ど、どうしよう、身に覚えがあるよぅ By ミュリエル
「赤毛の魔導士…… 貴女がミュリエル・ヴェスト様ですね」
「あのぅ、どちら様でしょう?」
「これは失礼致しました、フェリアス公爵の侍従を務めるデリアと申します」
美しい髪を垂らして優雅にお辞儀する姿から判断すれば、恐らくは公爵家に仕える下級貴族の娘なのだろう。そうだとすれば、身元が保証された人物として家内で重用されていると判断してもよい。
(何の用件だ……)
何気に注意を向けようとするが、子狐化した妹が我関せずに鹿肉を催促してくるので、会話を拾うことに集中できない。
「ッ、ちょっと待て……」
「~~♪」
差し出した角切り肉へと上機嫌で噛みつく妹に呆れつつも、彼女たちの会話を聞く限りでは、ヴァリアントの報告書を行政庁に提出したのはミュリエルらしい。
「昨日、面会したレヒテ村長もフェリアス公爵に貴女のことを話しておりましたので…… 急な話ではありますが、お屋敷までご一緒願えませんか?」
「うぅ、行かないとダメですよね?」
「申し訳ありません、私が困ってしまいます」
やんわりとした笑顔なのに有無を言わせない侍従さんに迫られ、“ギギッ”と錆びついたブリキ人形のような動きで赤毛の魔導士が皆へと振り返る。
「あ、あたしはほら、包帯塗れでいくわけにも…… 」
「俺はミレアを宿屋に連れて帰らないとな」
やや視線を逸らしたミレアが負傷を理由に面倒事を避けようとし、それにリベルトも便乗した。さらにアレスも貴族様の屋敷など御免被りたいと、彼らの後を追随する。
まぁ、普通の冒険者は領主の屋敷なんて行きたくないだろうな……
「皆、薄情だよぅ、アーチャーは?」
「ふむ、領主殿か……」
フェリアス公爵というのは地名に基づいた爵位名称であり、普段はそのまま人物名のように使われていても本名ではない。王都で鋼の賢者に見せてもらった領主の聖域認定書には、確かベルノルト・レーディンゲンと署名してあったな。
彼の御仁が治める領地には群れの集落も含まれるため、一度ぐらい顔を会わせても構わない。
「付き添えと言うなら、引き受けよう」
「ん、お願いするね、ありがとう♪」
最後の鹿肉を頬張り、アレスと互いの宿屋を確認した後、先に冒険者ギルドを立つ。
そうして、侍従の娘に先導され、少々肌寒い夜風の中を都市ウォーレンの街並みを領主の邸宅まで歩いていると、不意に赤毛の魔導士が身を寄せながら小声で話し掛けてくる。
「ね、一応確認するけど…… その子狐、ダガーちゃん?」
「あぁ、久しぶりだな、ミュリエル」
「キュウ!」
「わッ、ととっ!!」
ここぞとばかりに指差された子狐が彼女の頭に飛び掛かるが、俺の肩も軽くなるので好きにさせておこう。
「意外と重ッ、む~、後で部屋に行くから色々話してね」
「あらっ、身を寄せ合って仲がよろしいのですね♪ 大胆ですわ」
「ふゎっ、ち、違うんですッ、デリアさん!」
不意討ち気味な言葉に慌ててミュリエルが飛び退くも、侍従の笑みは変わらない。
「ふふっ、そういう事にしておきますね」
「…… 勝手にしてくれ」
最初の印象よりもお茶目な性格の彼女を交え、三人で会話をしながら閑散とした夜の街を進むこと暫し、公爵家の大邸宅へと辿り着く。
(あくまで邸宅か、国境から遠い都市に城は必要ないわけだ……)
都市防壁自体も行政区を中心とした半径0.8kmほどの旧市街を覆っているだけで、後発的に拡張していった新市街までは保護されていない。
状況から戦火が及びにくい土地なのだろうと思索している間に、侍従の娘が衛兵に指図して正門脇にある通用門を開けてもらっていた。
「お二人とも、どうぞこちらへ」
勧められるままに門を潜り、メイドたちが一日の仕事を終えた頃合いなのもあって、人影が疎らとなった邸宅内をデリアに応接室まで案内される。
「では、ここで武器を預からせてもらえますか?」
「構わない、当然だからな」
彼女の言葉に応じてミュリエルは杖を、俺は曲刀と機械弓を部屋に控えていたメイドに手渡し、そこからさらに三階のフェリアス公の執務室まで移動した。
「閣下、御客人をお連れしました」
「ご苦労、通せ」
重厚な扉が開かれて室内へと入れば、執務机で羊皮紙を読み漁る初老の男が視界に飛び込む。さらに人化で鈍ったと言っても、人間よりは遥かに優れた感覚がそれ以外の存在も捉えた。
空気中に混じっているのは白髪の公爵が持つ体臭だけではなく、他者のそれも僅かに混じっており、壁面付近で濃くなっている。瞬間的に意識を集中すれば壁側から不自然な隙間風の音も微かに聞こえてきた。
(ッ、左右の壁に隠し部屋、恐らく各二人の護衛か……)
当然、今の俺よりも感覚が鋭いダガーも場に潜む相手へと反応を示す。
「クォン、ガゥウルォアウ グルァアン?
(兄ちゃん、囲まれてるけど倒しちゃう?)」
ミュリエルに両手で抱かれたまま、可愛らしく小首を傾げる子狐に首を振って否定しておく。
仮にも相手は大規模な領地を治め、王族にも連なる由緒正しい公爵だ。身元が定かでない冒険者たちと護衛もなしに会わないだろう。
そう結論付けて視線を白髪の公爵に向ければ、彼は先ほど鳴き声を上げた幼い狐を抱くミュリエルを見つめて口を開こうとしていた。
「久しいな、ヴェスト家のお嬢さん」
「…… 公爵様、どこかの夜会とかでお会いしたのでしょうか?」
「うむ、十年ほど前、ヴェスト男爵家に泊めてもらったときだ。私が庭を散策していたら、幼い君が葉っぱ塗れで草むらから現れて、捕まえたトカゲの尻尾を握って嬉しそうに振りまわしておったな」
語られる内容に彼女の表情が凍り付いていく。
「後にも先にも、私の顔にトカゲを叩きつけたのは君だけだ、ははっ」
「ち、違うんですッ、あれはトカゲの尻尾が勝手に切れて!」
本日二回目の “違うんです” を叫びながら、何やら弁明を始める赤毛の魔導士が助けを求めてこちらに振り向く。
「ど、どうしよう、身に覚えがあるよぅ」
そんな遣り取りに隠れていた護衛の一人が笑いを抑えられずに小さく噴き出し、弛緩した空気が場を支配した。
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