それで十分なんて、とても言えないけどね By ミュリエル
これでグラウ村撤退のお話は完結です。
そして、やっとモブ状態になっていた狼犬人が出ます(;'∀')
だが、これで当面の窮地を脱したと言っても、都市ウォーレンを目指す二百名近い村人の中には親に手を引かれた幼子や老人なども多数いるため、このまま逃げ切る事なんてできない。
「くッ、アレス、来やがるぞッ!」
「わかってますよ、ザックスさん!!」
村外に出て暫くの後、触角による複合的な探知能力を頼りに追い縋ってきたヴァリアントたちを睨み付け、逃げ惑う人々の中で二人の戦士が抜剣し、他の仲間や十数名の自警団員らもそれぞれの得物を構えていく。
「う~、村内に残った分だけ減ってるけど……」
ヴァリアントの性質上、仕留めた獲物を巣穴に持ち帰っていくため、強靭な顎で解体した家畜や穀物袋を咥え込んで多くの個体が帰路に着いたのだろう。それでも未だ五十匹以上が追撃してくる様を見て、赤毛の魔導士は表情を曇らせてしまう。
「うぅ、無理だよぅ、でも……」
「ミュリエルさん、死なない程度に頑張りましょう」
暗にいざとなれば逃げに徹するという意志を込めて、小柄な魔術師エイナが風属性の魔力を纏わせたワンドを頭上に翳し、一拍遅れて赤毛の魔導士も樫の杖を掲げ、火属性の魔力を灯す。
「原初たる焔よ、撃ち砕いてッ、ファイアペレット!」
「切り裂け、三連風刃ッ」
先頭のヴァリアントたちが有効射程に入った瞬間に前衛たちが空けた隙間から、それぞれに中級に属する攻撃魔法を放つ。
「ギ、ギッウ!?」
「ッ、ギギィ……ギッ」
駆け抜ける複数の風刃が二匹の足を纏めて切り飛ばし、自重を支えられなくなった巨大蟻たちが頭を地面に擦りつけながら倒れ込む。
さらにその隣でも飛来した無数の火炎弾が三匹の巨大蟻に突き刺さり、内側から燃え上がって身を焼き焦がしていくが…… その攻勢を留めるには至らない。
斃れた仲間の死骸を乗り越え、近接の距離へと迫ってきた巨大蟻たちに対して、初撃を撃ち出した術師二人は素早く後方に下がっていく。
余談であるが、どこかの狼犬人みたいに最前線で殴り合い、隙あらば魔法を撃ち出す器用な猛者は極少数なので、とてもミュリエルらにできる芸当ではない。
故に直接相手と斬り合うのは前衛たちの仕事であり、吶喊してくる巨大蟻を斜め後方に飛び退って躱しながら、アレスは力任せに振り抜いたロングソードですれ違い様に片側の足三本を斬り飛ばした。
「ギィイッ、ギィイイッ!!」
喚き声を上げて地に倒れ、なおも片側の足だけでもがく巨大蟻へと狙いを定め、撃ち漏らしに備えていたミレアが近距離から追撃の矢を放って止めを刺す。
状況を俯瞰するために視野を広く持とうとする彼女の視界では、リベルトが先端部のみ硬化された触角槍を後退しながらも右手のサーベルで切り払い、さらに喉元へ喰らい付こうと迫る巨大蟻の眉間に左手の籠手付き短剣を突き刺していた。
「ッ、多勢に無勢だな!!」
動きを止めたヴァリアントの前足付け根に片足を掛け、愛用の短剣を引き抜きながら軽装戦士が飛び退き、後続の巨大蟻との距離を稼ぐ。
彼らやザックスのような戦闘慣れしている冒険者たちは無理に踏ん張ることなく、後退を織り交ぜて相手の勢いを削いでいくが、不慣れな自警団員の大半はそうもいかない。
切り結んだ当初は巨大蟻たちを押し留めても、手早く始末する事ができないために囲まれてしまっていた。
「ギィ、ギギィッ!」
「うわッ、た、助けてくれッ!! あ、脚が喰われッ、ひッ、がッ」
側面からの噛みつきに対応できず、強靭な顎で右脚を切断された団員が倒れ込み、先程まで牽制していた別個体に圧し掛かられて、喉を裂かれてしまう。
「う、うぁああッ、死にやがれこの野郎ッ!!」
恐慌を起こした隣の団員が出鱈目に鉄槍を突き出し、仲間に止めを刺した巨大蟻の頭を偶然に貫くが……
「ギォ……ギィイ…ッ、ギ……」
「は、はは、ざまぁみろッ、ぐぶッ!?」
