集落の中心で愛を叫ぶ?
「ワゥ?グルァッ (あれ? ボスだッ)」
「グルァ、クァアン (ボス、おかえり)」
「ワフッ!? (えッ!?)」
「キュ? (はッ?)」
チビたちを連れ、皆と集落に戻った俺を迎える群れの連中が赤毛の魔導士を見て固まる。森やその外縁部の草原で出会う人間のうち、特に冒険者風の恰好をした奴の大半は問答無用で襲い掛かってくるのだから仕方あるまい。
まぁ、俺も久しぶりに意思疎通ができそうな人間と会って浮かれていたのもあり、ミュリエルを受け入れたが…… ここまで連れてくるのも時期尚早だったか?
「あのぅ、私、お邪魔かな?」
申し訳なさそうに彼女が尋ねてくる。
仕方ない、やりたくはないが強権を使わせてもらおう。
「グァオ ワゥオァアン、ガウルァアウ グルゥアァオウッ!!
(こいつを一晩だけ泊める、文句があるなら受けて立とうッ!!)」
集落の中央広場に進み出て大きく叫ぶ。
はっきり言って、集落の中で俺に匹敵するのはバスターか、若しくはアックスくらいだ。ブレイザーも侮れないが、不意打ちできないような状況では奴の脅威度は低い。
どちらにしろ、ほぼ身内といえる仲間の否やはないだろう……
と、高を括っていたら静まり返る広場の中でバスターが一歩前に出た。
え、マヂか!?
(いや、バスターなら戦いたいが為に名乗りを挙げそうだな……)
奴の筋骨隆々な漆黒の毛並みの両腕を思わず見遣る。
今の姿をしたバスターと本気でやり合ったことはないが、大丈夫だろうか?
内心ちょっと不安になっていたら、奴は大声でとんでもないことを言いだした。
「…… グルォ、グァオ グルァクッ!
(…… 皆、こいつは大将の雌だッ!)」
ちょ、おまッ!?
「ガルォオフッ!! (違うだろッ!!)」
集落の皆が激しく動揺する最中、何も分かっていない赤毛の少女は可愛らしく小首を傾げた。
……………
………
…
暴走するバスターを拳で黙らせて皆の前で取り繕い、食事の際に火を使うミュリエルを連れて一度集落の外に出た後、目立たないように食事を取ってから自分が棲む巣穴へと戻る。
集落は広場がある平地を中心にすり鉢状の窪地となっており、周囲の低い斜面に幾つもの巣穴が掘られていた。
ここもその中のひとつで俺が二歳を迎える前、家主を失い空き家となった巣穴を巡る争いで勝ち得たものだ。妹を含む幼馴染たちは親と同居の者もいるが、そろそろ追い出される年齢なので巣穴の確保に動くことだろう……
なお、集落に許容できるコボルトの数は当然に有限で、ある程度の数が増えると巣穴からあぶれる者が出てくる。彼らは新天地を求めて森の奥や外縁部の草原地帯を目指すか、若しくは子供を持つことを諦めて巣穴を持たない者として群れに残留していた。
謂わばステータスでもあるその場所にひょっこりとミュリエルが入ってくる。
「お邪魔します。やっぱり、暗いわね……」
彼女は魔力を通すと発光する輝光石という一種の魔石を取り出し、温かみのある燐光を灯して巣穴を照らすと、きょろきょろと周囲を窺った。
「ん~、何にもないよぅ」
まぁ、俺が寝るために干し草を敷き詰めたベッドがあるぐらいだからな……
それでも何か新しい発見を探そうとする赤毛の魔導士を眺めながら黒曜石のナイフを取り出し、魔石の効果で明るいうちに地面へと文字を刻み込む。
“明日、ヴィエル村の近くまで俺と仲間で送っていく”
一応、乗り掛かった船だからな、最後まで面倒を見ておこう。
それと近所にある村の位置を正確に把握しておく意味もあった。
「ありがとう、アーチャー」
“後、俺たちの集落のことは他言しないでくれ、ミュリエルが恩を仇で返すような奴ではないことを期待する”
「うん、それは大丈夫だよ。私、下手をしたら森の中で死んじゃってたもの」
深々と何度も彼女は頷いた。
「それと他言できないから、単独でここに来ることが可能な強さが前提になるけど…… また来ても構わないかな?」
彼女もこんなコボルトの集落に頻繁にくるわけでもないだろうが、それは悩ましいところだな。彼女を介して人間側と接触を持つ利点はあるが、リスクを抱え込むことにもなる。
だが、拒絶したところで集落の近辺に冒険者や狩人が来ることもあるわけで、彼女に起因しないリスクも当然に存在した。
色々と考えた後に結局、俺は曖昧に答える。
“俺がここまでの道中を心配しないで済むように銀等級の冒険者になったらな”
「ん、冒険者ランクを上げるのは元々の目標だし、頑張るね!」
…… この赤毛の魔導士が “銀” のランクに届くまで冒険者を続けられるのか?
若しくはその頃に俺たちがまだここに集落を構えているのか?
後々考えると不確かなことばかりだったが……気付けばそんな見通しの悪い約束を交わしてしまった。まぁ何はともあれ、コボルトに生まれ変わっていた身として、人との関わりを求める心があったのかもしれない。
その翌日の朝、俺とバスター、アックス、ブレイザー、ランサーの五匹とミュリエルで集落を出て、偵察がてらに草原の獣道を進みつつ、ヴィエル村まで向かうのだった。
コボルトと人間の距離感が難しいですね。
読んでくださる皆様には本当に感謝です!!
拙い作品ではありますが、頑張って書いて行こうという励みになります。