水車の直径?適当に作ったんだけど……ぐすん By スミス
「あー、もう昼か…… そういや朝方に胡桃を齧ったくらいだったな」
集中していると空腹など然程気にならない事も多いのだが、丁度切りが良かったようで鍛冶師のアスタは手早く散らかした工具を片付けて腰を上げた。
「ぐるぉ がるおぁあん? (お前らはどうするんだ?)」
「ウ~、ウォオアァ ワァオゥ グァフォオオン……
(う~、狩りに出た兄者たちが戻ってきてないし……)」
兄者たちとはアックスとナックルの二匹のことを指し、狩りに赴く場合はそこに二匹ほどの若い雄を加えた小集団となっている。
その狩猟班が狩ってくる獲物以外にも製作物と交換した果実などが日々の暮らしを支えているため、垂れ耳コボルトらは技量を向上させることに対して余念がない。
「ウァウ、オファウゥ クルァ “クォルヴァ” ガルァオウ
(スミス、待ってる間に僕らも “鉄の棘” を作ってみよう)」
「ワォンッ、グルォ ヴァガルァン! (いいねッ、皆の鋸も作ろう!)」
「…… ガルクァ ヴォルファオゥ? (…… そんなに銑鉄が無いわよ?)」
俄かに活気づきだした垂れ耳たちの輪から、アスタと共に抜け出した妹が駆け寄ってきて両手を突き出す。
「ガゥルクゥア~ン♪ クォン オァウ、グルヴォアァンッ
(お昼は牡丹肉だ~♪ 兄ちゃん貸して、あたしが捌くよッ)」
「ガオルァウ ウォルクアゥ『重いから気を付けてな』」
「ワフッ!? (わふッ!?)」
一声掛けてから麻の縄袋を渡すも、通常より一回り大きい獲物の重さにふらつく妹にセリカがそっと手を添えた。
「…… ぐるぅ、くぅあう (…… 私も、手伝う)」
「ン、ワォアン (ん、ありがと)」
そのまま広場の端っこにある敷き藁まで仲良く運び、互いに愛用の短剣を取り出して獲物の処理を始める様を一瞥した後、隣に佇むアスタと向き合う。
「グルォ ウォアルォオアァウ『俺達は水でも汲みに行くか』」
「あぁ、そうしよう」
ついでに皆の革水筒を持って川辺に行くため、エルフたちのテントへと一度戻ると…… どういう経緯か分からないが、リスティからランサーが魔法の手ほどきを受けていた。
こちらに気付くこともなく熱心に取り組む彼女たちを邪魔する必要も無いので、さっさと全員分の革水筒を回収して、スティーレ川の水汲み場よりも少し上流に足を運ぶ。
道中でアスタから設置場所を先に決めないと水車の設計ができないと言われた故だ。何でも水流や水深に合わせて水車の直径を決めないと円滑に回らないらしい。
(俺は初手から間違っていたのか…… すまない、スミス)
一生懸命に試作水車を作ってくれた職人肌の垂れ耳コボルトに詫びつつ、青銅の鍛冶師と木の棒で水深を調べながら川辺を歩く。
「此処の水深は80㎝ほどだ…… 揚水車は凡そ水輪の四半を水没させておく必要があるし、川底から浮かせて固定しないといけないから、直径2mほどの水車なら設置できるぞ」
「ワフ、グォオォン『あぁ、それで頼む』」
頷いて了承を示すと、アスタはしゃがみ込んで水面に手を浸けて思案顔をする。
「これは…… 水車の手前に石積みの堰も作って、落差を生じさせた方が良いな」
その辺りのことは専門家に任せておくとして、俺は次々と持ってきた革水筒を川面に沈めて満杯にしていくが…… 然したる作業でもないため、直ぐ手持ち無沙汰となってしまう。
「ガゥ、グォル ガゥルォファウ クゥアル オアゥルアァン?
