言っても仕方ない事ってあるよね?By ミレア
思ったよりもグラウ村からの撤退戦が長くなってしまいました(;'∀')
2分割しますので、後半部分も今日中に更新します!!
それから然程の時間を掛けず、慣れない疾走で息を切らせた小柄な魔術師は “豊穣の祈り亭” に飛び込み、テーブルに腰掛けて朝食を待っていた仲間たちへと詰め寄っていく。
「ザックスッ、蟻がいっぱいくるのッ!!」
「ん、昨日の奴か?」
「に、逃げよう! あんなの相手にできないわ」
「ちょッ、落ち着きなよ、エイナ」
水の入ったコップを手渡して色白な戦士が仲間を諫める様子を窺い、隣のテーブルで同じように朝食を待っていたミュリエルたちも朧げながらに実態を把握し、彼女が呼吸を整えるのを見計らって声を掛ける。
「ッ、エイナさん、ヴァリアントの数はどれくらいですか」
「あ、ミュリエルさん…… 貴女の言った通りね、百匹以上いたわ」
「うぅ、どの方角からくるの?」
「北側の平原、遠見の魔法で見た感じだと4㎞の距離かな」
やや落ち着きを取り戻した彼女の言葉を聞き、今度は諫めていた色白な戦士が焦りを見せてしまう。
「ひ、百匹以上も、あの巨大蟻が近くにいるの!?」
「あー、確かに逃げるしかないですね……でも」
神官装束を纏った、恐らく聖堂教会から修行に出ているのだろう線の細い男が錫杖を握り締めて席を立つ。
「冒険者規則には、危機に於いて人々の命を守るというものがあります」
「あぁ、分かってる、ただ、可能な範囲でのみだぜ?」
暫し無骨な戦士と神官が視線を交え、何やら意見が割れそうなところにミレアが横から口を挟んでいく。
「でもさ、見捨てるのも気が引けるし、何もせずに逃げたらウォーレンのギルドで笑い者になるよ…… 暫く依頼を回して貰えないんじゃない?」
事実として冒険者稼業は信用第一であり、それをギルドから疑われると依頼制限を受けてしまう。それに救護義務が生じた時の状況次第でギルドから褒賞が出る場合もあり、全くのただ働きとも言えない。
「ちッ、しょうがねぇな…… 女将さん、朝食はキャンセルだ」
「言われなくても、もうこっちは逃げる準備中だよッ」
「すまんな、朝食はどっか別の店で食ってくれ」
聞き耳を立てていた宿屋の夫婦が忙しなさそうに食料や調味料などを搔き集める様子を一瞥して、軽く溜め息を吐いたアレスが椅子から腰を上げた。
「これは朝食の前に一仕事だな、ミュリエル」
「う~、先ずは状況の確認と避難誘導だよぅ」
可愛く唸りながら赤毛の魔導士は手に持ったコップの水を飲み干し、樫の杖を手に立ち上がって彼女たちを待つザックスらと一緒に宿屋を後にする。
その頃には村人の幾人かが迫るヴァリアントの大群に気付いて、大声で騒ぎ立てており、グラウ村の自警団員らも広場に集合していた。
あまり質が良いとは言えない装備を纏う彼らの下へ、冒険者たちが急ぎ足で駆け寄るのとほぼ同時に村長も小走りでやってくる。
「レヒテさんッ、即決してくれ、撃退なんて無理だ」
「もう十分ほどで巨大蟻の大群が来ますッ、村を捨てて逃げましょう」
「…… 村外退避の警鐘を鳴らしてくれ」
「それで、避難先はどうします?」
自警団長の問い掛けに村長が暫し黙考するのを機と見て、赤毛の魔導士が彼らの会話に割り込んでいく。
「あ、あのッ、避難先は都市ウォーレンが良いと思います」
「それは…… 村を捨てて長期的にという事ですか、魔導士様」
「はい、一時的避難で済む事ではありません」
「ご領主様を頼るしかないのですね……」
たとえ一時的に難を逃れても、戻ってきた時には越冬用の備蓄などもヴァリアントたちに食い潰されているため、もはや次の春を迎えることは難しい。それならばとミュリエルは言葉を続けた。
「ヴァリアントたちが家畜や備蓄に惹きつけられている隙に逃げましょう」
「分かりました…… 冒険者の皆様、避難にご協力いただけますか?」
村長が八名の冒険者たちへと深々と頭を下げ、それに栗毛の剣士アレスともう一組の冒険者を代表してザックスが頷くのを見届けてから、黙していたミレアが威勢の良い声を上げる。
「さぁ、直ぐに動きましょう、警鐘をお願いします!」
「は、はいッ!!」
「他の団員は村の皆さんを西側に避難誘導してくださいッ」
「「わ、分かりましたッ」」
彼女らしからぬ丁寧な言葉で急かされた団員たちが一斉に動き出し、その一人がまさか使うとは思わなかった “村を放棄する” ことを告げる律動の鐘を打ち鳴らす。
「ッ、まさかグラウ村を捨てるのか?」
「そ、そんなッ」
「命あっての物種だからねぇ、逃げるよ、あんた」
「ちょっと待ってくれ、せめて金目の物を……」
鐘の音に衝き動かされる人々に団員らが声を掛け、村の西側から脱出した後、都市ウォーレンへ向かうことを伝えて避難を促す。
先ずは子供を持つ母親たちが率先して動き出し、他の者たちも続いて村から慌てて逃げ延びる最中、ついにヴァリアントたちの先頭集団がグラウ村の北側へと浸透する。
「…… 奴らの進行方向に牧場があったのは幸いだな」
「うん、時間を稼いでくれるよね、可哀想だけど……」
呟くザックスに応じながらも、どうせ食べられる運命の家畜にそんな想いを抱くのは欺瞞だと頭を振り、ミュリエルは村の西側に建つ小さな教会の屋根上から降りてくるミレアを迎えた。
「どうだった、もう逃げ遅れた人はいないのかッ」
「えぇ、家畜が襲われてるだけよ、あたしたちも逃げよう」
さらりとミレアはリベルトの問いをはぐらかす。さっき見た限りだと、家畜被害が出始めた頃合いなので嘘は吐いていない。支度に手間取ったのか、逃げ遅れた少数の村人が取り残されているのも視界に入ったが…… 今更どうしろと言うのだろう。
(冒険者の救護義務は可能な範囲だからね……)
余程の幸運に恵まれない限りは巨大蟻達の餌食になることは分かり切っているものの、助けに行くには危険過ぎる。包み隠さずに皆へ伝えたところで無謀な行動を選択させるか、見捨てたという罪悪感を持たせるだけに過ぎない。
それに意見が割れて時間を浪費すれば全ての人々に危険が及ぶ。ならば、事実は自身の胸に留めておく方が良いだろう。たとえ、心に刺さる小さな痛みがあったとしてもだ。
軽く胸を押さえたミレアは気持ちを切り替え、仲間たちと共にグラウ村を離脱する人々の最後尾に混じっていく。
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