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術師以外で魔法を扱う存在は希少です

丁度、太陽が真上に差し掛かるという頃、革鞄の中で冬場の外気を避けてぬくぬくと暖まりながら、入れておいた携帯食の干し肉を勝手に齧っていた子狐がひょっこりと顔を出す。


「グルォファウ…… ワフィ ガルォオルアァン?

(知らない匂い…… 何かの縄張りに入ったかも?)」


「がぉん (そうか)」


誰かに聞かれない程度の小声で妹に短く同意を返してから、俺自身も嗅覚に意識を集中させて北側から吹く風に含まれた特徴的な匂いを微かに感じ取った。


(人の皮を被った状態だと、すぐには気づけないな……)


だが、一度気付いてしまえば無視することもできない。


「皆、近いうちに遭遇戦になるかもしれないぞ」


「ッ、ヴァリアントの縄張りに入ったの?」

「そろそろ、出遭ってもおかしくないか……」


やや表情を強張らせながら尋ねてきたミュリエルに頷くと、アレスは少し前を行くザックスたちの下へと小走りに歩み寄っていく。


「うぅ、緊張するよぅ、お腹痛いかも……」

「仮にも作戦立案者の一人だろう、どっしりと構えていればいい」


彼女の提案はフェリアス公爵の決定で指揮官たちに伝えられているため、責任は彼の御仁にある。と言っても、提案通りに人が動いて死傷者が出るという重圧が消えるわけじゃない。


一部には人を駒のようにしか思わない貴族連中もいるが、心が擦り減ってそうなった者も少なくないため、軽々に非難できない場合もある。傭兵としての経験が浅い頃、年配の領地貴族に噛みついた事があったものの、“駒と思わなければ情に流されて判断を誤り、より多くの民を死なせてしまう” と一蹴されたな……


脅威に対して無抵抗であれば犠牲が拡大し、策を弄してもそれ自体による犠牲は出てしまう。


(重い立場のある連中は大変だな…… 本当に)


規模こそ大きく違っても、群れを率いる(おさ)として気を引締めながら、杖を握り込んで身を竦めるミュリエルの頭をポフポフしておく。


「上手く事が運ぶよう、尽力はさせてもらうさ」

「ん、ありがとね、アーチャー♪」


「…… 何気に仲が良いよな、二人とも」

「あぅ~」


ぼそりと呟かれたリベルトの言葉に反応して、身を寄せていた彼女はささっと離れて前を歩き出してしまう。その背中を追って歩む事暫し、俄かに隊列の前方が騒がしくなってきた。


「ヴァリアントどもを北東に確認、横列に展開ッ」


「魔導士と輜重隊は後方へッ、俺たちは第一小隊の右側に上がるぞッ!」

「ッ、これより第一小隊の左側に出るッ!!」


飛び交う三騎士の指揮で行軍用の縦列が解かれ、迫るヴァリアントの群れに正対する第一小隊を中心に残りの二個小隊が左右へと展開し、討伐戦の次段階で必要とされる魔導士らと大量の香草などを積んだ荷馬車が後退していく。


その中で部隊単位の行動に慣れていないためか、衛兵隊の動きに取り残され気味な冒険者にも一拍遅れてグレイス嬢からの指示が飛ぶ。


「先に決めた通りですッ、私の隊は右方遊撃、エドガー隊は左方遊撃をッ」


「よしッ、いくぞお前らッ!!」

「「「うおぉおおッ」」」


数班の冒険者たちが気勢を上げて衛兵隊の左端へと移動を始めるのに合わせ、俺たちもエドガー隊に含まれているため、部隊を指揮する精悍な金属鎧の戦士に従う。


こうして一応の態勢が整った頃には、もうすぐそこまで二百匹強の巨大蟻の群れが接近していた。


「第一小隊、射撃準備ッ! 引き付けて斉射の後、白兵戦だッ!!」

「「「応ッ!!」」」


二列方陣に展開した衛兵隊弓兵の前列が片膝を突いて弓矢を構え、後列が立ち姿で弓に軽く矢を番える。


同じく、冒険者たちも魔術師や弓使いが得物を構えて射撃の準備を整え、初撃で巨大蟻の頭数を減らそうと待ち受ける最中、迫る大群に焦ってしまったのか、有効射程に奴らが脚を踏み込むのを待たずに一本の矢が放たれた。


「おいッ、引き付けてから撃たないと……」

「ギギィァァアァッ!?」


矢の無駄だと言おうとしたザックスの言葉がヴァリアントの断末魔に掻き消される。風の加護を纏った矢は空気抵抗を受けずに高速飛翔し、先陣を切る巨大蟻の頭部へ深々と突き刺さり、(やじり)に籠められた風の魔力を炸裂させて頭蓋の半分を吹き飛ばしたのだ。


「ッ、(やじり)にエアバーストを付与したの!?」

「術式に磨きが掛かってるね、中級魔法まで……」


俺を唯の弓使いと考えていたエイナが驚き、魔法を行使できる事を知っていたミュリエルが興味深そうに観察者の視線を向けてくる中で、矢継ぎ早に第二射、第三射を撃ち放つ。


それらの矢も巨大蟻の複眼や腹部を射抜き、属性魔力を炸裂させて致命傷を負わせていく。さらに次の矢を掴もうとしたところで、周囲の冒険者たちの奇異なモノを見るような視線に気づいて動きを止めた。


(ッ、そう言えば、術師以外で魔法を扱う存在自体が希少だったな……)


誤魔化すように少々困った表情を浮かべた直後、今度は横列陣形の右方から灼熱の魔焔槍数本が投擲され、貫いた巨大蟻たちを業火で包み込んだ。


「「「ギギイィイッ、ギ、ィ………ッ……」」」


悲鳴を上げて全身に火傷を負いながら巨大蟻数匹が地面に伏していくのに合わせ、それを成したであろうグレイス嬢の声が周囲に響く。


「皆、頃合いですッ!」

「ッ、撃てーッ!!」


ほぼ同時に第一小隊を率いる騎士からも号令が掛かり、両端の冒険者たちからは散発的な矢と魔法が、衛兵隊からは斉射された矢が数十メートルまでに肉迫した巨大蟻の群れへと浴びせられていく。


ただ、魔力が籠められていない矢では複数が命中しないと致命傷に至らない事もあり、その効果は限定的となってしまう。故に弓矢で止めを刺した巨大蟻は十匹前後に留まり、数が少ない冒険者の魔術師らが上げた戦果と同程度になった。


そして、初手からの遠隔攻撃で全体の八分の一ほどを仕留めたといっても、未だ討伐隊とヴァリアントの数は拮抗している。


一般種の巨大蟻が衛兵と同じ戦力に事前想定されている点を(かんが)みれば、“鉄” 等級の駆け出し冒険者では相手をするのが厳しく、“黒鉄” の冒険者ならば倒せると言ったところで、こちらには ”銀” 等級以上の者達もいるが……


敵方には兵隊(ソルジャー)種や全高2m、体長3.8mに近い巨体を持つ近衛(インペリアル)種も僅かに混ざっており、こちらも被害を覚悟せざるを得ない。


そんな状況下で、討伐隊とヴァリアントの闘争は近接戦へと雪崩込んでいく。

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