川辺にまつわるエトセトラ
「ウォオン、 ワゥウッ クゥアウ ウォルアゥ
(ところで、アックスとランサーはどうしてる)」
十日ほど集落を留守にしていたので顔を見ていない仲間が気に掛かるし、先にミュリエルを二匹に紹介しておけば円滑に事が進むため、その所在をブレイザーに確認した。
「オアゥウ、ウォルウォアル クァンォオウゥ ウォアルオゥ
(二匹とも、いつもの川辺にチビたちを連れて水浴びに行った)」
いつもの川辺とは、流れが緩くて浅い水遊びに適した場所だ。
俺もガキの頃はマザーによく連れていってもらった。
ふむ、俺たち三匹とミュリエルも森の中を長々と歩いてきたから身体が汚れている。集落に入る前に此方も川辺で水浴びするか……
「ガォ、グルォ ウォアルォオンッ (よし、俺たちも川辺に行くかッ)」
「ウォクァオン、グルァ (それは良いな、大将)」
「ワォン、クォン、クゥアウ ウァオルァアオォン !
(うん、兄ちゃん、ランサーに会うの久しぶりだねッ!)」
ダガーはしっぽを左右に揺らして、何気に機嫌がよさそうだ。
同じ時期に生まれた六匹の中で雌は妹とランサーだけであり、無邪気な妹に対して彼女は面倒見が良いお姉さん的な立場なので良好な関係に見える。
そして、妙にそわそわとするバスター。
奴は毛色が変わった腕や細長くなった尻尾をちらっと見ていた。
俺は知っている。
バスターがランサーをちょっとだけ意識していることを……
ただ、俺とダガーの見立てでは母性本能を擽られるのかアックスの方が脈ありだ。まぁ、実際のところは分からないが、あいつには俺ですら構ってやりたくなる瞬間があるからな……
ともあれ、皆で川辺へ移動しようとするとミュリエルに腕の毛を掴まれた。
「あれ、アーチャー、集落と方向が違ってない?」
彼女には地図で集落の場所を教えているため、転進した俺たちに疑問に持ったようだ。俺はその質問にジェスチャーで答える。
モンダイナイ・カワベニ・ヨル
ここに戻るまでの旅程で俺たちが狩りの時に使うジェスチャーを教えたら、彼女は魔術学院卒の魔導士様の能力を十全に発揮してくれたので、今では筆談以外の伝達手段を得ていた。
なお、目的の川辺は集落から少し南に下ったところにある。
一般論として、人間であってもコボルトであっても水源の無い所に暮らすことはできないため、必然的に河川などの水源付近にどの種族も村を作っていく…… 結果、生活域が重なって争いが生じるわけだ。
日々の紛争は人間同士、亜人種同士、はたまた人間と亜人種の間で繰り広げられており、俺たちコボルトの宿敵には同じ亜人種に分類されるオークやゴブリンも含まれていた。
この近隣のゴブリン共の生活圏は今向かっている集落の生活水源であるスティーレ川(名称は地図で知った)を南に下った場所にあるので、不用意に踏み込まないようにしている。
さらにその先に何があるかは…… 到達したコボルトの同胞がいないため分からない。率直にいえば、俺たちの生活範囲は狭いのだ。徒歩半日圏内のヴィエル村の存在にも気づかないくらいには……
おっと、川辺についたな……
「キュウ、キュアンッ」
「クキュウッ!」
「クーンッ」
そこでは生後数ヶ月の仔ボルトたちがばしゃばしゃと川の浅瀬を楽しそうに跳ねまわっており、危険な深みにチビたちがいかないようにアックスとランサーが立って見守っていた。
その二匹は少々姿が変わっている俺たちに対して警戒の視線を投げてくる。
「クゥアウ、グルゥ (ランサー、俺だ)」
そう言いながら俺は弓矢を掲げた。
「アーヴァー? ワファ クオゥルアァン……
(アーチャー? 何か毛色変わってる……)」
「グルウォアウ、グウォルァウゥ
(それを言ったら、そいつもだろう) 」
見事な蒼色に染まったアックスを指さす。
「クァア~ン、グルァウ (おかえり~、ボスぅ)」
ざぶざぶと水を掻きわけてこちらに奴が歩いてくる。
心なしか、またデカくなっているな…… などと考えていたら、我が妹がおもむろにしっぽをフリフリしながらランサーへと吶喊していく!
「ガォルウ 、クァルァアァンッ! (ただいま、戻ってきたよッ!)」
「ワフッ!?クァ…… (え!? ちょ……)」
バッシャーンッ
勢いよく抱き着かれたランサーは川に尻もちを突き、何やら二匹でじゃれ合いはじめた。それを眺めながら、俺も装備を外して川で旅の汚れを落とそうとする。
「ちょッ、ちょっとアーチャー、君の集落って皆、あんな感じの子たちなのッ! 凄い、これは発見よッ、もう新種のコボルトと言ってもいいんじゃないかしら……」
興奮しているミュリエルには申し訳ないが、強壮な体躯を持つのは俺たち六匹だけだ。
イヤ・イマハ・ソウデモ・ナイ
「ん~、となると原因は君だね、アーチャーッ!!」
ズビシと俺に指を突き付けてくる赤毛の魔導士。
「ワフィ?」
「いい? ある条件に属する限定的な集団にひとりだけ隔絶した存在がいる場合、それはその世代に変革をもたらすんだよぅ、それが君なのッ!」
やや熱が入ってきた彼女にジェスチャーを送る。
カワデ・アタマヲ・ヒヤセ
「え? ちょっと、もうッ!」
それだけ伝えて、俺は彼女を放置して川の中にゆっくりと入った……
「……ワフ、クァルァアゥ (……あぁ、戻ってきたぜぇ)」
浅瀬に腰を下ろして、寝そべる体勢で大きな身体を水に浸したバスターのそんな呟きを聞きつつ、俺も奴の隣に腰を下ろす。
「ウォン、クァルオォ…… (確かに、落ち着くな……)」
俺たちの視線の先では、妹がランサーに絡んでいるためにアックスが独りでチビたちの面倒をみていた。さっきまで川辺に佇んでいたブレイザーは……いつの間にか姿を消している。
恐らく、水浴びで丸腰となった俺たちを気遣って周囲を警戒しているのだろう。しかし、有難いがあそこまで神経質だと気苦労も多そうだなと、ひとり苦笑を浮かべていたら不意に赤毛の魔導士の呟きが聞こえてくる。
「う~、気持ち良さそう…… 私だって綺麗にしておきたいし、ここならコボルトしかいないから、いいよね?」
誰に確認を取っているかは分からないが、そんな声と共に背後から衣擦れの音が聞こえてきた後、服を着崩したミュリエルが川に入ってきた。彼女は手にした布を濡らして身体を拭きはじめる。
大胆に開かれた胸元と白く眩しい太ももに意識を惹かれて俺は理解した。中身が元人間なだけに、たまにアプローチしてくるコボルトの雌よりも人間の女性に欲情すると……
そんな俺を横から愕然とした表情で見つめるコボルトが一匹。
「ッ!? (何ッ、まさか大将、人間の雌に欲情しているのかッ!?)」
この後、バスターを誤魔化すのに多大な苦労をする羽目になったことは言うまでもない。
物語の進行がまったりですみません。
頑張って、早めに進めたいと思います。