信仰が絡むと厄介になる法則
「公爵様、今の音は……」
「一応、念のために衛兵を二名ほど伏せさせてもらっておる」
どこか気まずそうな白髪の公爵がミュリエルの疑問に応え、物音のした壁面へと視線を投げる。そこには一見すると壁に埋め込まれた本棚しかないが、恐らくそれ自体が隠し部屋への扉なのだろう。
(バレた伏兵に注意を向けさせて、残りを隠すか……)
手の内は見せたとばかりに赤毛の魔導士へと視線を戻す公爵であるが、仕掛け付き本棚を備えた壁面以外にも、俺は伏兵たちの存在を知覚している。最初に入室した瞬間こそ曖昧な部分もあったが、少々時間があれば確信を持てると言うものだ。
未だ伏せられた衛兵が潜む反対側の壁面はデザインや装飾で巧妙に偽装されているものの、壁板の一枚がクルリと回転する仕掛けと予測できる。
(寧ろ、傭兵時代は貴族の護衛で潜む側だったからなッ!)
何気に懐かしい記憶を思い出していると、ミュリエルとの挨拶を終えた公爵の興味がこちらに向いた。
「ミュリエル嬢の付き添いの者、其方の名は?」
失礼のない程度に傭兵時代に覚えた略礼を取り、後はあくまで付き添いとして控え目に応じておく。
「ゼルグラの冒険者でアーチャーと申します、公爵殿」
「冒険者か…… 今回の件では世話になるが、宜しく頼む」
「えぇ、承りましょう (怪我しない程度にな……)」
「キュウゥッ!」
場の空気に合わせたのか? 誇らしげに鳴く子狐を抱いた赤毛の魔導士が勧められるまま、執務机の対面に置かれた椅子に座し、俺も隣の椅子へと座したところで話が本題に進む。
「それで、ミュリエル嬢から貰った報告書に関してだが、女王蟻とその子供たちを併せて考えた場合、ヴァリアントの脅威度がAに匹敵するのは本当なのか?」
「残念ですけど、その通りです……」
因みに脅威度Aの魔物を討伐するのは容易ではなく、“白金” 以上を含む冒険者たち、それに類する騎士や賢者などが率いる精鋭が必要となる。
まぁ、そんな存在が都合よくいる筈もないため、犠牲覚悟の物量作戦で押し潰していく訳だが、被害が大きいために公爵の表情が曇ってしまう。
呼び出された二人は知る由もないが……
王都の御前試合で魔導騎士第一中隊を率いる征嵐の魔女を破り、七つの災禍の一角を崩した “セルクラムの聖獣” という得体の知れない怪物が領内の森に潜んでいるため、危惧を抱く公爵の心労は増すばかりだ。
「困ったものだな、即応できる戦力は中核都市の常備兵が百二十名、そこにギルドが集めてくれた冒険者六十名ほどを加えても百八十余名だ、足りるだろうか?」
「うぅ、厳しいかもです、ヴァリアントたちは数が多いですから」
仮に領民を動員すれば頭数だけは十分になるが、武器を持った素人が大量投入されても、戦闘での犠牲者が増える未来しか予測できない。それに大黒柱を失った家族への補償なども考えれば、領民と財布の双方に優しくないと言える。
だからと言って、国内各地の傭兵団に声を掛けて募ったところで契約中の仕事もあるだろうし、冬場の移動など避けたいはずだ。呼びかけに応じて集まってくるのは春先ぐらいで、その頃にはヴァリアントの数や被害も増えているだろう。
「…… 公爵殿、王都に増援を頼むというのは?」
近隣の領地貴族は一国一城の主なので気軽に増援を頼み難いが、王都ならば常備兵力に余裕があるし、人の良いアレクシウス王の性格ならば、血縁もある臣下の頼みを無下にできないはずだ。
「アーチャー殿、ヴィルム領に自由都市同盟の守銭奴どもが手を伸ばしていた事は既知か? これに “新教派” の聖堂教会が絡んで事態は混迷しておるのだ」
確か、王都でエルネスタや鋼の賢者から少し聞き齧った頃は、都市同盟が隣接するリアスティーゼ王国ヴィルム領に対して、経済的に侵食してきたという事だったが……
「ふむ、それはかなり危険な状態ですね」
最早そうとしか言えない状況に思わず顔を顰めてしまう。
当初こそ経済的侵攻だったが、件の同盟内で根強い力を持つ ”新教派" 聖堂教会の教えまで浸透してきたらしい。
彼らの主張は単純で、商売などで “財を蓄えて現世利益を得るのは主の教えに背かず” というモノだ。蓄財を罪として否定し、多額の寄付を求める従来の聖堂教会の在り方を真っ向から否定する主張だな。
(あぁ、商人や交易都市の貴族からすれば都合が良いのか)
奇しくも、自由都市同盟の豪商どもがヴィルム領の一部貴族らと婚姻関係を結んでいるため、どうやら幾つかの家柄が新教派の教えに靡いて鞍替えをしそうな動きがある。
「それに国境沿いの都市や町を任されている貴族らが結託し、ヴィルム辺境伯に自治権を求めおってな、その背後には新教派と自由都市同盟の連中がいる」
「つまり、認めたら最後、実質的に同盟の新しい加盟都市ができると……」
今のところは水面下での侵略といったところだが、諸都市の住民に新教徒が増えれば統治する貴族も引っ込みがつかないし、行きつくところは紛争だ。
「その件で密かに王都の魔導騎士たちが動いておるゆえ、増援も難しい」
「う~、宗教は厄介です」
大人しく話を聞いていた赤毛の魔導士がげんなりするのを眺めつつ、どうやら現有の戦力だけでヴァリアントの巣を潰す必要があると理解した。
「ミュリエル、実際のところ常備兵と冒険者の混成討伐隊では手に余るのか?」
「ん、多分、討伐できるけど…… 相応の犠牲がでちゃうよぅ」
「…… だが、後手に回れば被害が増える」
暫し瞑目していた白髪の公爵が強い意志を感じさせる言葉を吐き、ミュリエルと向き合う。
「もとより我らは危急の事態において領民を護らねばならん、ミュリエル嬢、貴女の見識を借りたい」
「ッ、私のできる範囲でよければ……」
フェリアス公爵の要請に応えた彼女が頷き、一刻ほどヴァリアントへの対策を話し合った後、近日中に常備兵と冒険者の混成討伐隊が北東部の平原へと送られる事が決定した。
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