『なぁ、あまり昼食を待たせると奥さんが怒るんじゃないのか?』」
「う、結婚してから甘々になってるが、あいつ実は短気だからな……」
寧ろ、俺が腹を空かせた狐娘に怒られる気がして適当なことを言ったが、どうやら大人しく帰路に着いてくれそうだ。
事前調査を切り上げて革水筒の紐数本を掴んだアスタが集落へと歩き出し、俺も同じように革水筒を持ちながら追随してセリカたちのもとに引き返す。
彼女たちは既に大猪を捌き終えており、切り分けられた肉の一部が平石の上に並べられている。その傍では大きさの近い四つの石の上に鉄板が敷かれ、隙間には木炭が詰め込まれていた。
「ルゥ、ルゥオア、クァンオ♪(灯れ、灯れ、狐火♪)」
そこへと妹が両掌を翳して煌々と灯る狐火で木炭を赤く染め上げ、鉄板が暖まったところで刺突短剣の切先に猪肉を引っ掛けて焼き始めた。
「ん~、良い香りなのですぅ」
ひょっこりと薬草やらの匂いを纏わせたミラが姿を見せて、おもむろに刻んだハーブやら岩塩を猪肉に振り撒いていく。
「ついでにこれも焼くのです!!」
さらに集落に帰還するまでの道程でブナの根元から採取していたマイタケ、その地中に埋まっている事もある高級食材の白ショウロ、丸っこさが可愛らしいハラタケなどの茸を鉄板に乗せた。
(まぁ、どれも食える茸だから良いけどな)
その辺は森に生きるエルフかつ薬師である彼女の判断を疑っていないし、地中の白ショウロは俺たちが嗅覚で探して掘り当てたからな……
暫しの後、程よく猪肉が焼けたところで木皿に取り分けていると、魔法の鍛錬をしていたリスティとランサーも匂いに惹かれてやってくる。彼女たちに姿が見えないレネイドのことを聞けば、どうやらバスターと一緒に世界樹の種を植える場所を探して森に入ったそうだ。
それを聞いて何気なく森の入口に視線を向けたら、狩りから戻ってきたアックスたちが垂れ耳コボルトらに囲まれていた。
(あっちは鹿と穴熊の肉か……)
どうやら蒼色巨躯のコボルトはスミスたちと食事を取るようなので、こちらはレネイドとバスターの分を確保して、残ったら燻製にするとしよう。
(冬の前に貯め込まないと)
少し先のことを考えつつ、図らずも香草焼きとなった猪肉に木製フォークを突き刺して齧り付く。
「ウォフウォル クルァオウ……『これはこれで旨いな……』」
「クルァウゥ~ (美味しいよ~)」
「ふっふ~、もっと褒めるのですぅ」
「確かに美味…… でも、仕留めたのは私」
騒がしく猪肉や茸を食む皆を眺め、ちびちびと猪肉に齧り付いていたリスティが手を止めて微笑を浮かべる。
「ふふっ、良いですね、ここでは肌色や氏族を気にせずに笑い合える」
「ウォアン……『そうだな……』」
ある意味で既存の社会基盤というモノは個人の自由を抑制するのだろう。白の女王に賛同する改革穏健派の彼女にとって犬人の集落は居心地が良いのかもしれない。
犬人族と三氏族のエルフを交えた食事は賑やかに進み、午後からはアスタと垂れ耳コボルトたちが水車と水路の製作に取り掛かり、俺たちはレネイドの帰還を待って世界樹の種を植えた。
思っていたよりも簡素な儀式は世界樹の巫女が祈りを捧げ、白磁の蜂蜜酒を大地に振り撒いて終わりとなる。これから芽が出るまで同じことを繰り返すとの事だ。
それからアックスの協力で南東側の森を切り開いて秋撒き小麦の畑を作り、森に棲む齧歯類と胡桃や栗などを奪い合う仁義なき戦いをしているうちに時が経ち、気づけば冬の足音がそこまで迫っていた……
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