一瞬だけ、表情を緩めた男の腹も斜め横から伸ばされた触角槍に貫かれており、引き抜かれると同時に血が噴き出す。彼は鉄槍を放り出して腹を押さえるものの、包囲された状況では何の意味も無く、膝を突いたところを巨大蟻に群がられて姿を消した。
そして、自警団が突破されてしまえば、逃げ惑うグラウ村の人々に為す術はほとんどなく、そこかしこで悲鳴が上がり出す。
「ちッ、ザックスさん!」
「くッ、分かっているが、なッ!!」
栗毛の戦士の呼び掛けに応じながらも、無骨な戦士が噛みつこうと迫ってきたヴァリアント・ソルジャーの顔面を蹴り飛ばし、間髪容れずに両手剣を叩き込んで仕留める。
押し込まれつつも冒険者たちは奮戦しているが、皮肉なことに彼らを御し難いと判断した巨大蟻らの矛先は逃げ出した村人たちへと転じていた。
「きあぁあッ、うぁ、痛いッ、やめ、助けッ、うぁ……」
「ぐぶッ、ごはッ……」
「うぅ、うあぁ、ッぅ」
巨大蟻に噛みつかれた不運な犠牲者たちが呻き声を上げ、その光景が悲鳴を連鎖させていく。そんな混乱の中で、後方支援へと下がってきたミレアが周囲を一瞥し、草地に足を取られて転んでしまった幼子を視界に捉えた。
「い、いやあぁッ、誰かッ、娘が!」
「くッ、引っ込んでなさい」
母親の叫びを聞きながら、彼女は最短の動作で弓を引き絞り、番えていた矢を迫る巨大蟻に撃ち放つ。さらに握り込んでいたニ本の矢も連射して確実に倒し、駆け寄る母親を見て安堵を吐くのも束の間、今度は聞き慣れた声で悲鳴が響く。
「ミレアッ!!」
ただし、その声は自身を案じるもので、振り向こうとした彼女へと兵隊種の巨大蟻が顎を開いて吶喊してきた。
「ッ、うきゃあぁッ!」
咄嗟に右手を突き出して勢いのままに噛みつこうとしてくる頭を押さえ、無理やりに身体を捻りながら致命傷を避けるが、パキパキと指先から嫌な音が鳴る。
それでも躱せたのは強靭な顎だけであり、直後にミレアは兵隊蟻の体と接触して弾き飛ばされてしまう。
「かはッ、くぅ、あぁ…… うぅ」
「エイナッ、援護を!!」
地に伏したまま呻き声を漏らす彼女の下へと血相を変えたミュリエルが駆け寄り、一緒にいたエイナは脚を忙しなく動かして旋回する兵隊蟻へと頭上に掲げた手を振り下ろす。
「舞い踊りなさいッ、風月輪」
掌の上に凝縮された風が二重の小さな円環を成し、双子の戦輪が弧を描いて方向を転じたばかりの標的へと殺到して、その身を切り裂いていく。
「ギィッ、ギィイィイッ……ギ、ギィ……ッ………」
暫時、風の戦輪から逃れようと足掻いていた兵隊蟻が息絶えるのを確認し、彼女も周囲を警戒しながら治癒魔法を施すミュリエルの側へと足を運ぶ。
「…… その様子じゃ、もう戦えないわね」
「ご、めんねッ、うぅ」
「…… 大丈夫、もうヴァリアントの数は少ないから」
赤毛の魔導士の言う通り、気が付けば牙を剥く巨大蟻たちは残り少数となっているが、それは冒険者らが撃退に成功したわけではなく、多くの個体が獲物を咥えて帰巣しただけに過ぎない。
されども、グラウ村西部の平原に転がる二十数匹に及ぶ巨大蟻の死骸の数だけ、冒険者たちや半数以上が犠牲となった自警団員の戦いにより、人的被害を軽減できたことも事実だ。
(それで十分なんて、口が裂けても言えないけどね……)
遣り切れない気持ちを抱きながら、負傷したミレアを護っているうちに最後まで居座っていた巨大蟻をアレスが斬り捨て、四十名近くの被害を出したグラウ村からの撤退戦は幕を閉じる。
それから二日を掛けてグラウ村の住民達は中核都市ウォーレンへと辿り着き、ヴァリアントの脅威が明らかとなった。被害報告を受けたフェリアス公は出兵の手配を行う傍らで特例依頼を出し、現在の騒々しい冒険者ギルドの状態が生じている。
この機に名を上げようと気勢を吐く者、それを冷ややかに見つめる者など、様々な思惑がひしめくギルド内へと、ふらりと肩に子狐を乗せた銀髪の男が姿を現したことに気付いたものは少ない。
読んでくださる皆様の応援で日々更新できております、本当に感謝です!
ブクマや評価などで応援してもらえると嬉しいです!




