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銀毛の狼犬、都会へ行く

「ルォ、グアゥ ヴィ…… (今年、最初の雪か……)」


ひんやりした朝の空気にぶるりと身体を震わせ、片目を開けて巣穴の外を眺めれば、白い結晶がふわりと舞い落ちる。古代の森から帰還して早くも二ヶ月程が経ち、その間に集落はアスタやスミスらの尽力で様変わりをしていた。


大きな変化はスティーレ川に設置した揚水車で、今も廻る水輪に取り付けた複数の木筒が次々と水を汲み、回転運動で高く持ち上げてから木製水路に落としている。


水路は集落外縁の森まで延びた後に分岐して、一本は穴を掘って砂利を敷き詰めた貯水池に、もう一本は河川の下流域へと向かう。なお、分岐点には水門代わりの敷板があり、貯水池に水を入れるのか、そのまま河川に放流するのかを選択可能な仕組みだ。


念のため、普段は氾濫を警戒して貯水池への水路を閉じ、水位が下がった時だけ水を引くことにしている。と言っても、まだ運用を始めたばかりだが。


そうして、貯水池に貯められた水は皆の生活用水として使われたり、併設してある秋撒き小麦の畑に散布されたりしていた。飲み水に関しては衛生上の問題のため、下流へ向かう水路から直接取水している。


(ふむ、この寒さで水が凍ってなければ良いが……)


確か、桶に入れた静止状態の水よりも、流れている動的な水の方が凍り難いため、きっと貯水池が先に凍るはずだ。


然程、意味の無いことを考えながら、大きく欠伸を噛み殺し、纏わり付くセリカを振りほどいて立ち上がる。


「あぅ…… うぅ~、頭痛が……」


昨晩、彼女がお酒を持ってきたので、一人と一匹で雑談をしながら少々飲んでいたのだが、まさか果実酒ぐらいで酔い潰れるとは……。


(いや、そうでもないのか?)


ちらりと転がる空瓶を一瞥する。


秋の季節にミラが採取したワイルドストロベリーとリンゴを発酵させ、アックスが持っている蜂蜜も加えた逸品であり、その度数は未知数だ。


もしかしたら結構、強い酒だったのかもしれないと、二日酔い気味の小麦肌エルフを見て思いつつも、巣穴の外に出て良い匂いのする広場へ足を運ぶ。


その際、敷地の中心部を避けて疎らに建つ簡素な家屋に紛れ、アスタが手掛けている本格的な建物が視界に入った。その外壁は木造の骨組みに土が丁寧に塗られたもので、仕上げに西洋漆喰が使われている。


漆喰はスティーレ川上流の鍾乳洞から石灰石を拝借して、それを焼成させた生石灰に水を加えるとできるらしい。


「ウォガル グォルァオォアウゥ (もう少しで完成といったところか)」


約束通りにスミスや群れのコボルトたちが協力しているため、日々少しずつ姿を整えていき、後は日干し煉瓦を焼いて屋根の上に敷き詰め、床を(しつら)えれば終わりだろう。


ただ、製作の過程で目の細かい(のこぎり)(かんな)、壁塗のコテなど精度が高い工具も必要になり、何回か人化して近隣にあるゼルグラの町まで行く羽目になった。


(結構な散財だったが…… スミスたちが技術を習得する良い機会だしな)


これで集落の建築物の水準も上がるわけなので、渋っても仕方ない。それと件の町を訪れる度に街酒場で食事を楽しんでいたのは内緒だ……


そして、噂をすれば何とやらで、食欲をそそる匂いに惹かれてくれば、広場の一角で垂れ耳コボルトたちが集まって焼き芋をしている。小柄な彼らの中で特に目立つ青色巨躯の幼馴染が例によって、蜂蜜をぶっかけた赤芋を食む。


「ウ、ウォフ ヴォオア ルォアウゥ、クルァアウッ

(こ、これは素晴らしい発見だよぅ、ウマ過ぎるッ)」


「ワゥウワァゥ、グルゥアァン……

(アックスの兄者、僕も欲しい……)」


「ガルゥオ~、クルァオウゥ ガゥアルオゥ♪

(勿論だよ~、美味しいものは広めないと♪)」


巨躯を嬉しそうに揺らしながら、片手に持つ蜂蜜瓶をスミスに渡し、蜂蜜たっぷりの焼き芋へと齧り付くアックスに近寄って一声掛ける。


「グァアォオゥ (邪魔するぞ)」

「ン、ワォオン(ん、いいよ)」


やや横にズレてくれた場所へと腰を下ろし、熾火と落ち葉による灰の中へと木枝を突っ込んで、温かい赤芋を一つ手に取った。


「ウォフ、グルァウ (これ、ボスも)」

「ウォアン、ガルウゥ (そうだな、貰おう)」


垂れ耳コボルトたちの輪を一巡してきた蜂蜜瓶を受け取り、灰を丁寧に払って皮を剥いた赤芋へと塗り付け、アックスへと返す。


「アウゥ~ (あうぅ~)」


奴は空になった瓶を悲しそうに受け取ったが、まだ幾つかアリスティアに貰った蜂蜜瓶を巣穴に隠し持っていることは皆が知っていた。


それはともかく、やや遅めの朝食を終えて暫くした後、工具類と一緒に購入してきた駄獣用の鞄を持ち出す。これは二つの大きな布鞄が革製ハーネスの両端に取り付けられており、天秤の様に両方の重さのバランスを取るタイプで、獣化した時の俺に合わせてスミスが仕立て直している。


その鞄へと弓矢や曲刀、革鎧や水筒など必要最小限の物を傷まないように工夫して入れた後、鋭く意識を集中させていく。


「ッ、フゥ――――ッ」


短く息を吐き出ながら、時折ボキバキと音を鳴らして巨躯の銀狼へと転じ、革製ハーネスの下へと身体を潜り込ませ、駄獣用の鞄を持ち上げて妹にしっかりと留め具を装着してもらう。


「クォン、ウォアン! (兄ちゃん、できたよ!)」


まぁ、そんな事をしていれば目立つ訳で……


「ン、グルァ、ヴォ ガオァル グルァウゥ?

(ん、大将、また人間の集落にいくのか?)」


「ワフ、ヴォルグァン (あぁ、数日で戻る)」


ここ二ヶ月の間、必要に応じて近隣へ出掛けていたため、その辺りは皆も慣れてきた感がある。


だが、今回の目的地はフェリアス領の中核都市ウォーレンだッ!

この辺りよりも、魅力的な仕事があることを期待させてもらおう。


実は資金確保のため、ゼルグラのギルドで冒険者登録を済ませていたのだが…… 需要と供給の関係上、件の町が許容し得る冒険者数の上限が近いらしく、真っ当な依頼を新人が獲得することは難しかった。


故に領内最大の都市へと出稼ぎに行くわけだ。


多少、未知のモノに対する好奇心を刺激されていると、幻術 ”縮小変化” で子狐化した妹が横合いから、持ち前の跳躍力で飛び上がる。


「キュウッ!」

 ポフッ


こうして、俺は子狐を背中に乗せたまま北を目指して疾駆するのだった。

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