ルクア村での模擬戦
そして、これは聖域指定を受けたイーステリアの森に棲むコボルトたちが幼い少女を保護するよりも少し前のこと……
古代の森から集落へと帰還する途上、中継地として猫耳たちのルクア村があり、昨日から銀毛の狼犬が率いるコボルトらとエルフ一行が訪れていた。
と言っても、全員が泊まれる場所など小さな村に無いので、外れの森にある開けた場所で野営して一夜を明かしたわけだが、今はそこから木剣を打ち鳴らす音と裂帛の声が木霊する。
「せやぁああッ!」
気勢と共にぴんと猫耳を立てたリズが低い姿勢で踏み込み、右手に握る木短剣で腕黒巨躯のコボルトの革鎧の隙間を狙って刺突を繰り出す。
たとえ木製でも速度を乗せた一撃は当たれば怪我をするため、訓練では寸止めが常識であるものの…… 経験の浅い彼女を信頼してはいけない。何かの手違いが起きることもあるし、そもそも、素直に攻撃を喰らってやる必要が無いので、バスターは左足を後ろに退いて半身で躱す。
「ワゥオッ (よっとッ)」
「くぅ、まだよッ!」
一撃に留まらず、左逆手に握り込んだ木短剣で喉元を薙ぎ払おうとする彼女を制し、細い手首を押さえ付けて力尽くで斬撃の出端を挫く。
「ヴォオ、クァルウ…… (遅いし、軽いな……)」
「くぅッ!?」
左手首を掴まれたリズは初撃で伸ばした右腕を引き戻し、木短剣で今度は心臓を狙おうとするも…… その動きもバスターの想定域を超えない。彼は握り込んだ細い手首を勢い良く引っ張り、体勢を崩した彼女の顔面を左拳で穿つ!
「きゃあッ!!」
思わずリズは身体を ”びくっ” と竦ませて固く目を瞑るが…… いつまでも痛みは襲ってこず、代わりに頭の両猫耳の真ん中をポフポフと肉球で叩かれた。
「…… オァルガ (…… 寸止めだ)」
「う~、素手のバスターにも勝てない…… 猫人剣聖への道は険しいよぅ」
実は一部の魔物寄りの亜人種と違って ”急激な変化” こそ無いが、人類寄りの亜人種も経験や戦闘を経て、無自覚の裡に僅かずつ白銀の螺旋階段を昇っている。
その辿り着く先の一つが ”刹那の魔眼” による驚異的な動体視力と神速の斬撃を操る猫人剣聖で、猫人戦士全ての憧れとなる種族的英雄だ。ただ、大陸共通語を理解できない腕黒巨躯のコボルトには何の事かさっぱりである。
(ふむ、言葉の意味は分からねぇが……)
何となくリズが落ち込んでいるように見えたので、腕黒巨躯のコボルトはさらに頭ポフポフを追加して、群れの大将を通して頼まれた彼女との模擬戦を終えた。
(さて、あっちの様子は……)
一段落ついた彼が訝し気に眺める先では、銀髪の鋭い目つきをした野性的な青年が猫人族の剣士と木剣で鍔迫り合っている。
「…… 微妙に動きが鈍くなってないか、アーチャー君」
「慣れないんだよ、この体…… そっちは逆に強くなってないか、ウォレス?」
「僕だって小鬼族の襲撃で友を失った後悔がある、何度も無様は晒せないさ」
不敵な笑みを見せる年齢不詳の優男が切り結んだ状態から飛び退り、木剣を八相に構えた。
「ちッ、隙がねぇ…… 本当に強くなってやがるな」
対峙する此方は数日前に何とか成功し、やっとまともに発音できるようになった人化状態なので…… 思うように体が動かせない。それにルクア村で昨日買ったばかりの尻尾穴付き衣服も、腰布一丁に比べると動きを阻害する。
それでも、能力に制限を受ける人の姿でどこまで戦えるのかを試す必要もあり、ウォレスに模擬戦を頼んだが…… 嗅覚や聴覚の低下、相手の成長もあって苦戦を強いられていた。
(迂闊には踏み込めないか……ッ!?)
攻めあぐねていると無拍子に近い自然な流れで、上体を狙った斜め斬り下ろしが飛んでくる。
「せいッ!」
「ぐぅッ」
紙一重で木剣を斜に構えて斬撃を受け止めるが、接触した瞬間に猫人の剣士は手首を寝かせて得物を滑らせ、認識困難な速度で下方に半月を描きながら剣先を戻し、寸分の違いもなく同じ軌跡で追撃を放つ。
「ッ!?」
弾かれないように木剣を強く握り、何とか連撃を耐えたのも束の間、剣圧が凪いで刃部分が俺の得物を滑り抜けようとする。刹那の悪寒を感じながら押し斬ることでウォレスの動きを阻害し、一度切り結んでから素早く飛び退き、距離を稼いで再度対面した。
「連撃で守勢を取らせて、意識を上半身に向けさせてから下段への斬り払いか……」
「その通りだよ、やっぱり凄いね君は」
笑みを浮かべて言葉を交わし合いながら、俺は脇構えで上半身を捻って腰を落とし、剣先を身体の後ろに回して虎振りの構えを取る。
(確か、一撃に懸ける愚者と成れか……)
極東出身の傭兵サクラの言葉と術理を思い出し、意識を先鋭化させていく此方に応じて、ウォレスは左足を半歩退いて、少し腰を落とした体勢で木剣を上段に構えた。
暫しの後、静寂を切り裂いて二つの刃閃が迸る!
地を這うように間合いを詰め、上半身の発条による遠心力と剣速を乗せた此方の斬り上げに対し、左脚を後ろに滑らせて片膝を地に突き、深く振り抜くことで威力を増した彼方の斬り下ろしが迎え討つ。
木剣同士がぶつかり合う激しい音が鳴り響き、俺の渾身の一撃が猫人剣士の斬撃を頭上へと打ち上げ、致命的な隙を生じさせる。
「うぁッ!?」
「もらったッ!!」
瞬時に手首を返して、がら空きとなったウォレスの胴へと袈裟切りを仕掛けるも……
「まぁ、木製だしな」
「そうだね……」
全力を籠めた斬撃の衝突により、互いの木剣は既に折れていた。
「どうする、続けるか?」
「いや、止めておくよ…… 素手で君に勝てる気がしない」
軽く拳闘の構えを取り、身体を巡る魔力を律して金剛体の発動準備を整えながら確認すると、猫人の優男は手をぷらぷらと振って拒否を示した。
俺も肩の力を抜き、同じく模擬戦をしていたバスターとリズへと意識を向けるが、先に終えていたであろう彼らの視線は少々逸れた場所へと投げられている。
そこには蜂蜜の瓶を握り締めたまま、折れて飛んできた剣先の直撃を顔面に喰らったアックスが倒れていた…… きっと我関せず蜂蜜を舐めていて躱し損ねたのだろう。
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