々引き伸ばす。
「よっとッ!」
さらに同様の手法で起こした突風も駆使して落下位置を調整し、縛鎖の牙に縫い留められて足掻く巨大蟻の背中に片足で降り立つと、無造作に曲刀を薙ぎ払った。
足場に選んだ個体の頭部を切り落として暫時の安全を確保したところで、エドガーらが近衛種を討たれて動揺を見せる巨大蟻たちへ斬り込んで数匹を斃す。
なお、衛兵隊も騎士エルドリックと熟練兵を中核にして近衛種の大型蟻を屠ったらしく、上位種及び多数の同胞を失った巨大蟻の群れは躊躇なく撤退し始める。
「なんとまぁ、見事な退き際だな……」
その速度は正直、輜重隊などを抱えた此方が到底追いつけるようなものではない。こうして第一段階である初戦の結果、討伐隊は死傷者24名を出したものの、ヴァリアント83匹の戦果を上げた。
撃破対被撃破率を鑑みれば悪くない結果だが…… 死傷者に経験の少ない若手が多いのは戦場の常とは言え、遣り切れない事だな。
読んでくださる皆様の応援で日々更新できております、本当に感謝です!
ブクマや評価などで応援してもらえると嬉しいです!




